13 覚醒(1)
リーユエンは例の如く、ダルディンへ近寄り、彼をじっと見上げた。けれど、やはり記憶を思い出した様子はなかった。
ミレイナに促されるまま、彼らは席についた。
ダルディンは、リーユエンへ、離宮の話、ウラナやシュリナ、アーリナたち侍女のことや、魔導士学院の話、ヨーダム太師のことや、法座主猊下ドルチェンのこと、それに隊商の話など、色々思いつく限り話した。けれど、リーユエンが何か反応するたびに、高祖は絶妙なタイミングで、リーユエンにお茶を注いで勧めたり、お茶菓子を与えたりして、ダルディンの話題から、彼女の関心を、巧に逸らし続けた。
ミレイナは、意地悪く会話を中断させる高祖の態度に、大人気ないと思い呆れ果てていた。けれど、ダルディンは、それに腹を立てるよりも、リーユエンの反応が、記憶が蘇るような決定的なものでないことにずっと焦っていた。
一体、何が記憶を取り戻す鍵なのか、彼には、見当がつかなかった。
その時、内宮殿の方から女官長が出てきて、ミレイナの耳元で何事かを報告した。じっと耳を傾けていたミレイナは、
「構わないわ、チェンガム将軍をここへ通してちょうだい」と、指示した。
女官長に連れられて東屋の前に来たチェンガムは、跪拝しようとした。それをミレイナは、「礼はいいから、誰を捕まえたのか、聞かせてちょうだい」と、急かした。
ミレイナの無作法さに、女官長は無言で眉をひそめた。
「ご報告します。先ほど、蜃市上空から怪しい獣が人を乗せて、この地へ降り立ちました。護衛兵を差し向け誰何したところ、その者は、金杖王国王太子デミトリーと名乗り、乾陽大公とリーユエンの行方を探して当地へ来たと」
今度は乾陽大公が礼儀を忘れて立ち上がり、チェンガムの前に飛び出した。
「その男は、王太子デミトリーと名乗ったのか、黄金の巻き毛に、琥珀色の眸の若者なのか」
普段冷静で落ち着き払った乾陽大公が、自分へ掴みかからんばかりの勢いで尋ねてくるので、チェンガムは身を退け反らせ、
「確かに、髪は黄金色かもしれないが、砂漠地帯を通ってきたため、砂まみれで、今、体を洗っているところだ」と、答えた。そして、続けた。
「デミトリーという若者は、あなた達の知り合いで間違いないのか?」
乾陽大公の声は震えた。
「ああ、間違いない。その男は、我々の知り合いだ。リーユエンに会わせてやってはもらえないか」
ミレイナは、ダルディンの様子を見てすぐに決断した。
「将軍、その若者を、体を洗い次第、ここへ連れてきてちょうだい。大急ぎでお願いするわ」
ところが、女官長が、
「私も見ましたが、何十日も彷徨っていたようで、ひどい身なりなのでございます。少し身なりを整えてからお連れしますので、しばらくお待ちくださいませ」と、取りなした。
一時間近く待って、ようやく、女官長とチェンガムに連れられて、デミトリーとアスラが現れた。
金眸三眼、獣身姿のアスラは、リーユエンへ駆け寄り、
「主〜、会いたかったよ〜」と叫び、飛びついた。
けれど、前足が肩にかかっても、リーユエンは身動きもせず、無反応だった。
「あれ?主、我のことがわからないのか?」
それから、アスラは、クンクンとリーユエンの匂いを嗅いだ。
「うん、この匂い、間違いなく主だ。でも、なんだか霊気の色が変だな。
主、あの後何があったんだ?」
リーユエンは、無意識にアスラへ手を伸ばし、頭を撫でていた。
「ごめんなさい、多分、あなたの事を知っていたんだと思う・・・・でも、思い出せないわ」
アスラは、リーユエンの膝の上に頭を乗せ、
「主、早く思い出して、生気をずっともらっていないから、我はもう動けないよ」と、訴えた。
見たところ、まだまだ余裕ありげに見えるのに、アスラは、スンスン鼻を鳴らして、リーユエンへ訴えた。
リーユエンはアスラを見下ろし、首を傾げると、いきなりアスラの口元へ自分の唇を近づけ軽く触れた。それは、本当にいきなりだったので、高祖ですら止める暇がなかった。
「「「リーユエンっ」」」
高祖も、ダルディンもミレイナも、一斉に非難の声を上げた。
唇が触れた瞬間、目もくらむ発光が広がった。アスラの全身から青白い火焔が吹き上がり、毛並みは日の光を受けて燦然と輝いた。
「ありがとう、主、もう大丈夫だ」
アスラは、人形へ変わって立ち上がった。
「エエッ、魔獣が人形になった」
ミレイナがアスラを指差し、叫んだ。
アスラは、ふふんっと鼻を鳴らし、得意げにニヤリと笑った。
「俺は、主の生気を十分もらえれば、人形になれるのさ。主が名付け親だからな」
そこへデミトリーが割り込んだ。
「おい、アスラ、いつまでもリーユエンへひっつくな、私が話せないだろう」
ミレイナは、その男を見て、呆然とした。
「すごい、髪が黄金色だわ」
砂漠の汚れをきれいに落としたデミトリーの髪は、蜃市の明るい日差しの下、まさしく黄金色に輝いた。ミレイナは、そんな髪の色を見たのは初めてで、すっかり驚いていた。
「ほう、黄金獅子の一族だな。随分遠いところから来たのだろう。確か、二百年前に一度、獅子の一族が沿岸地域へたどり着いたが、あれは黄金獅子ではなかった」
高祖がつぶやくうちに、デミトリーはその隣のリーユエンに気がつき駆け寄った。
「リーユエン、どうしたんだ、その格好、それに髪の色まで変わって・・・」
そう言いながら、リーユエンの腕をとり立ち上がらせると、背中に腕を回し抱きしめた。
「君に会いたかった。生きていてくれてよかった」
いきなりの抱擁に、高祖の顔に怒りが現れ、目の前の茶碗が砕けた。
けれどそんな事は眼中にないデミトリーは、リーユエンを抱きしめたまま
「本当に会いたかった、もう王太子妃になれなんて、言わないから、早く一緒に帰ろう」
と、言い募った。
ダルディンは、もう何を言う気力もなく二人を見上げた。
(リーユエンは、デミトリーへ張り手一発かまして逃げ出したと言っていたはずだ。それでも懲りずに追いかけてくるとは、やはり、あの度厚かましい、ゲオルギリーの息子だな)
ところがリーユエンは、自分の腕をデミトリーの背中へ回し、抱きしめ返したではないか
(ええっ、リーユエンが、デミトリーへ反応している)
リーユエンは、抱きしめ返すと、彼の肩に自分の頭をもたせかけた。
それを目にした高祖は恐ろしい形相で、椅子を蹴立てて立ち上がった。




