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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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1 乾陽大公ダルディン(6)

 翌日、隠形術をかけ、姿を消したダルディンは、離宮の中庭へ忍び込んだ。


(本当だ。廃墟になったと聞いていたが、庭は随分綺麗に手入れされているじゃないか)

 

 厳寒の地である玄武では珍しい繊細な姿の草花が上品に植えられ、小川を流れる水に触ると温かかった。周囲を見回すと、中庭の奥まったところから、湯煙が上がっていた。


(温泉って、あれがそうなのか?)


 興味を引かれ、その方向へ歩き出した。

 

 湯煙の上がる場所へ近づくと、庭の一角に流紋岩を組んで作り上げた露天風呂があり、そこから温泉が溢れ、小川となって流れ出していた。もうもうと白い湯煙が漂う中、岩組みの周囲を下男二人が腰を屈めて草むしりをしていた。


「あんな痩せこけて、火傷だらけの不細工なガキ一人のために温泉なんて、猊下は正気なのか?

 おまけに、あのガキときたら、東屋に一日中座り込んで、ぶつぶつ独り言ばかり言い続けて、気味が悪いったらないぜ」

 引っこ抜いた雑草を、編み籠の中へ投げ入れながら、下男の一人が言った。

 

 それへもう一人が忠告した。

「おい、そんな事を大声でしゃべるな。今度ここに来た侍女頭は、大層厳格な方だそうだ。

 そんな態度を知られたら、罰を喰らうぞ」


「罰だと、そんなものが何だっ、あんな薄っ気味の悪いガキに仕えるより、そっちの方がマシかもな」と、男は、せっかくの親切な忠告を無視して嘯いた。


 ダルディンは、眉をひそめた。

(生意気なやつだな。これほど主を侮る態度をあからさまにするとは・・・この離宮を掌握するのに、ウラナでも難儀しているかもしれない)と思った。

 

 ウラナは、大蛇族の名家の出で、最後の明妃に長年仕えた侍女頭だった。

 誇り高い彼女が凡人に仕えるなんて、まだ信じられなかった。一体、大伯母のカーリヤは、ウラナに侍女頭へ復帰するよう、どうやって説得したのだろうと、不思議でならなかった。


 そこへウラナが現れた。

 「そこの者」と、氷点下の声で、下男を指差し、「荷物をまとめて出てお行き、お前は馘です」と、宣告した。


 下男はビクッとしたが、揉み手をしながら、

「ウラナ様、お許しください。つい、無駄口を叩いてしまって、もう二度と言いませんから」と、許しを乞うた。実際、ここの給金は相場よりずっと高いので、本音は下男を続けたかったのだ。


 けれどウラナは許さなかった。

「離宮の主人であるリーユエン様より、不服従な態度を取る者は、即刻馘にするよう言いつけられております。

 不服従な者、主人を侮る者に、高い給金を支払う必要はないと、あのお方は私にキッパリとおっしゃいました。ですから、おまえは馘です」

 

 その様子を見ていたダルディンは、随分果断な態度だなと、思った。

 子供の名前がリーユエンだと分かり、その実物にお目にかかろうと、下男が話していた東屋へ向かった。


 中庭の中ほどあたり、小川を引き込んだ池がつくられ、その岸辺から池へ突き出す形で、東屋が建っていた。

 八角屋根の下、黒い漆塗りの柱は、最近塗り直されたばかりで、鏡面のような艶があった。


 広々とした中には、長椅子と長テーブルが置かれ、クッションがたくさん積まれた長椅子には、黒い魔導士服姿の、小柄な子供が結跏趺坐していた。目には包帯が巻かれ、左側の顔は、その包帯からはみ出るほどの、酷い火傷の痕が見えた。


「サンボーディ、ソワカ、オンギャラ、ウンギャラ」

 子供は小声で真言を唱え続けていた。


 玄武であるダルディンの目には、子供の体から夜空に揺らめく極光のように、真言の強弱、抑揚に同期して、霊気が変化していく様子が見えた。


(なんという霊気だっ、玄武でもこれだけの霊気を纏う者は少ないぞ。それに白金と紫の霊気とは・・・)

 

 水面のように霊気が揺らめくと、光が波打つように変化しながら現れた。

 あまりに神々しい様に、ダルディンはしばらく見惚れていた。


 すると、突然、子供は「縛っ」と鋭い一声を上げた。同時に右手を鋭く横へ振り、霊気を飛ばした。

 ダルディンは縛され、地面に転がった。


 子供は立ち上がり、ゆっくりダルディンへ近寄った、そして、傍でしゃがみ込んだ。

「ここで何をしている?猊下は、立ち入り禁止にしていたはずだ。見つかったら、殺されるかもね。また、毒でも試すつもりなの?」と、冷めた抑揚のない声で呟いた。


 ダルディンは焦った。

 (どうしてだ?目は見えないはずだろ。包帯で目は覆われているし、俺は、隠形術で姿を消しているのに、どうして、分かったんだ?)

 

 子供は膝の上で頬杖をつき、口元をにんまりと引き上げた。

「どうして黙っているの?びっくりした?私はね、今、目が見えないんだ。

 でもね、分かるんだ。あなたは多分大柄な人だろう。どんなに気配を殺しても、動けば空気に乱れが生じるから、わかるんだよ。温泉の方からこちらに来ただろう?空気が大きく動いたから、分かったよ。

 さて、どうしようか・・・ウラナへ知らせておくか」


 そう、言いかけたところで、突然突風が吹き

「ウラナがどうしたのだ?」と、ごく低い声が響いた。


 その声が聞こえた瞬間、ダルディンはまずいと思った。それは伯父である法座主猊下、ドルチェンの声だった。

 

 子供は立ち上がり、「猊下」と言いながら、丁寧に揖礼した。

 その頭に、緑色の鱗に覆われ、長い爪に指甲套を嵌めた手を乗せ、

「目の具合はどうだ?」と、猊下は優しい声で尋ねた。


 ダルディンはその声に目を見開いた。

(伯父上は、こんな穏やかで優しい声も出せるのか)

いつもの重々しく厳しい響きの声とはまるで違う声だった。

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