1 乾陽大公ダルディン(5)
「太師の内弟子だとっ、ニエザを百年ほど前に内弟子にして以来じゃありませんか」
「ヨーダム太師は、その子を魔導士学院へ通わせているそうだ。ところが、猊下がその子を気に入り、明妃にすると言い出したんだ。ヨーダム太師も困り果てているよ」
「魔導士修行に耐えられるのなら、ただの凡人とは言えないな、けれど、法座主についてから一度も明妃を指名しなかった伯父上は、どうして凡人の子供なんか指名したんだ?」
カーリヤは、グッと声を落とした。
「数日前、兌陰大公の孫娘の一人が離宮に押し入り、その子に、毒薬を無理やり飲ませたそうだ」
誰かなんて、聞くまでもなかった。
「もしかして、ドルーアの仕業か?」
兌陰大公の孫娘と聞いた瞬間、もうドルーアの意地悪な顔立ちが、頭に浮かんだ。
鰓の張った見るからに我が強い顔立ち、毒使いとして恐れられる兌家の一員であるドルーアは、何百年もの間、ずっとドルチェンが好きだった。
伯父が北荒に行く以前、人形をちゃんと取れていた頃は、颯爽とした貴公子であったそうで、その姿に一目惚れし、それ以来ずっと好きだと付き纏っていたのは、ダルディンですら知る有名な話だった。
けれど、ドルチェンの方はまったく相手にしなかった。それで恨みを募らせているのだ。
「そうだよ、あの噛みつき玄武と陰であだ名されているドルーアだ。
幸い、猊下がすぐ気がついて、解毒したので、命に別状はないそうだ。ただ、目に毒が残ってしまい、しばらくの間、見えないそうだ。
猊下は激怒して、もう少しでドルーアを殺すところだった。けれど、瑜伽業を終えた直後で、解毒にも随分法力を使ってしまい、その場で殺し損ねたそうだ。
甲羅がひび割れたドルーアは、プドラン宮殿から逃げ出して、祖母の領地へ舞い戻り、隠れてしまった。そして、子供の方は、猊下が離宮を結界で封鎖し、閉じ込めてしまった」
「離宮?あの長らく使われていない廃墟に?」
カーリやは、またお茶を一口飲んで喉を湿らせると、しかめっ面のまま
「最後の明妃がお亡くなりになった後、離宮は長らく主不在のまま廃墟と化していた。
ドルチェンは、手入れをするよう法座主府の役人に命じた。
おまけに凡人の子供は体が弱いからと、法力で、温泉まで湧き出させたんだよ。あの場所には、もともと温泉なんかなかったはずだから、どこからか、温泉脈を移してきたんだろうね」と、呆れた口調で話した。
ダルディンは、目を開け、口を開け同じく呆れ返った。
伯父の法力の桁違いの強さは、玄武一族の間では知られたこととはいえ、まさか、たった一人の子供のために、地下から温泉脈を移してまで、離宮に温泉を湧かせるなんて、することが桁違い過ぎると思った。
「あそこはもう廃墟だったじゃありませんか。ちゃんと機能しているのですか?」
カーリヤは深々とため息を吐き出した。
「その話を聞いてすぐ、ウラナへ連絡をとり、侍女頭として赴任させたよ。今頃、ウラナが何とか仕切っているはずだけれど、どうなんだろうね・・・何しろ、中央大平原から来た、誰も知らない、素性の知れない凡人の子供へ仕えろなんて、無茶な命令だ。
ウラナはともかく、他の使用人が、その子の言うことを聞くかどうかさえ、怪しいものだよ」
察しの良いダルディンは、カーリヤがなぜ自分を呼び出し、こんな話をするのかもう見当がついていた。
「俺でよければ、こっそり様子を見てこようか?伯母上は、その凡人の子供が心配なんだろう?」と、遠慮がちに切り出した。
長老格のカーリヤは見かけは厳しい陰玄武だが、実際は、優しい性格で、面倒見の良い年長者だった。自分が直接介入すれば、猊下の面子に傷がつくかもしれないと恐れて、年少者で気軽に行動できるダルディンに動いてもらいたいのだ。
カーリヤの表情がパッと明るくなった。
「そうしてくれるかい?使用人たちに知られないように忍び込んで、様子を見守ってくれるかい?」
ダルディンは笑顔で頷いた。
「隠形して忍び込みます。どうせ、使用人の中にだって、他の大公家の間者が紛れ込んでいるのでしょうからね。俺がこっそり忍び込んでいても、誰にも文句は言えないでしょう」
「ドルチェンに気づかれないように、しなさい。猊下は、あの子供に並々ならない執着があるようだ。お気に入りの甥っ子といえども、子供を害すると思ったら、容赦ないよ。本当に用心するんだよ」
カーリやは真顔で注意した。
「分かった。よく気をつけるよ」
ダルディンは、そう答えながらも、その時はカーリヤの注意も、伯父の執着とやらも、まだまだ軽い認識でしかなかった。




