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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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1 乾陽大公ダルディン(4)

 遡ること七年前。

ある日、巽陰大公カーリヤは、ダルディンを、お茶を飲みにおいでと呼び出した。


カーリヤは薬草茶を勧めながら、対面して腰掛けるダルディンへ難しい顔を向けた。


「猊下が、ついに(ミン)(フェイ)を選んだよ」


 これを聞かされたとき、ダルディンは気楽な調子で、

「よかったじゃありませんか。これで、()()業を一人でやるなんて、無茶をしなくて済むでしょう」と、応えた。

 

 カーリヤは、ますます渋面となった。

「それが大問題なんだよ。猊下が選んだのは、聞いたこともない凡人の、しかも子供なんだよ」

 

 それを聞いたダルディンは、危うく薬草茶を吹き出すところだった。

「エッ、玄武じゃないんですかっ?凡人・・・それで、瑜伽業はどうするおつもりなんです?」

 

 ダルディンは、まだ齢五百歳あまり、ごく年若い玄武なので、瑜伽業の詳細は知らなかった。それでも、明妃は、法座主の瑜伽業の相手を務める、大切な役割を担う特別な妃であり、凡人に務まるはずがないことは、容易に理解できた。


「なにしろ、まだ、子供なんだよ。それで、数年経って成長したら、相手をさせるそうだ」


 カーリヤの言葉に、ダルディンの端正な顔の表情は大きく崩れた。目を剥いて、

「相手をさせるって、凡人なんだろう、そんな役目、本当に務まるのですか」と、疑問を口にした。


 カーリやは、大きくため息を吐き出し、頭を振った。


「瑜伽業を務める明妃というのはね、法座主の法力を受け止めるだけの、器としての強靭さが必要なんだよ。陰玄武ですら、役目が過酷すぎて、最近では誰もが皆嫌がって、今さら引き受け手も見つからない状態だよ」


「でも、猊下は一人で瑜伽業を行っているじゃありませんか」


 カーリヤは、またもや頭をふった。

「あんなもの、瑜伽業じゃないよ。それはまあ、プドラン宮が凍りつかない程度の最低限の『石』は作り出しているけれど、明妃と行う瑜伽業で生み出される『石』と比べれば、金剛石と泥炭ぐらいの差があるよ」

 

 ダルディンは、どうして伯父は長年瑜伽業を一人で行ってきたのか不思議に思っていた。単独で行う瑜伽業は、法力を恐ろしいくらい費消し、伯父がまともな人形を保てない原因の一つに違いないのだ。


「どうして、もっと早くに明妃を指名しなかったのでしょう?」

 

 カーリヤは、お茶請けの焼き菓子を食べ、しばらく黙り込んでいた。


「猊下は、ある女にずっと執着があってね、明妃に、誰も指名したことがないんだよ。だがね、いくら歴代の法座主の中でも、三本指に入るほどの強大な法力があるとはいえ、こんな事をずっと続けるのは無理なんだよ。

 それなのに、今度は、凡人を明妃にするなんて言い出したんだよ。けれど、どう考えたって凡人に瑜伽業が務まるはずがないんだ。あんな過酷な業はちょっと他にはないからね」


「それほど、瑜伽業は過酷なのですか?」


 カーリヤは、ダルディンをチラッと見た。


「おまえは、まだ五百齢ほどだから、知らないだろうね。

 先代の法座主の、最後の明妃を務めたお方は、業の途中で力尽き、全身に内傷が生じ、それはもう悲惨な最後を遂げてしまったのだ。

 そんなことになったのは、業の過酷さに疲れ切り、引退したがっていたのに、無理に頼み込んで引き受けさせたためなんだ。法座主の強大な陽の気を受け止め損ねたのさ。

 明妃が亡くなった後、先代法座主はショックで喪神していまい、岩戸に引き篭もり、衰弱死してしまわれたんだよ」


「・・・・・」

初めて聞いた最後の明妃と先代法座主の死因に、ダルディンは衝撃を受けて言葉を失った。


「私も大昔、明妃になったよ。その時だって、騙されるみたいにして押し付けられて、泣く泣く明妃になったが、三百年務めたところで引退させてもらったよ。凡人なんかが、明妃になってご覧、瑜伽業をさせようものなら、途中で死んでしまうか、死ななくとも発狂するか、一回でも瑜伽業が成立すれば、幸運だろうよ」


「大伯母上は、その事を猊下へはおっしゃったのですか」


「言ったよ、もちろんさ、懇切丁寧に、なぜ凡人では務まらないのか、説明してやったとも・・・ところが、ドルチェンは聞く耳を持たないんだよ」

 カーリヤは、ここで甘苦い薬草茶を一気に飲み干した。


「あの子以外の明妃は考えられないの、一点張りなんだよ。昔から偏屈な玄武だったが、最近、その偏屈ぶりにますます拍車がかかって来たよ」

 

 ダルディンは、蛇に似た、鱗の光る伯父の顔を思い浮かべ、あの恐ろしい顔で、一体凡人の子供にどのように接しているのだろうと、不思議に思った。

「その凡人の子供って、一体何者なんです?」


「私が聞いたところでは、元々は、魔導士になろうと、ヨーダム太師を訪ねてきたそうだ。

 おまえ、覚えているかい?

 去年の冬、凡人の間で、風邪みたいな症状から始まる厄介な疫病が流行っただろう?あの時、中央大平原から来た隊商が、特効薬を色々持ってきて大儲けしたって話」


 ダルディンはもちろん覚えていた。

「はい、覚えています。相場の何倍もの値段で買い取らせ、大儲けをしたそうですね。まあ、その薬材のおかげで、疫病は無事終息しましたが・・・」


「その薬材を仕入れて、玄武国へ運び込んだのが、猊下が明妃にしようとしている子供なんだよ」

 

 カーリヤの言葉に、ダルディンは興味を惹かれた。

「へえ、子供なんだろう、それなのに、薬材を仕入れて、隊商に参加して運んできたのか、随分大胆な子供だな」


 「すごいのはそのあとだよ。売り払った金で、ヨーダム太師に弟子入志願して、内弟子にしてもらったそうなんだよ」


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