1 乾陽大公ダルディン(3)
去年の短い夏の終わり頃、離宮でお茶会が開かれた。
それは、伯父である法座主ドルチェンの、明妃が主催する茶会だった。
(いきなり大規模な茶会、しかも普段は出入り禁止の玄武八大公にまで招待状を送ってくるとは、どういう心境の変化なのだ?)
自分の元にも届けられた招待状を不思議に思い、大伯母(確か正確には曽祖伯母かもしれないが、ダルディンにはすぐ系図が思い出せなかった)のカーリヤにも問い合わせたら、玄武八大公は全員招待されていると言われたのだ。
巽陰大公カーリヤは、ダルディンの曽祖母の世代にあたり、玄武一族の中で齢四千年(本人曰く、四千年を越えてから数えるのが面倒くさくなってやめたそうだ)越えの大玄武であった。
その彼女がいうには、明妃の侍女頭ウラナが、明妃のお披露目も兼ねる茶会のため、普段は、離宮へ招き入れない八大公全てに招待状を送ったそうだ。
ドルチェンは、鍾愛の女である明妃を離宮奥深くに秘して誰の目にも触れさせずにいた。
一体伯父に、どういう心境の変化があったのだろうと、ダルディンは興味が湧いた。それに、明妃にも興味があったので、カーリヤと連れ立って茶会へ参加した。そして、ダルディンは明妃を目撃し、大きな衝撃を受けた。
(エッ、あれが明妃・・・別人じゃないのか?伯父はまた法力を使ったのか)
広大な離宮の中庭で、遠目に見たところ、温泉から流れ出した澄んだ水が流れる、小川の辺りに建てられた東屋には、紫の袍をまとい、長椅子に嫋やかに腰掛ける、紫蝶のように優雅で豪奢な美女の姿があった。
ドルチェンに近い立場の巽陰大公や乾陽大公である自分以外の、八大公とその眷属は、明妃を、法座主ドルチェンの愛玩奴隷と認識しており、わざわざ挨拶に行く者は皆無で、それどころか、側に近寄ろうとする者さえいなかった。
ダルディンも遠目に、凡人が次々に挨拶に訪れ、それに応える彼女の姿を眺めるだけだった。
けれど挨拶に出向かなかったのは、他の大公とは理由が異なった。
ダルディンはもう何年も前から明妃:リーユエンのことなら、よく見知っていたのだ。ただ、昔、自分が知っていた頃とは、あまりにかけ離れた姿に仰天してしまい、近寄る決心がつかなかったのだ。
彼女のことが気にかかりながらも、傍へ行くきっかけもなく、決心もつかないまま過ごしていたら、昼を過ぎた頃、彼女は東屋の中で怪我をしてしまった。
ダルディンは、彼女の血の匂いにすぐ気がついた。
(いかんっ、誘涎香血の香が、他の大公が気がつく前に何とかしないと)
眸が一気に狭まったダルディンは、すぐさまリーユエンの元へ駆けつけた。
「ほう・・・芳しい血だ、誘涎香血か・・・」
そう呟きながら、ダルディンは彼女の左手をそっと握り締め、滴り落ちそうになったその血をそっと吸いとった。
(俺が、ずっと護衛していたなんて、この子はきっと知らないし、俺がその護衛だったなんて、気がつきもしないだろう)
ダルディンはそれは仕方ないことだし、それで構わないと思っていた。
どうせ気がつきはしないだろうと思い、手を離して欲しいと戸惑いながら頼む彼女へ
「他人行儀なことを、どうかダルディンと私の名を呼んでください。義伯母上」と、戯れてしまったのだ。
その時は、リーユエンから手痛い反撃を受け、使役魔獣のアスラが彼女を抱き上げ連れて行ってしまった。
(まったくあの魔獣め、まだリーユエンに付き纏っているのか・・・ )
ダルディンが、初めてリーユエンを知ったのは、七年前、彼女が魔導士学院へ通っていた頃のことだった。




