12 黄金獅子の矜持(4)
デミトリーは、金杖王国を出立し、隊商の後を追った。
そして、ドルーアの襲撃から一ヶ月後、ウマシンタ川近くで、カリウラの隊商に追いついた。
けれど、隊商の中に、二人の姿はすでになかった。
「エッ、襲撃された!」
カリウラから、襲撃を受けたことを聞かされ、デミトリーは、強い衝撃を受けた。
まさか、もう手が回っているとは・・・父国王から、リーユエンが、今、どれほど危機的状況にあるのか聞かされていたのに、デミトリー自身は、まだ、楽観視していた。だから、それは非常な驚きだった。
「乾陽大公とリーユエンは、ヨークも連れて、隊商から離れた。
俺たちには、自分たちが離れた後、狐狸国の国旗を掲げておけば、襲ってくることはないって言い残した。
その通りにしたら、確かに襲撃はなくなったよ」
カリウラが説明する横を、荷駄運搬の人足たちが、川で攫った宝玉をざるから袋に詰め替えする作業中だった。ジャラジャラと、石が音をたてて麻袋に詰め込まれていった。
「彼らに追いつきたいのだが、どの方角を進めばいいか、わからないだろうか?」
カリウラの巨体の後ろから、ひょいと顔をのぞかせ、ハオズィが言った。
「老師たちは、おそらく東嶺を越える経路をとっておられますね。ほら、密林の果てに山嶺が見えるでしょう?」
そう言いながら、ハオズィは、広大な密林の遥か彼方、霞んで見える東嶺の山々を指差した。
「あの山嶺を越えると、大昔、火竜が棲んでいたという伝説の大圏谷へ出ます。そこから、さらに東へ進み続けると、また山を越え、その先には厳しい気候の高原地帯があって、最後は東海という海に出るそうです」
「ハオズィは、随分詳しいな」
「これは、狐狸国の大昔からの伝承なんです。
二千年くらい前まで、ウマシンタ川辺りまで統治する強大な帝国があって、そこと取引していたそうなんですよ」
「へえ、そんな大きな国があったのか」
「今は、どうなっているのか知りませんが、その頃、私たちのご先祖さまは、どうやら東の果てにある、海沿いの国まで旅をしていたようです。
そう、そう、思い出しました。大圏谷を越えると、氷雪に覆われた高原に出て、その後、砂漠地帯に入ったそうです。その砂漠を超えて、山岳地帯を下っていったら、海沿いの国へ到着するはずです」
ハオズィは、説明すると、デミトリーのために簡易な地図まで作ってくれた。
「老師に会われたら、どうかお気をつけになって、無事にお帰りください。私たち狐狸国の者は、老師のご帰還をお待ちしております、と、お伝えください」
「わかった、伝えるよ。ありがとう」
カリウラは、隊商の食料や、装備の中から、旅に役立ちそうなものをデミトリーへ渡した。
「殿下、どうかお気をつけて」
「世話になった、ありがとう、総隊長」
デミトリーは隊商と別れ、進路を北東へと変え、出発した。
今回は、陰護衛もつかない、正真正銘の一人旅だった。
デミトリーを案じたザリエル将軍は、陰護衛の動いた跡を辿れる追跡石を特別に貸してくれた。
追跡石は、陰護衛府の長である、ザリエル将軍だけが携行できる魔道具だった。それを、陛下の許しを得て、わざわざ貸してくれたのだ。
その貴重な追跡石は、東嶺の峻険な山を登攀し、下山して大圏谷へ入ると、反応が現れた。石は、発光虫のように黄緑色に発光し、ヨークの通った場所に近づくにつれ、光が強さを増していった。
それを頼りに、デミトリーは追跡を続けた。
途中、何度か妖魔に襲われたが、黄金獅子に転身できるデミトリーの敵ではなかった。
全部撃退し、ひたすら後を追い続けた。
大圏谷を二週間ほどかけて踏破し、さらに山岳地帯を越え、ついに氷雪の大地へ到着した。
その大地に広がるのは、降り積もった雪と、何百層にも重なりあう硬い氷盤ばかり、その単調な大地に、時たま、凍りつき樹氷に覆われた、まばらな木立が変化を添えた。
「すごい、一面銀世界だ。全然他の色がない」
青いはずの空さえ、どんよりと灰色に見える、この一面の銀世界は、緑豊かな森や草原、土の色を見慣れたデミトリーに、この大地が、中央大平原からは、遥か遠くの異世界であることを実感させた。
先祖の伝承を思い出したハオズィは、デミトリーが凍えないよう、雪狼の毛皮の外套を、隊商の装備の中から探し出し、持たせてくれた。
それをありがたく着込み、さらに先へ進んだ。
(リーユエンや乾陽大公は、一体、この寒さをどうやって凌いだんた?
ううっ、毛皮を着ていても寒いぞ。全くあいつら、怖いもの知らずだな)
そして氷雪の台地を、痕跡をたどって進んだ三日目、デミトリーは、彼らが、最後に襲撃を受けた現場へ到達した。
「なんだ、あれは?地割れか・・・」
デミトリーの前方に、黒々と口を開けた、巨大な氷の裂け目が見えた。
追跡石が強く発光し始めたので、石に導かれるまま、さらに裂け目の方へ近寄った。
そして、デミトリーは発見した。
「ヨーク、何だ、一体どうして、こんな姿に・・・」
デミトリーが見つけたのは、変わり果てたヨークの死体だった。雪の中に半ば埋もれ、上半身だけが見えた。そこへ近づく途中、地割れの周りには、数人の白装束の男が喉を切り裂かれ死んでいた。
「ここで、一体何があったんだ?」
そして、何かを引きずった跡があった。
リーユエンたちがここへ来てからすでに二ヶ月以上過ぎていたが、奇跡的に降雪がなかったため、現場はそのままの状態だった。
引きずられた跡は、地割れの近くで途絶えていた。それで、デミトリーは地割れから、引きずった跡を逆に辿った。引きずった跡は、途中から足跡に変わった。
最初は歩いていたのだ。随分乱れた足跡で、かなり無理をして歩いた様子がわかった。
そして吐血の跡を見つけた。黒々と変色した血の跡、その血溜まりへ近寄った瞬間、その匂いに反応し、デミトリーの髪は逆立った。




