12 黄金獅子の矜持(3)
「リーユエンは、王宮を出て行った後、どこへ向かったのでしょう。もう、今頃は、玄武国へ向かっているのでは?」
陛下は、唇を尖らせ、デミトリーをまたもや睨んだ。
「愚かな息子よ。全くどうしようもない奴だ。
おまえは、リーユエンに頼まれて、王立図書館から持ち出し禁止の古書を、わざわざ後宮まで持ち込んだであろう。もう、忘れたのか?」
デミトリーは、いきなり話題が変わり、戸惑った。
そう言われてみれば、リーユエンに頼まれて、王立図書館の司書を煩わせた記憶はあった。
「確かに、そんな事がありました。」
記憶にはあるが、あの頃は、リーユエンと相思相愛で、きっと王太子妃になってくれるに違いないと舞い上がっていた。だから、その書物のことなど、すっかり失念していた。
陛下は、息子のあまりの洞察力のなさに呆れ返った。
「書物の題名ぐらい覚えておらぬのか?」
「ええっと、・・・そうだ、『東荒見聞録』だ」
「そこまで覚えていて、まだ、わからないのか」
「・・・・・・?」
国王は、長椅子へゴロンと寝転んだ。
「おまえ、リーユエンと二人で、仲良くあの本を読んだのではなかったのか」
デミトリーは、宙を睨み、幸せの絶頂だった、あの時の記憶を必死で思い出した。
「そうだ、一度、リーユエンが朗読してくれた。
『ウマシンタ川を越え、広大な密林を抜け、東嶺の山々を登攀し、大圏谷を越え、氷雪の高地を進み砂漠の高原を抜け、さらに降っていくと、広大な海に面した常春の国に至る。
常春の国は、東海に面し、東海の遥か彼方、蜃気の霧に満ちた海上に、蜃市という島がある。青大亀一族の住まう国で、常春の国の民は、青大亀一族を神として敬い祀っている』
そんな話でした。でも、作り話ですよね」
「あの実利を求めることに長けた有徳の老師ともあろうお方が、作り話に夢中になると思うのか?」
陛下の指摘にデミトリーは考え直した。
「では、あそこに書いてあることは真実なのですか?
まさか、リーユエンはあの話を信じて東荒へ向かったのですか?
でも、西荒どころじゃない、もっと遠方ですよ。そんなところへわざわざ何のために行くのだろう」
陛下は、行儀悪く寝転がったまま、デミトリーへ問うた。
「おまえ、玄武国へ行っておったのに、何を見ておったのだ。
あの国の国内事情を何も把握しておらんのか?」
返答次第では、もう一発鼻面でも叩いてやろうかと、陛下は考えた。
「私が直に会った玄武は、法座主と甥の乾陽大公と、その大伯母の巽陰大公だけです。
他の大公は、凡人とは距離を置いていた。
お茶会の時だって、乾陽大公以外、他の大公はリーユエンの側へは寄って来ませんでした」
「おまえも気がついたであろう。玄武は、凡人との間に一線を画している。
八家ある大公家の玄武たちにとって、プドラン宮殿で働く凡人や、魔導士でさえ、使役する対象に過ぎない。
凡人である以上、玄武国第二位の身分である明妃であっても同じなのだ。玄武の奴らは、凡人から選ばれた明妃など、法座主の紋を焼き付けられた奴婢も同然に思っている。
普段は、ドルチェンの圧倒的な法力の前に大人しく服従しているが、明妃のことなど、はなから尊重などしておらん。
その上、法座主が閉関した今となっては、明妃を守っている乾陽大公さえ、危ういのだ。
乾陽大公は、大公の中で唯一、齢が千年未満の玄武、一人前扱いされない幼玄武だ。
乾家出身の法座主ドルチェンの後ろ盾がなくなれば、親族である巽陰大公以外の玄武大公は、皆、乾家の領地の侵食を始めるだろう。
乾陽大公は、どうやら、狐狸国内で、リーユエンを見つけ、行動を共にしているようだ。
リーユエンには、ドルチェンが閉関したと知らせておいたから、おそらく乾陽大公を連れて、玄武の手の届かない場所まで逃げるはずだ」
デミトリーは、どうしてリーユエンと一緒にいるのが乾陽大公なのだろうと、あの、長身で、貴族らしい尊大な態度の玄武を思い出し、不機嫌になった。
陛下は、デミトリーの反応に気がつき、さらに煽った。
「ヨークからの報告によれば、最近、乾陽大公とリーユエンは親密な仲らしいぞ。
乾陽大公は、宿屋の主人に揶揄われるほど、リーユエンとよろしくやっているそうだ」
それを聞いた瞬間、デミトリーの黄金の髪がゾワっと逆立ち、琥珀色の瞳が黄金色に変わった。
「なんで、あの玄武の野郎が、俺のリーユエンに手を出すんだっ」
息子の地を這うような殺気のこもった声にワクワクしながら、陛下は調子に乗ってさらに煽った。
「ヨークは、控えめな陰護衛だから、のぞきなんて悪趣味な真似はしない。だから、詳細はわからないが、リーユエンの方が誘ったようだ。乾陽大公は溺れ切っているらしい」
デミトリーは、あんな事やこんな事なんて、自分たちはろくにしないうちにリーユエンが出て行ってしまったのに、乾陽大公は、ちゃっかりその相手をしているのかと思うと、甲羅から火炙りにしてしまいたいほど憎らしいと思った。
だがその一方で疑問もあった。
「あの恐ろしい法座主の妃であるリーユエンに、乾陽大公が手を出したなんて信じられない」
「あの品行方正、高貴さとはかくあるべしと言わんばかりの乾陽大公でさえ、リーユエンにあっけなく陥落したのだ。まったく、リーユエンは、何人陥落させる気なのだろうなあ。
おまえは、リーユエンはそういう女だ、もう仕方ないと、諦めるのか?
それならそうでいいだろう。しかし、ここで諦めたら、おまえは、黄金獅子でありながら、雌虎の張り手一発に負けたという、不名誉を背負い続けることになるぞ」
陛下はそこまで喋ると、長椅子から身軽に起き上がった。
それからデミトリーが何か言い返す前に言い足した。
「追いかける気があるのなら、仕事の引き継ぎをしていけよ。
リーユエンは狐狸国で隊商を立ち上げた。今頃は、ウマシンタ川を目指して、東荒を進んでいるはずだ。
カリウラとハオズィの隊商は、いつも、蒼馬国へ立ち寄るから、今度もその経路だろう」
陛下は、デミトリーの肩を軽く叩いた。
「朕は多忙なのだ。これ以上サボると、内官長が泣き過ぎて干物になってしまう。
だからもう帰る」といい、中庭から立ち去った。




