12 黄金獅子の矜持(2)
無反応なデミトリーに業を煮やした陛下は、息子の頭を平手でパシーンッと小気味よい音を響かせて叩いた。
軽く叩いても、そこは黄金獅子の一撃、結構な衝撃があった。
デミトリーは、目から火花が散るような衝撃に一気に正気へ戻った。
「痛いっ、父上、何をなさいますっ」
抗議する愚息デミトリーの頭を、腕へ抱え込みヘッドロック状態にし、自分の口元へ、息子の耳を固定すると、陛下はさらにささやいた。
「リーユエンの事を本気で思っているのなら、もっと真剣に考えてやったらどうなのだ?」
「本気でって、しかし、リーユエンは、私の事を完全に拒絶したのですよ。
今さら、私が、彼女にどう関われますか?」
デミトリーは、そう言うと、視線を落とし項垂れた。
陛下は、息子の頭を固定していた腕を離すと、ため息をついて首を横へ振った。
「全く、おまえはどうしようもない、お坊ちゃんだ。
リーユエンがどうしてあのような行動をとったのか、本当にわからないのか?」
「王宮での生活は窮屈で耐え難かった。自分は、随分辛抱したのだと訴えていました」
「おまえは、その言葉を真に受けたのか」
「嘘だとおっしゃるのですか?
でも、私は、正直な言葉だったと思います」
陛下は、口をへの字に曲げ、息子を見た。
「おまえは、どうして、いつも、一面的にしか物事を見ようとしないのだ。
リーユエンの立場から、考えてみたことはないのか」
デミトリーは、思いもしない指摘を受けて戸惑った。
「リーユエンの立場って・・・」
「おまえは、知っておるのだろう。リーユエンは、前世、法座主ドルチェンの妻であったこと。そして、現在も、法座主ドルチェンに縛られている。
身も心も繋がっていては、自身でも儘ならぬ事があるのは当然だ」
「それは、私も知っています。リーユエンの体の玄武紋から、ドルチェンはリーユエンのことならなんでも知ることができると聞きました」
「朕は舞踏会の場で、リーユエンへ、前世の因縁など断ち切ってしまえと勧めたのだ。
おそらく、今なら断ち切ったとしても、ドルチェンは受け入れるかもしれないと考えたのだ。
残念なことに、リーユエンは、わしを選んではくれず、おまえの黄金獅子の陽気を選んだ。
リーユエンさえ、決断すれば、おそらく、おまえの配偶となれたはずだった」
「まさか、あの法座主が彼女を諦めるなんてあり得ない」
デミトリーには、父の言葉が信じられなかった。
あの時、離宮で、自分たちを部屋から追い出し、リーユエンの真情を調べ尽くそうと吐血するまで追い詰めた、あの玄武が、そんな事を認めるなんて信じられなかった。
「だが、現に閉関したのだぞ。
おそらくリーユエンとの接触を完全に断つためだ。そこまですれば、リーユエンも心置きなく自由に行動できる」
「・・・・そんな、では、どうして、彼女は出て行ったのですか」
国王は、琥珀色の瞳で息子を見た。
「結局、リーユエンは、前世の因縁を断ち切れなかったのだ。
おまえとの愛云々の前に、前世からの結びつき、分かち難いドルチェンとの縁を、大切に思っているのだ」
ほら、やはりもうリーユエンとの縁は尽きたのだと、デミトリーは再び落ち込みかけた。
ところが陛下はさらに続けた。
「だがな、それと、おまえへの愛が尽きたかどうかは、別問題だ」
デミトリーは、途方に暮れたまま、父を見上げた。
「おまえは、黄金獅子となったのに、たかが雌虎一頭から一発張り手を喰らったくらいで、すごすごと引き下がるのか?それでは、あまりに情けないではないか」
「リーユエンが拒絶したのに、今さら未練たらしい行動をとっても見苦しいだけです」
陛下は、デミトリーの額をまた、軽くペシっと叩いた。
「痛てっ、父上っ」
「おまえは、黄金獅子としての自覚がなさ過ぎるぞ。
未練たらしいとか、見苦しいなどと、自分本位の立場ではないかっ。
本当に愛しているのなら、たとえ恋が成就しなくとも、一度愛した女のためなら、その女を危難から救うために、身を尽くすくらいの度量を持たんかっ」
デミトリーは、父の言葉に、ハッとした。
「リーユエンは、何か危難に遭ったのですか?」
国王は、思いっきり眉を顰め、デミトリーを睨みつけた。
「おまえ、さっき朕が言った事を聞いていなかったのか」
デミトリーは三発目を喰らう前に、必死で記憶を探った。
「さっきおっしゃったこと・・・法座主ドルチェンが閉関したことですか」
「ドルチェンこそが、玄武国における、リーユエンの最大最強の後ろ盾だ。
それが閉関したら、何が起きると思う?」
デミトリーは、真面目に考えた。
「法座主は、玄武国第一位、元首に相当する。最高位が閉関したのだから・・・」
そこまで考えて、デミトリーはやっと思いついた。
「空白をついて、権力闘争が始まるってことですか」
陛下は嘆息した。
「もっと早く気がつかんのか」それから続けた。
「すでに、実際、玄武の大公家の間に怪しい動きが出ておるのだ。
おまえが、玄武国から南荒へ行く準備のために戻ってきた後、ドルチェンは、瑜伽業をリーユエンと行った。その時、とんでもない量の太極石を産み出したそうだ。
そのために、八大公の中には、リーユエンに瑜伽業の相手を勤めさせさえすれば、玄武は誰であろうと、ある程度の太極石を作り出せるはずだと考えるものが出てきたのだ。
それで、どうやらリーユエンを生け捕りにして、瑜伽業を無理やりやらせるつもりらしい」
「そんな・・・リーユエンは玄武に狙われているのか。ここを出て行ったのに、玄武国へ何も知らずに帰ったら、捕まってしまうのか」
「朕はこの事態を想定し、ヨークの主替えを認めて、リーユエンの後を追わせた。今頃は、もう、陰護衛についているはずだ」
デミトリーは、父国王の用意周到ぶりに、圧倒された。
自分は、このような布石を次々に打てる統治者になれるのだろうか、いや、いつかは、ならなければならないのだと、思った。




