11 始原の玄武ー東海大帝ー(3)
あのお茶会の後、高祖は、リーユエンの体調が悪いのを理由に、再び神廟へ籠ってしまった。
二人が出てこないまま、徒に日にちが過ぎた。このままの状態では、いずれは時間切れとなってしまう。それを危惧したミレイナは、自ら高祖へかけ合うと言い出した。
王は、ミレイナの大胆さに呆れ返って止めようとした。
「やめなさい、いくらミレイナでも、そんな事をしたら、一瞬で高祖のお怒りを買い、体が灰になってしまうぞ。あの女性とのことに、口出ししてはならん」
王の言葉にダルディンも頷くしかなかった。
実際、高祖の凄まじい法力の圧力に、間近で接したので、それが冗談ごとでないとわかっていた。
だから、その申し出には、内心、感謝しながらも、国王の言葉に、黙って賛成するしかなかった。
ところが、彼女は、
「大丈夫、私は、大お祖父様の懐への入り方は心得ているわ。
大お祖父様は、筋の通らないことはお嫌いだけれど、筋の通った話には、ちゃんと耳を傾けるお方です。だから、心配しないで」と言い、神廟へ出かけて行った。
その後、数時間して帰ってきたミレイナは、ダルディンへ莞爾と笑った。
「大お祖父様は、毎日数時間、リーユエンを内宮へ連れてきてくれるって、ただ、乾陽大公だけでなく、私も必ず立ち会うようにって条件をつけられたわ」
ダルディンは、まさか毎日会えるとは思ってもみなかったので、驚愕した。
「一体、王女殿下は、高祖をどのように説得したのだ?」
ミレイナは、少し人の悪そうな笑みを浮かべた。
そして、ダルディンにだけ聞こえる小声で言った。
「大お祖父様は、三界の戦を終結させた大将軍よ。
とても名誉を重んじるし、卑怯なことはお嫌いなの。だから、リーユエンをいつまでも閉じ込めて、乾陽大公に会わせないのは、取り決めの信義に反するかもって、もの凄く遠回しに仄めかしただけよ。でも、たったそれだけで、すぐリーユエンを外へ出すことをお許しになったわ」
ダルディンは、思わすミレイナの手を取り、握り締めていた。
「あなたは、大胆すぎる。いくら遠回しだからといって、卑怯者呼ばわりと受け取られかねないだろう。お願いだから、そんな危ないことは二度としないでくれ」
ダルディンの、透き通るような光を放つ薄い緑色の眸に、ミレイナの顔が鏡のように映り込んだ。
ミレイナは、ダルディンに手を握られて真剣に気遣われ、見る見る頬が赤らんだ。
ダルディンは、ミレイナの反応に、無作法な真似をしたことに気がつき慌てて手を離そうとした。
けれど、ミレイナは、その手をグッと握り返した。
「心配してくれてありがとう。でも、乾陽大公、あなたの悲しむ顔を見るのは、私も辛くてたまらないのよ。
なんとか頑張ってリーユエンの記憶を取り戻しましょう」
「あ、ああ、そうだね。ありがとう。頑張るよ」
今度は、ダルディンの方が少し赤くなってうつむいた。
翌日から、高祖は、リーユエンと連れ立って、内宮を訪れるようになった。
ところが、二人が訪れるのは、毎回、乾陽大公が、禁護衛軍の兵士へ棒術の稽古をしている頃合いであった。
チェンガムと手合わせ中で手が離せない乾陽大公の代わりに、高祖へ挨拶に来たミレイナへ、高祖は人の悪い笑みを浮かべた。
「ほら、そなたとの約束通りリーユエンを連れてきたぞ」
そう言われては、言い返す言葉もなくミレイナは「ありがとうございます」と言い、揖礼した。
ミレイナは、内心不満だった。
(三界の大戦を終わらせた東海大帝ミグレイ陛下は、華々しい武功を挙げた玄武であるとともに知略の将としても名高お方だった。まさか、こんな悪知恵を巡らすなんて、迂闊だったわ)
リーユエンは、乾陽大公がチェンガムと六尺棒で激しく撃ち合う様にじっと見入った。
二人は半時間近くも互いに激しい攻防を繰り広げた。そして、チェンガムの上段からの打ち込みを、斜め下から払い飛ばし、すかさず顎へ棒の先端を寸止めで打ち込み、ダルディンは勝負の決着をつけた。
高祖は、手を叩いて勝者を褒め称えた。
ところが、リーユエンは、待ちきれない様子で足早にダルディンは近寄るや、「私にも稽古をつけてください」と、いきなり声をかけた。
「もちろん、喜んで」
ダルディンはにっこり笑うと、リーユエンに当然のように六尺棒を渡した。
ミレイナは驚いた。
「ちょっとリーユエン、そんなお姫様みたいな格好で、棒術なんかできるの」
高祖も、思いがけない展開に引き止めることより、リーユエンがどの程度の使い手なのか知りたいという好奇心が勝り、そのまましたいようにさせてしまった。
ダルディンは、玄武棒術十式の一式から型通りの打ち込みを始めた。
リーユエンもそれを型通りに受け止めた。
彼女が六尺棒を操る動きに合わせ、柔らかな薄絹の広袖は風に翻り、蝶々が風に戯れて飛ぶような優雅さだった。
やがて二式、三色と進むにつれ、動きはますます複雑で激しさを増して行った。
それでも、乾陽大公とリーユエンの動きは、一寸のずれもなく完全にあっていた。
(伯父上が、リーユエンへ稽古をつけた時、隠形した私は、ずっと側で見ていた。
伯父上は私にさえ、あれほど厳しい稽古をつけたことはなかった。
リーユエンは何度も負傷し、痛みに動けなくなった。
その度に、伯父上は法力を流し込み、彼女を治療した。
その時、表情を殺しておられたが、ひどく悲しみ、辛がっておられたことは、見ている私にまで伝わってきた)
リーユエンは、乾陽大公からの打ち込みを型通りに打ち返しながら、奇妙な感覚に襲われていた。
(やはり、このお方ではない誰かと、この稽古をしたことがある。
もっと厳しい打ち込みで、私は、痛みで動けなくなった。その後、どうしたのかしら・・・)




