11 始原の玄武ー東海大帝ー(2)
ダルディンは、半年の猶予を与えられたが、リーユエンの記憶を取り戻すにはどうしたらいいのか頭を悩ませた。
それでも、自分の姿を見ただけで、伯父の気配を感じた様子に、希望も見出し、きっとすべてを忘れたわけではない。感覚に訴える記憶は、微かに残っているに違いないと確信したのだ。
その事から、記憶を取り戻すには、リーユエンが玄武の国で実際に経験したことを、追体験させてみればいいと、ダルディンは考えた。
一方、リーユエンとともに神廟へ戻った高祖は、彼女を寝台へ横たえ寝ませた。
彼女の眠る姿を、高祖は黙って見つめた。
国王が話した通りで、高祖は、生まれ変わるたび、彼女を妻に迎え、夫婦として添い遂げてきた。何度妻に迎えても、巡り合うたびに湧き上がる恋情が、尽きる事は決してなかった。
妻が亡くなり、しばらくして妻らしき女を再び見つけ出し、その女と会うたび、高祖の心は恋情に潤い、必ず彼女を妻に迎えてきた。けれど二千年余前、その繋がりは、突然失われたのだ。
それは、現国王すらも知らない事情だった。
寝台に横たわるリーユエンの寝顔を見ながら、高祖は、普段なら思い出しもしない、二千年前の記憶を掘り起こした。
(高祖の回想)
私は四人の王子を、まだ異界からの侵食の影響が残る、瘴気の強い地域へ送り出した。
黒王子は、北嶺で黒玄武の国を、赤王子は南の果て、海を渡った南荒の地で赤玄武の国、黄王子はウマシンタ川を渡り、中央平原の西、台地の彼方の大森林へ旅立ち、消息は途絶えた。
そして黄王子と一緒に台地を越えた白王子は、そこから北西へ進路を変え、西荒の奥地、極光山の麓に白玄武の国を建てたと知らせを受けた。
それから数千年、長らく東海沿岸地方からウマシンタ川の向こう岸まで統治を続けた私は、莫大な法力を持て余すようになり、閉関して、法力を放散して体調を整えねばならなくなった。
その閉関の期間は、最初は数年であったのが、何度か繰り返すうちに百年かかるようになった。それほど、私の身内にたまる法力は、莫大な量となったのだ。
何しろ、三界の大戦は終結し、法力を使う機会がなくなったため、私の法力は貯まる一方だったからだ。目覚める期間は間遠くなり、私の妻として、あのお方を転生のたびごとに、迎えることも難しくなった。
閉関で中断した期間が続くうち、私は、転生したあのお方を見つけ損ね、気がついた時には、もう現世から消えておられることも何度かあった。
そのうちに私の閉関期間は数百年単位となってきたため、帝位を退くことを決断し、複数の玄武へ、私が治めていた地を分割分担させることにした。
退位した私は、神廟へこもり、長い閉関期間へと入った。
ある日、数百年ぶりに目覚めた私は、驚然とした。
目覚めた私が真っ先に行ったことは、我が妻となるべき、あのお方の気配を探ることだった。
ところが、私の妻となるべきお方の気配が消え去っていた。何年待っても転生して戻らない。
そんなことがあるはずがないと思い、私は、届く限りの範囲へ、法力を飛ばし調べ尽くした。
そしてついに突き止めた。
白王子の子孫である白玄武の魔導士どもが、あのお方の自由を奪い、大牙の一族の中、生き神として転生するよう縛り付けていたのだ。
あのお方の先見の能力を利用するため、凡人の中、大牙の一氏族である、銀牙の中で転生を繰り返すよう縛り付けていた。
私は、そのようなことはやめるよう直ちに警告を送ったが、もう何世代も経った西荒極光山の玄武どもは、私に敬意を払うことさえ忘れ、私の警告を無視したのだ。
その後、私は、警告しただけで何もしなかった。いや、する必要がなかったのだ。
あのお方の自由を奪い、その転生を歪めた以上、白玄武の者たちは、いつかその代償を必ず払わねばならないとわかっていたからだ。
私が、あの方を地上へ下ろしたために、代償を払い、不老の生を生き続けるのと同じように、いずれ何らかの代償を払うことは確実だとわかっていた。
そのあと、一千年あまり何事もなく過ぎた。
その後、私はまた長い閉関に入った。そして目覚めた後、白玄武の国は滅亡し、極光山の麓から消えていた。
そこには凡人である虎族の、大牙の国が存在した。
私は、その地にいるはずの生き神を探したが、生き神も見当たらなかった。それに生き神に仕える一族だった銀牙の一族の姿も無くなっていた。
私は、何が起きたかわからないまま、ただ、あのお方が完全に現世から、この閻浮提の地から消え去ったことに気付かされたのだ。
(このお方が、まさか中有に幻身となって留め置かれていたとは、そんな場所にいらっしゃるとは思いつきもしなかった。全く呆れた執念だ。そこに留め置くだけでどれほどの法力を費消せねばならないか。己の命を削るにも等しい暴挙だ)
実に二千年の時を経て、ようやくこの方を妻に迎えたものの、リーユエンと呼ばれるこの女性は、記憶を失ってもなお、自分を千年中有に留めおいた玄武を思い出そうとしている。
何千年にもわたる転生で、幾度となく夫婦の契りを交わした自分のことは微かにでも思い出してくれないのは、あまりに薄情だと思った。ただ、契りを交わせば、このお方の魂には、確かに反応があり、自分のことを完全に忘れ去ったのではないのだとわかり、身内からは抑え難いほど喜びが湧き上がったきた。
(あなたの夫となるべき者は、この私、ミグレイなのだ。
あまりに長い年月にわたる白玄武での過酷な扱いが、あなたに私との縁を忘れさせたのかもしれない。
しかし、たとえそうであったとしても、たかだか千年、あなたを、中有に留め置いたドルチェンとやらに、私の思いが劣るはずがない。
決してあなたを手放したりはしない。
あなたに相応しい夫は、私なのだ。私以外あり得ないのだ)




