11 始原の玄武ー東海大帝ー(1)
(国王の話)
三界の戦いが終結したのは、今から七千年余を遡る、大昔のことだ。
この戦いが、何がきっかけで始まったのか、詳しいことを私は知らない。
ただ、この戦を終結させた最大の功労者は、我らが高祖、ミグレイである、これは公の史実だ。
高祖は、英邁な気質と抜きん出た武力、優れた統率力で、閻浮提が戦場となった三界の戦で、目覚ましい戦績を上げられた。
だが、戦いはなかなか終結しなかった。
異界から閻浮提へ領土を拡張しようと押し寄せてくる怪異妖物は、切り捨てようが、焼き殺そうが、肉片の一片でも残れば再生する厄介な敵であったからだ。
この戦では、神聖不可侵のはずの天界にまで、異界からの侵入者が現れた。そのため地界の事柄には関知しない天界ですら、事態を収めるため、閻浮提へ、援軍を派遣した。
最終的には、天界から下ろされた『劫火』が、戦局を決定的に変化させた。
劫火は青白い炎で、この炎で焼き尽くされた異界の生き物は、決して再生することがなく灰となって滅せられた。また劫火を纏った武器で殺されても、再生することはなかった。
これでようやく、異界の生き物を九割方駆逐し、閻浮提に平和が戻った。
だが、戦の終結後、奇妙なことが起こった。
何百年、何千年と時が経っても、高祖の力は衰えず、老いることもなかったのだ。
まるで天界の不老不死者のように、往時のままの姿で、この東部海岸地方一帯から、最盛期には遠くウマシンタ川の彼方、大平原までをも統治し、東海大帝と尊号された。
そして、もう一つ、高祖はその長い治世の間、何度か同族の姫を妃に据えたが、その一方で、幾度となく、凡人の女を妻として側に置き続けた。もちろん凡人だから、その一生は儚く短い。
ところが凡人の妻が一生を終えると、しばらくするとまた凡人の妻が現れた。
高祖は、その妻のことを、最初に迎えた妻の生まれ変わりなのだとおっしゃっていたそうだ。
その妻たちには、共通するある特徴があった。
得も言えない、素晴らしい芳香の持ち主ーまるで月明かりの雫に混ざる茉莉花のような香だったそうだ。
我らは、今現在は青大亀一族を名乗っているが、大昔、高祖が皇帝位についておられた頃は、青玄武と称していたそうだ。
高祖には、青玄武から迎えた初めての妃との間には、四人の優れた王子がおられた。
だが、高祖に衰える気配はなく、国の統治は平和と繁栄のうちに長らく続き、高祖が気がついたとき、四人の王子は、高祖よりも年配者に見えたそうだ。
高祖は、誰か一人を選び、帝位を継がせようかとも考えたが、四人の王子は、偉大な大帝の後を継ぐのは恐れ多いと皆固辞した。
そのため、四人の王子には、劫火を分け与え、閻浮提の各地へ、その地の異界の生き物の残党を片付け、平安に治めるるよう指示して遣わしたそうだ。
高祖は五千年近くこの東部沿岸地方を統治されたが、その後、すべての世俗の役目を退き、神廟にこもられることが多くなった。
今の蜃市の王族は、高祖が最後に妃に迎えた青玄武の子孫だ。
最後の妃を迎え、今から二千年あまり前には、もう凡人の妻が現れることも無くなっていたそうだ。
私も、伝承として聞いていただけだったので、まさか、本当にその凡人が、今になって現れるとは、思っても見なかった。私も妃も非常に驚いているのだ。
国王の長い話が終わると、ミレイナは尋ねた。
「大お祖父様がとても長生きで、不老のお方で、リーユエンらしい凡人を何回も妻に迎えたことは分かりました。けれど、なぜ『始原の玄武』と呼ばれるのですか?」
国王は、長い話で渇いた喉を潤そうと、お茶をごくごく飲んだ。それから短息した。
「玄武の一族には、法力と呼ばれる特別な力がある。ミレイナ、そなたも使えるだろう。
その法力を初めて使い出したのは、高祖なのだ。玄武を玄武たらしめる法力を、初めて使ったのが、あのお方であるため、『始原の玄武』と通り名もお持ちなのだ」
ミレイナは、もう唖然とした。
「大お祖父様って、そんなにお偉い方だったのね・・・全然、知らなかったわ」
王妃もため息をついた。
「私たち、そなたに何度も高祖が偉大なお方であると言い聞かせたではありませんか。
でも、そなたは、昔から物怖じしない子だから、実感できていなかったのでしょう。
高祖は、そなたの、そういう変わらない態度がお気に入りなのよ。
他の者たちは、皆、あの方の偉大さに感じ入り、ひれ伏してしまいますからね。
大お祖父様と言って、親しげに抱きついたりするのは、そなたくらいですもの」
「へへへっ」
ミレイナは、王妃の言葉に、決まり悪げに笑った。
国王が話を戻した。
「高祖は、おそらく齢は一万年を超えておられる。
この数千年の間、蜃市において、青玄武の一族の寿命は、長命なものでも千五百年ほどだ。
そのため、高祖に関する話も伝わっていないものも多い。
高祖は、皇帝位を二千年余り前に退かれ、無位無冠となられた。
その後は、度々長期間神廟に閉関なさって出て来られなくなった。
だから、我々一族は、もうすっかり俗世間のことに興味をお持ちではないのか、と思っていた。
ところが、乾陽大公、あなたが連れてこられたあの凡人の女性は、高祖のお心に再び情の暖かさを呼び戻したようだ。
我々は、あなた方には、ミレイナを無事に蜃市に送り届けてくれた恩を返したいと思っているが、その一方で、長らく孤独でいらっしゃった高祖が、愛する者を見出され、幸せを感じていらっしゃるのを邪魔したくないという思いもある。
それゆえ、あなたには申し訳ないが、あの女性を取り戻すことに積極的に協力することはできかねる。ただ、妨害などはしないから、くれぐれも高祖の怒りを買わぬように、穏便に取り戻してもらいたい」




