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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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10 捨心(3)

  二人が、内宮に戻るや、内官によって広間の一つへ案内された。

 そこには、王と王妃が待っていた。


 王妃は、二人の姿を見ると微笑んだ。


「ちょうど良いところへ来てくれたわ。高祖が、久しぶりにお茶を楽しみたいとおっしゃって、もうすぐお越しになるのよ。紹介したいお客人を連れてこられるそうよ」

 

 高祖は、公の官職から退いて久しく、蜃市において、最も高貴なお方でありながら、長らく神廟に籠り、無為無冠、ご隠居のような立ち位置だった。

 そのため、王宮を訪れる時も、あくまで私的な訪問だった。


 格式ばった事を厭う高祖のため、今日も中程度の客間を使い、ごく普通のお茶の用意がされていた。


 高祖と客人の来訪を、内官が告げにきた。


 高祖は、普段通りの白い長衫に、紫がかった青地の袍を身につけ、白金色の長髪は後ろゆるく束ねてあった。長身の高祖に寄り添うように、その横には、白いヴェールで全身を隠した客の姿があった。


 皆、その二人の姿に、唖然とした。


 高祖は、長い腕を、その客の細いウェストへ回し、密着しそうなほど自分の方へ引き寄せていた。いつもは冷厳なほど端正な高祖の顔には、柔らかな笑みが浮かび、抱え込んだ客人の歩みに合わせ、よろめきかけた時は、肩に腕を回し抱き寄せさえしたのだ。二人が非常に親密な間柄であることは、明らかだった。

 

 ミレイナは、ダルディンへ囁いた。

「あのヴェールの女って、もしかして・・・」

 

 ダルディンは、ヴェールを被る客人は、リーユエンとちょうど同じ背丈だと思ったが、ヴェール越しでは確信を持てなかった。

 

 国王も王妃も立ち上がり、部屋へ入ってきた高祖へ揖礼した。ミレイナとダルディンも同じく揖礼した。


 高祖は、軽くあげて手の指先を軽く上へ振り、礼儀は不要と合図した。


「皆、楽にしなさい。私は、新たに妻を迎えたので、紹介したいと思い、本日連れて来たのだ」

 


 国王も王妃も大きな衝撃を受けた。


 ミレイナは、礼儀を完全に忘れ、

「大お祖父様、妻って、いつご結婚なさったの?」と、叫んだ。


 高祖は、上機嫌な笑みを浮かべ、

「私の妻、リーユエンだ」と言うや、ヴェールをサッと取り去った。


 ヴェールの下から現れた女の姿に、皆、息を呑んだ。


 高祖と同じ、白金に輝く長い髪、白く透き通る肌は真珠の光沢を帯び、長いまつ毛に縁取られ、伏せられた目は紫眸だった。その女は、大層美しく、嫋やかだった。女はその場で、深々と揖礼した。

 

 国王は、魂が抜けたように彼女に見惚れた。

 王妃が眉を顰め咳払いして、ようやく正気に戻る有様だった。


 ミレイナも、驚愕し、思考が停止した。

 特徴のある紫眸によって、その女がリーユエンなのだと辛うじて判別できた。

 けれど、何という変わりようだろう。黒づくめの服装で、いつも難しい顔つきで、髪は短く、顔に傷があった、青年のように見えたリーユエンと、目の前に立つ、嬋娟嫋嫋たる絶世の美女が同一人だとは、到底信じられなかった。


 高祖は、彼女の腕をとり、優しく支えた。


 ダルディンは、顔色を失い、リーユエンへふらふらと近寄った。そして、彼女の名を呼んだ。


「リーユエン・・・」

 

 間近で呼びかけられ、リーユエンの紫眸が、ダルディンを捉えた。

 しかし、視線は望洋とし、人形めいた表情にも、格別な変化はなかった。


 ダルディンは、さらに近寄り、

「リーユエン、私だ、分からないのか」と、さらに呼びかけた。



 リーユエンは、ダルディンをじっと見上げた。

 唇が震え、「あなたは誰?」と、掠れた小さな声が響いた。


「私が分からないのか?リーユエン、私は乾陽大公だ」


「乾・・・陽・・・大・・・公」

 

 乾陽大公という称号を耳にしても、リーユエンには何の感慨もなかった。

 けれど、ダルディンの、透き通るような薄く明るい緑色の眸は、ひどく懐かしく感じられた。そう感じる一方で、自分が懐かしく感じる相手は、おそらく目の前の若者ではないと、なぜか、そう思った。


(私は、このような眸のお方をどこかで知っていたはず・・・でも、誰だったのだろう、思い出せない)

 

 リーユエンの目から涙が溢れた。


 高祖は、リーユエンの肩へ腕を回し、懐へ抱き込み、髪を撫でつけた。

 

 「私が分からないのか・・・リーユエン、一体どうしたのだ」

 ダルディンは、思わず一歩踏み出し、リーユエンの肩へ触れようとした。


 しかし、高祖がその手を払い除けた。

 高祖は、翡翠色がかった青い眸でダルディンを見返した。高祖の美しく整った面は無表情で、冷厳なものへ変わった。


「これは、我が妻なのだ。気安く触るな」


「我が妻・・・そんな事はありえない、リーユエンは私の伯父、玄武国第一位、法座主ドルチェンの明妃なのだ」

 

 高祖は、冷たい笑みを浮かべた。

「この者が、そなたの伯父の明妃であるという証拠でもあるのか?」


 ダルディンは、「玄武紋が・・・」と、言いかけて気がついた。胸元の開いた衫から見える肌に、玄武紋も神聖紋も見当たらないのだ。


「玄武紋も神聖紋も消えている。

 高祖、あなたは、彼女へ一体何をなさったのだ。どうして、彼女は、私が分からないのだ」

 

 ダルディンは激しく動揺した。


 ミレイナは、ダルディンへ近寄り、落ち着かせようと彼の上腕へそっと手を添えた。


「乾陽大公、落ち着いて、感情的にならないで・・・

 大お祖父様は、あなたに諦めさせようとしているのよ。

 でもね、諦めてはダメよ。彼女がリーユエンでないはずがないわ。絶対リーユエンに間違いないのだから、落ち着きましょう」


 ミレイナは、今度は、高祖の方へ話しかけた。

「大お祖父様、乾陽大公は、リーユエンの身を守り、玄武国へ一緒に戻ろうと、大変な苦労をしてこの地へ来たのです。

 乾陽大公は、ご自身の伯父上との約束を果たそうと懸命に努力されているのですから、どうか、せめて納得がいくよう説明してくださいませんか」

 

 お気に入りのミレイナから言われては、高祖も冷厳な表情を保つのは難しくなった。



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