9 換骨変易法(6)
高祖は、立ち上がったまま、ダルディンが手にする棒へ、眸を縦に変じて焦点を合わせた。
「ふふ、どうやら、乾陽大公はかなりの使い手のようだ。これは、なかなか見応えのある試合になるぞ」
高祖の呟きは、彼の後ろの、一段高い座席にいたミレイナにも聞こえた。
「大お祖父様、乾陽大公を武器庫に連れて行って、どれでも好きな得物を使うようにと勧めたら、すごい棒があると喜んで、あの棒を手にしたのです」
高祖は、ミレイナを振り返り、「私の隣へおいで」と誘った。
ミレイナはにっこりしながら、通路の階段を降りて、高祖の横へ腰掛けた。
「あの棒は、大昔、私が愛用していた如意瑠璃金剛棒だ。あの若造に、果たして使いこなせるのか」
「ええっ!大お祖父様愛用の六尺棒だったのですか。
ごめんなさい、どれを使ってもいいと思っていたので、貸してしまいました」
ミレイナは、武器庫には禁護衛軍の武器が格納されていると思っていた。
まさか高祖の愛用する武器まで、そこにあるとは思っていなかったので、どうしようかと狼狽えた。けれど、高祖は気にする様子もなかった。
「別に構わない。たまには使ってやらなくては、如意も可哀想だ」
審判が、旗を振った。
巨大な銅鑼が鳴らされ、試合が始まった。
チェンガムは、凄まじい太刀風を起こした。
神剣叢雲飛燕切は、その太刀風だけで、空中を飛行する燕すら切り伏せる伝説の名剣だ。その鋭く、凄まじい威力の太刀風が、真正面からダルディンへ襲いかかった。
ダルディンは、六尺棒の真ん中を両手に持ち、いきなり回転させ、同時に自分の法力を流し込んだ。六尺棒は凄まじい速さで回転し、円盤状の盾となり、太刀風を跳ね飛ばした。
太刀風は逆向きとなってチェンガムへ襲いかかった。
「すごい、叢雲飛燕切の太刀風を逆転させたぞ。
あんな技使う奴は初めてだっ、どうやったんだ?」
「キェーッ」
チェンガムは気合いの入った叫びと共に、太刀風へ、刀身を上段から叩きつけた。
チェンガムの法力が、太刀風を霧散させた。
チェンガムはすぐさま縮地法で一気に間合いを詰め、ダルディンの体へ刀を斜め上段から切りつけた。
「ガッキーン」
ダルディンは六尺棒で刀を受け止め、火花が散った。
そのまま棒を滑らせ、上背のあるダルディンは、チェンガムの鎖骨のあたりへ棒の先端を突き出した。
チェンガムは間一髪棒を避けたが、体勢を崩した。そこへ素早く棒を引っ込めるや、ダルディンは、棒を半回転させ上段から叩きつけた。
チェンガムは、叢雲飛燕切でそれを受け止めようとした。ところがその一瞬、ダルディンは棒を停止させ、先端を少し下げるや、棒の先端を刀の下へ入れ、跳ね飛ばした。受け止めようと上へ力をかけていたところへ、頭身の下から棒が入り込み、こちらも下から上へ力がかかったため、チェンガムは対応が遅れ、刀を飛ばされてしまった。
刀は弧を描いて宙を飛び、演舞台の床へ突き刺さった。
チェンガムは低い姿勢で宙返りし、ダルディンの棒の一撃を避けながら、素早く刀を床から抜いた。
禁護衛の兵士たちは驚愕した。
「チェンガム総大将があそこまで苦戦するなんて、高祖のお相手をするとき以外、見たことがない。乾陽大公はすごい使い手だ」
ダルディンの出身家、乾家は、玄武八大公の中でも屈指の、武門の名家なのだ。
伯父ドルチェンは、若い頃から玄武棒術十式五十変化の達人として知られていた。その伯父の薫陶を受けたダルディンは、おそらくその年代の玄武の中では、棒術ならば最強の使い手なのだ。
棒術に絶対的な自信のあるダルディンは、武器庫の中で数ある名剣には目もくれず、この金の箍の入った青い棒を一眼で気に入り、ミレイナに頼んで貸し出してもらったのだ。
二人の戦いを見るうちに、高祖は、大昔の記憶が蘇った。
「そうだ、北荒へ遣わした我が息子、黒皇子には、私自ら棒術を指導した。彼は秀でた棒術使いであった。あの男の戦いぶりは、まるで我が息子を見ているようだ」
あまりに長い時間を生きてきた高祖は、もう肉親の情など忘れて久しかったが、乾陽大公の戦いぶりは、ありし日の黒皇子の姿と重なり、何か温かい感情が心の中を満たしていくのを感じた。
ミレイナは、目を満天の星空のように輝かせ、勇敢に戦うダルディンに見惚れた。
チェンガムは、これほどの強敵に対峙したのは初めてだった。
もちろん高祖ほどの強さはないが、ダルディンの棒術は、チェンガムの鍔をもつ手首のあたりを確実に狙い執拗に攻撃するので、決め技を出すことすらできず、一方的に押される状態が続いた。
(ダメだ、刀より長い棒の特性を活かし、おまけに前後左右隙がなく、どこから棒の先端が突き出してくるのか予想がつかない)
チェンガムは、目にも止まらぬ速さで突き出す棒の先端を、刀で弾くことで精一杯で、反撃すらできない状態だった。
そして、ついに、チェンガムは一瞬の隙を突かれた。
ダルディンの操る棒の先端が、チェンガムの顎の下、喉仏の一寸手前でピタリと止まった。
チェンガムは潔く負けを認めた。
「参りました」
その声を聞いた審判は一瞬固まったが、その後試合終了の銅鑼を鳴らし、
「勝者 乾陽大公ダルディン殿」と、声を張り上げた。
それを聞いたミレイナは、高祖が横にいる事も忘れ、飛び上がった。
「やった、乾陽大公が勝ったわ。乾陽大公が一番になった」
子供のように叫び、彼女は階段を駆け下り、敷居を飛び越え、乾陽大公の元へ駆け寄った。
ミレイナが駆け寄った時、ダルディンはチェンガムとガッチリ握手を交わしたところだった。
「大公の棒術はすごい、本物だ。俺は、高祖以外、こんな強い棒術使いと戦ったのは初めてだ。実に有意義だった。ありがとう」
「いや、こちらこそ、素晴らしい太刀捌きを見せてもらった礼を言う」
勝者となっても奢ることなく、相手を称えることを忘れない乾陽大公の度量のある態度に、禁護衛の兵士たちもすっかり魅了された。
だから、そのあとミレイナが「乾陽大公、優勝おめでとう」と叫んで、抱きついても、皆、微笑ましく見守るばかりだった。




