9 換骨変易法(1)
「どうして、こんなになるまで術を使ったんだ。使ってはいけないと言っただろう」
ダルディンは、リーユエンへ涙声で話しかけた。
けれど、意識のないリーユエンからは、何の反応もなかった。
ダルディンの傍に立つ高祖は、無情に宣言した。
「何もしなければ、直に心の臓が止まるだろう。とりあえず、心の臓だけは、法力で動くようにしてやろう。だが、それも半日が限度だ」
ミレイナは、高祖の袖を引っ張り、ダルディンから引き離した。
可愛い孫娘に袖を引っ張られ、高祖は部屋の反対側へ移動した。
ミレイナは、リーユエンとウマシンタ川で出会った経緯や、その後の、苦難の連続だった旅について語った。
高祖は黙ってミレイナの話を聞き続けた。
そして、彼女が話し終えると、彼女の肩のあたりに手で触れた。
「なるほど、これだけ割れて、よく無事であったな。確かに、甲羅が継いである。そなたが元気でいられるのは、負傷した後早くに甲羅を継いでもらえたおかげだな。
そうでなければ、法力がさらに漏れ出し、力をすっかり失い、生きてはいられなかっただろう。
それにこの継ぎ目、これは珍しい、竜の心臓石ではないか。
これほど貴重な石を惜しげもなく、そなたのために使ってくれたのか。
しかも継ぎ目がわからないほどの高度な錬成術、確かに死なせてしまうのは、残念すぎるな」
ミレイナは、偉大な高祖ならば、リーユエンの命を救う方法を何か知っているに違いないと確信していた。
「大お祖父様、どうかリーユエンを助けてください。何か方法はありませんか」
高祖は、眉尻を下げ、リーユエンと、その側で蹲り、苦悩するダルディンを見下ろした。
「そなたの恩人なのだから、恩返しをしなければならない。方法は、ないことはないが・・・」
高祖が考え込んでいる間にも、ミレイナは召使を呼び指示した。
「何か着替えを持ってきて、衣がびしょ濡れで冷え切っているから、早く着替えさせないと」
指示を受けた召使が慌てて薄い衣を一式持ってきた。
ミレイナはダルディンも部屋のすみへ追い払い、寝台の帷をおろし、召使に手伝わせ、リーユエンを着替えさせた。
氷と土の匂いがする魔導士服をそっと脱がせると、リーユエンの体は、墜落する時に岩に擦れた時の、青赤く腫れた打身や、血の滲んだ擦り傷が無数にあった。
その時、ミレイナは、今まで嗅いだことのない甘やかで透明な芳香を感じ、眸が縦に狭まった。
そこへ、帳を乱暴に開け、高祖が身を乗り出してきた。
「大お祖父様、女人の着替え中ですのよ。遠慮なさってくださいませ」
ミレイナは、高祖を押し留めようと、声を発した。
高祖は耳に入らない様子で、二人を押し除けてまで、寝台の傍からのしかかり、リーユエンをのぞき込んだ。
「白玄武の国で消息を経ってから二千年余、もうすでに転生を果たし、現世に戻ってくることはないと諦めていたのに、やはり、あなたは、まだ閻浮提にとどまっておいでであったのか」
高祖の只ならない様子に、ミレイナはそれ以上近づくなと注意できなかった。
しばし沈黙したあと、高祖はミレイナへ、今まで聞いたこともない、厳しい声で命じた。
「召使をすぐ下がらせよ。このお方には、誰も触れさせてはならぬ」
ミレイナは直ちに召使を下がらせた。
高祖は、縦長に変じた眸をミレイナへ向けた。
「この女人の命は、私が必ず助けてやろう。
そなたはすぐさま王妃の元へ行き、瑤池を高祖が使うので、人払いをせよと伝えよ」
いきなり、瑤池を使うと言われ、ミレイナは驚いたが、そのまま素直に指示に従い、自ら王妃の元へ伝えに行った。
ダルディンは、冷淡だった高祖の態度が、突然変わったことに驚いた。
高祖は、リーユエンの濡れた髪をそっと掬い上げた。
そして、その髪を押しいただき、瞑目した。
「この身が朽ち果てるまでに、もう二度と、あなたに会えることはないと諦めておりました。
よくぞ、私の元へ戻って来られた」
ダルディンは、高祖の低い囁き声に不穏なものを感じ、リーユエンの体をなるべく視野へ入れないようにしながら、高祖へ話しかけた。
「高祖、どうか、ご容赦ください。彼女は、私の伯父の妃、唯一の妃と心に決められた女人なのです」
ダルディンの遠慮がちな牽制に、高祖は不快感も露わに鼻を鳴らした。
「ふんっ、お前の伯父?・・・何者であろうと、関係ない。
この女人とは、私は数限りない契りを交わしてきたのだ。
今生でどのような縁を結ぼうとも、私との縁の強さ、長さに、敵うはずがないのだ」
姿形こそ若々しく雅やかだが、高祖は、齢一万年越えの帝王だった。
その身内から、長命者ならではの、強力な法力が放射され、五百齢の幼玄武に過ぎないダルディンは、ただ圧倒されるばかりであった。
それでも本当に命が助かるのだろうかと、高祖へ確認しないではいられなかった。
「あなたは、本当にリーユエンの命を救うことができるのですか」
リーユエンの髪を手に乗せたまま、高祖は振り返り、ダルディンを見た。その目は妖しく輝き、口元には、謎めいた微笑みが浮かんでいた。
「私にしか仕えぬ術がある。凡人には危険が多すぎて、長らく使ったことがないが、このお方ならば、それに耐えることができるだろう。瑤池で身を清め次第、術の準備へ入る」
そこへミレイナが王妃へ許可をもらい、人払いを頼んで戻ってきた。
ミレイナへ満足げに頷くと、高祖は、リーユエンを横抱きにして、立ち上がった。
「では、瑤池へ連れて行き、その後、このお方を神廟へ運ぶ」
ダルディンの心中には、不安が黒雲となって湧き上がったが、他に助ける方法がわからない以上、従うほかなかった。




