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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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7 震家の追跡(5)

ミレイナは、乾陽大公が気の毒になってきた。


  自分の伯父の愛する(ひと)と知りながら関係を持つなんて、よほど色事に長けて軽薄なのか、本当に好きになったからかのどちらかだろう。

 短い間でも、乾陽大公の人柄や態度を見てきた彼女には、彼が、軽薄な気持ちや一時の衝動で、リーユエンと関係を持ったとは思えなかった。やはり、情が湧いたからそうしたのだとしか思えないのだ。


 黙って考え込むミレイナへ、リーユエンが話しかけてきた。

「恩返しといえば、あなたを助けてあげたのは、私なのだから、一つ、私の願いを聞いてもらえないかしら?」

 

 我に返ったミレイナは、リーユエンを見返した。

「あなたには感謝しているわ、もちろんよ」

 

 リーユエンの顔から、笑みが消え、とても生真面目な顔つきになった。

「ここから先のどこかで、必ず、もっと本格的な攻撃を仕掛けてくると思う。その時、戦っても勝てないと思ったら、大公殿下を連れて逃げ出して、そして、大公殿下を蜃市へ連れて返って保護してください」


「でもリーユエン、あなたはどうするの?あなたを置き去りにしては逃げられないわ。あなたも一緒にでしょう。もちろん、構わないわよ」

 

 ところがリーユエンは首を横へ振った。

「私のことは生捕りにしようとするから、私に気を取られた隙に逃げ出してちょうだい。

 乾陽大公は、暗殺される恐れがあるから、絶対に逃げて欲しいの。あなたの国で保護してもらって、大公間の争いが落ち着けば、玄武国の者と連絡を取ればいいと思う。このことは大公殿下には絶対に言わないでね」

 

 ミレイナは、頼み事の重大さに喉を鳴らした。

「もちろん、言ったりはしないわ。でも、どうして自分を犠牲にしてまで、乾陽大公を助けたいの?

 恩人だからなの?」

 

 突然、リーユエンは今まで見せたことのない厳しい表情になった。

「乾陽大公殿下の身に何かあったら、玄武国の未来が変わってしまうからよ」


「それってどういうことなの?」


「次の法座主になるのは、おそらく殿下だ。

 それがいつになるのかはわからないけれど、それがもっとも可能性の高い未来だ。その未来が、殿下が暗殺されたら、変わってしまう。そんなことになったら、玄武国は瓦解するかもしれない」

 

 どうしてそこまで言い切れるのか、リーユエンの先見の能力を知らないミレイナには、不思議であったけれど、その真剣さは十二分に受け止めた。


「あなたの言う未来のことは、私には理解し難いことだけれど、あなたが真剣だってことはよく分かったわ。

 とにかく、何かあったら、私は乾陽大公を全力で守り、蜃市へ連れて帰ります」

 

 ミレイナの力強い言葉に、リーユエンは表情を和らげ、

「ありがとうございます。王女殿下、どうぞ大公殿下をよろしくお願いします」と、深々と頭を下げた。


 その日、半日の間、ダルディンは洞窟の中で瞑想を続けた。

 しかし日暮れが近づいた頃、リーユエンは激しく咳き込み、陣が揺らぎ始めた。


 ダルディンは、中から陣を壊し、姿を現した。そして、蹲るリーユエンへ近寄ると、彼女の顔をのぞき込んだ。

「よく頑張ってくれた。おかげで、法力は、七、八割方回復した。もう大丈夫だから」と言い、「これ以上は、もう絶対に術を使わないでくれ」と、言い聞かせた。


 リーユエンは、「もう使わない、約束する」と素直に応えた。


 二人のやり取りを見ていたミレイナは、リーユエンはあんな事を言っていたけれど、果たして本当にあれが彼女の本心だったのだろうかと疑っていた。ここまで苦しい思いまでして、乾陽大公の法力を回復させ、いざというときは、自分が囮になるから、二人で逃げて欲しいとまで言う彼女に、本当に乾陽大公に対して何の情もないなんて、信じられなかった。


 ただ恩返しをしたいだけで、ここまで犠牲を払おうとするものなのか、ミレイナには、あれがリーユエンの本心だとは、どうしても信じることができなかった。

 

 夜になると、ダルディンとヨークは外で見張りに立ち、ミレイナとリーユエンは、天幕の中で眠った。


 リーユエンは、強い胸痛を感じ、苦しかったが、息を潜め気配を殺し、気付かれないようにしていた。


 昼間、ミレイナに色々質問され答えたけれど、王女が、乾陽大公と自分の関係に、まだ疑念を持ち続けているのは分かっていた。


 そして、誇り高いミレイナは、乾陽大公の心にリーユエンはいないのだと納得しなければ、乾陽大公を受け入れないだろうということも分かっていた。


 けれど、リーユエンは毎夜見る悪夢で、次に向かう氷雪の大地で、自分は真っ暗な氷河の狭間へ墜落するのだと知っていた。あそこへ落ちてしまったら、恐らく自分は助からないだろう。そうであるなら、例えミレイナ王女が、自分と大公の関係に疑念を持っていたとしても、自分が死んでしまえば、乾陽大公へ気持ちを素直に打ち明けてくれるに違いないと思っていた。

(王女と乾陽大公はお似合いだよ。絶対、彼女と結婚するべきだ。

 ドルチェンは、前世の私と(こじ)れたばっかりに、玄武と結婚しない変わり者になってしまった。

 せめて乾陽大公殿下は、玄武のお嬢さんと結婚してくれないと、乾家の血筋が絶えてしまう。

 そんなことになったら、私はもう三界一の大悪女呼ばわりされかねない。そんなの絶対嫌だ。殿下には、是が非でもミレイナ王女と結婚していただかなくては)

 

 近頃のリーユエンは、体の内傷が深まり、瞑想して経絡の中で(ルン)を循環させることさえ、痛みで難しくなっていた。それに、瞑想しようとすると、必ず、真っ白な雪原の中で、自分が真っ黒な血を吐き、どこか暗いところへ落ちていく映像が見えてくるのだ。


 それは眠った時に見る悪夢と同じだった。自身の運命なら、それは受け入れるしかあるまいと、もう、そこが終わりの地になるのだろうと覚悟を決めていた。


 アスラは、主を失えば、契約から自由となり、自分で判断するだろう。

 そして、乾陽大公は、ミレイナ王女とともに、どんな手を使ってでも逃すつもりだった。

 

 それから、ヨークは陰護衛だから、何か危険が迫っても自力で脱出できるはずだ。ただ、その映像の中に、ヨークの姿が見えたことが一度もなかった。リーユエンには、それが気掛かりだった。 

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