7 震家の追跡(4)
「私の主である法座主猊下と、玄武八大公の関係は微妙なの。
明妃が長い間空位であったこと、その後、やっと指名されたのは玄武ではなく、凡人であったこと、それらも全て含めて、八大公は猊下にずっと不満を持ってきた」
リーユエンは一旦言葉を止めて、ミレイナが頷くと、また続けた。
「そして、この度、法座主猊下は突然閉関し、岩戸の中にこもってしまわれた。そのために、猊下と八大公の間の均衡が崩れた。
一部の権力志向の強い大公が結託し、法座主に近い大公を追い落とそうと暗躍を始めた。特に、猊下の出身家である乾家の現当主である乾陽大公を暗殺して、力を削ごうとしている」
ミレイナは、ダルディンが、今、どのような危険にさらされているかを理解した。
そして、リーユエンがここまで話してくれるのなら、いい機会だから、ずっと気になっていたことも質問してみることにした。
「分かったわ。
家同士で争っているわけね。うちは、もうそんなバカなことを考える人はいなくなったわ。
でも、まだわからないことがあるわ。乾陽大公とあなたって、一体どういう関係なの?
はっきり言わせてもらうと、あなたたち、まるっきり恋人同士にしか見えないわ」
リーユエンは眉を軽く顰めた。
「恋人同士?私と大公殿下が・・・」
リーユエンは首を傾げた。
ミレイナと会ってから、乾陽大公とあんな事もこんな事もどころか、自分はヨークと一緒にいるようにしているのに、ミレイナがどうしてそう思ったのかが不思議だった。
「私と乾陽大公殿下は、恋人同士なんかじゃありません。
親しそうに見えるのは、私が玄武の国へ来た頃、もっと体が小さくて、力も弱かったので、殿下が護衛についていらしたから、殿下は今でも私のことを守ろうとなさるからでしょう」
ミレイナは、まだ納得しなかった。
「私は、王女だけれど、世間知らずってわけではないのよ。あなたが恋人じゃないって思っていても、乾陽大公のあなたを見る目つきは、はっきり言わせてもらうと、ちょっと熱すぎると思うわ」
ミレイナは、リーユエンの目を見据えた。少しの嘘も見逃さないつもりだ。
リーユエンは肩をすくめた。
「なるほど、乾陽大公の視線が熱苦しく見えるのか」
リーユエンの言葉遣いが突然ガラッと変わったので、ミレイナは気合いが抜けそうになった。
「確かに、何回か寝ちゃったから、そんな風に見えるのかも・・・」
ミレイナは真っ赤になった。
「ね、寝ちゃったって、それって・・・」
世間知らずじゃないと強がって見せたが、やはり大切に育てられた彼女には衝撃だった。リーユエンが乾陽大公との関係をあっさり認めたのは、大変な衝撃だった。
「でも恋人同士というのは誤解だから、それははっきり言っておくわ」
「思い合ってもいないのに、どうしてそんな関係になったのよ。乾陽大公はそんないい加減な人なの」
リーユエンはブルブルと首を振った。
「私が法力が欲しくて乾陽大公を誘ったの。それに、護衛をしてもらった時に色々お世話になったから恩返しもしたかったから」
ミレイナには、リーユエンの言うことがまた理解できなくなった。
「法力が欲しい?恩返しって、それでどうして一緒に寝るってことになるのよっ、訳が分からないわ。それって結局お互い好きだから寝たってことと、どう違うのよ」
ミレイナは、乾陽大公に好意を持っているけれど、リーユエンと彼の関係が実際のところどうなのか、それをはっきりさせないことには、自分の好意を彼に明らかになんか絶対したくないと思っていた。
リーユエンは、ため息をついて、岩にもたれかかった。それで、ミレイナは、リーユエンは今、目隠しの陣を展開保持中であったことをようやく思い出した。
「リーユエン、気分が悪いの?大丈夫?」
リーユエンはミレイナへ笑いかけた。
「大丈夫、半日は絶対保たせるから」
そう言うと、彼女は背筋を伸ばし、ミレイナと再び向き合った。
「さっきも話したけれど、私の主は猊下なの。乾陽大公は主ではありません。私と猊下は身も心も結びついた関係だから、私が他に恋人を持つなんて、ありえない。乾陽大公は恋人じゃありません」
ミレイナはまだ納得できなかった。
リーユエンにその気がなくても、乾陽大公がリーユエンの事を好きなのなら、そんな人に自分の気持ちを告げるなんて、絶対嫌だと思った。
「私が殿下と関係を持ったのは、猊下が法力を寄越して下さらないから、法力を手に入れるためと、恩返しがしたかったから・・・恩返しをしようにも、乾陽大公が何がお好きなのかよく分からないから、あんな事やこんな事を嫌がる殿方はいないって聞いていたから、ちょうどいい機会だと思っただけ」
ミレイナは、呆れ果てた。リーユエンの周りの人たちは変な人ばかりなのかと思った。
「一体、誰があなたにそんお殿方の知識を教えてくれたの?」
「惜春楼のナイナイ姐さんよ。若い殿方が恩返ししてもらって一番喜ぶのは、体のご奉仕だよって教えてもらったもの」
「・・・・・・」
蜃市の沿岸は港町なので、「楼」と呼ばれるそういう施設はあるし、ミレイナだってある程度はそこで何をしているのかくらいの知識は持っていた。
そして、こんな事を常識のように語るリーユエンが相手では、乾陽大公がいくら彼女の事を好きだろうと、彼女の方がその気持ちをちゃんと理解するのは、難しいかもしれないと思った。
それでも、ひと言いわずにはいられなかった。
「リーユエン、その恩返しのやり方、間違いとまでは言わないけれど、乾陽大公のような、身分の高いお方に対しては、適当とは言い難いわ」
「そうかな?でも、私は他に取り柄がないし・・・」
「あなたはただの恩返しのつもりでも、もし、乾陽大公が、あなたの事を本気で愛してしまったら、あなたはどうするつもりなの?」
ミレイナは、真剣に問い質しているのに、リーユエンは不思議そうな顔をした。
「大公殿下は貴人でいらっしゃるもの。私みたいな奴婢呼ばわりされる凡人で、その上、彼の伯父が私の主なのだから、本気になるなんてあり得ないでしょう?」
ミレイナは呆れ果てた。
リーユエンは筋の通った事を言っているようで、その実、人情の機微なんてこれっぽちも分かっていない残念な女だと思った。




