7 震家の追跡(3)
「圏谷を越えたら、氷雪の大平原です。そこは私も行ったことがない。ミレイナ王女の案内だけが頼りなのです。
法力が十分でない状態で、そこへ行くのは危険すぎます」と、食い下がり、
「攻撃があっても、ヨークと私とアスラで防ぎます。
お願いです、瞑想して、法力を回復してください」と訴えた。
体の不調を自覚するリーユエンは、アスラをずっと眠らせてきたが、もう生気を取られようが、ダルディンの法力を回復させるためなら、手段を選ばないつもりだった。
「しかし・・・」
なおも躊躇うダルディンは、リーユエンを見下ろした。
リーユエンに魔獣まで使役させて、果たして大丈夫なのかと心配でならなかった。
彼女の血の気の失せた顔色は、ますます、病いに窶れた頃の父の姿を彷彿とさせ、ダルディンは不吉な予感に囚われていた。
リーユエンは、ダルディンの腕をつかんだ。
「大公殿下、今、法力を回復しておかなければ、誰も守り通すことはできませんよ。
膂力だけで、毒蟲や毒矢を使う卑劣な輩を打ち負かすことはできません。
あなたの法力が尽きてしまったら、私たちはどうやって身を守ればいいのですか?あなたの法力が、どうしても必要なのです」と、煌めく紫眸で彼をまっすぐ見上げ、強い口調で再度訴えた。
「分かった。だが、あなたが陣を保てなくなったら、瞑想は直ちに中止する」と言い、結局ダルディンは承知した。
ヨークに見張りを頼み、リーユエンは洞窟の入り口に目隠しの陣を展開し、その中へダルディンを入らせた。
そして、陣を発動させた。
陣は一瞬歪んで光を発し、そこにあったはずの洞窟の入り口もダルディンの姿も消え、ただの崖にしか見えなくなった。
術を発動させた後、肩が上下するほど呼吸を荒げ、リーユエンは近くの岩にもたれかかった。
ミレイナは、リーユエンのそばへ様子を看に行った。
リーユエンはミレイナへ微笑んだ。
「大丈夫です。大公殿下が、法力を七割は回復できるまで、頑張るから」
ミレイナは、顔色が青ざめ、苦しそうなリーユエンに心が痛んだ
「あなたも無理をしているのでしょう?どうして、そこまでするの?
あなたたち、どうして、追われているの?」
ミレイナは、玄武国から、この二人は、何か罪を犯して逃げてきたのだろうかと、心配した。
リーユエンは、ミレイナの顔をじっと見た。
煌めく紫眸で見つめられ、ミレイナは胸がドキッとした。リーユエンが女人だと分かっていても、その目で見つめられるとミレイナは落ち着かなかった。
「私たちのことが気になるのでしょう?」
「別に気にしているわけでは・・・具合が悪そうだから」
口ごもるミレイナを、呼吸が落ち着いたリーユエンは身を乗り出し、のぞき込んだ。
「ねえ、王女様は、大公殿下の事をどうお考えなのですか?
大公殿下は、お顔立ちは精悍で男らしいし、鷹揚で優しい方でしょ。
何しろ、私の主のお若い頃のお姿にそっくりなのですもの」と、嬉しそうに語った。
「はあ?私の主って・・・」
ミレイナは、リーユエンは乾陽大公の恋人なのだと思っていたのに、主がいると聞き、意外に思った。
リーユエンは、ミレイナの反応を見て、ふっと笑った。
「私の主は、北荒玄武国の法座主、ドルチェン猊下なの」
「法座主、ドルチェン猊下・・・」
東の果て、東海海上にある蜃市の城郭の中で育ったミレイナは、東海以外の世界のことを何も知らなかった。
リーユエンの言う玄武国というのも、どこかずっと北の方にある見知らぬ国としかイメージできなかった。
リーユエンは続けた。
「私は、ウマシンタ川の流域から魔導士になろうと思って、知り合いと一緒に玄武国へ旅に出たの。
魔導士になるつもりで行ったのに、猊下に見つかってしまい、明妃になれって言われたのよ。
猊下ったら、私の体に玄武紋まで焼き付けてしまって、勝手に自分と心まで繋いでしまって、仕方ないから明妃になったの。
でも明妃って、代々玄武から出すものだったみたいで、私が明妃になったせいで、猊下と他の玄武との間がギクシャクしてしまったの。私も散々悪口を言われて、危うく殺されかけたこともあった。
でも、私は自分で儲けた金で玄武国へ来て、魔導士の勉強だって、自分の金で学費も納めたのに、どうして、奴婢呼ばわりされなきゃならないのかしら、本当に失礼な連中よ」
ミレイナにはさっぱり分からない話だったが、辛抱強く聞き続けた。
「あなたが狙われそうなのは、何となくわかるけれど、乾陽大公は玄武なのに、どうして狙われいるの?」
「乾陽大公殿下は、法座主猊下の弟の子、甥なの、ご両親は二百年余前に亡くなられて、大公の位に最も若い年齢で就かれたのよ。
玄武国には、大公家というのが八家あって、たびたび領地を巡って争いがあったの。乾陽大公は、最も若い大公のため、領地争いに巻き込まれて、玄武国に止まると危険だから、私と一緒に旅をしているのよ」
そこで話を止めると、リーユエンはミレイナへ尋ねた。
「ところでミレイナ王女はお年はお幾つなのですか」
「私は、だいたい二百歳よ」
「玄武が人形を取れるようになるまでに百年、そして、法力を溜め込めるほど、甲羅の厚みを増すには千年かかると聞いたことがあるわ」
ミレイナは、目を少し開いて、驚いた風だった。
「へえ、そうなんだ。そんな話は初めて聞いたわ。でも、言われてみれば、確かにそうね。私も、人形になるまでに百年はかかったわね。初めて人形になった時には、家族が着物を作ってくれて、お祝いをしてくれたのを覚えているわ」
「ご家族みんな、仲がいいのね」
そう言うと、リーユエンの顔が曇った。




