7 震家の追跡(2)
蟲の襲来は、その後も何日にも渡り、執拗に続いた。
東嶺の山中は見通しが悪く、突然の蟲の襲来は、ただ術を使って焼きつくしか対策がなかった。
ダルディンは、リーユエンにこれ以上術を使わすのは危険だと判断した。そしてヨークと手を組み、蟲退治に専念した。
蟲が羽音を立てて襲来すると、まず、ヨークが囮になって蟲を惹きつけ、ヨークへ襲いかかる蟲へ、ダルディンが正掌打突で法力をぶつけ、殲滅させるのだ。
ところが、蟲は真夜中にまで来襲した。
天幕で寝ているところへ、無数の毒蠍が襲ってきたり、毒蜘蛛が襲ってくる夜もあった。
リーユエンが気がついた時は、八卦陣を発動させ、蟲を焼き尽くした。けれど、その後、咳の発作が起こり苦しんでいた。
ダルディンは、リーユエンより先に、自分が蟲を始末しようと神経を尖らせ、睡眠も満足にとれなくなっていた。
彼らは、東嶺の頂をこえ、とうとう大圏谷が見える場所までやって来た。
彼らと広い谷を隔てた山の中、木立の影に隠れレムジンは様子をうかがっていた。
(あと、もうひと推し攻撃をかけたら、乾陽大公の法力は弱まりそうだな)
そのように見当をつけたレムジンは、配下の者へ指示を出した。
「夜行性の吸血甲虫を、今夜、あいつらが寝静まった頃に一匹残らず放ってこい」
その夜、不寝番をしていたダルディンは、聞き慣れた羽音の立てる低く唸るような音に気がついた。
すぐに自分の天幕を飛び出し、リーユエンとミレイナが眠る天幕へいき、強力な護法陣で囲み込んだ。
蟲の襲来を察知したヨークも天幕から飛び出してきた。ヨークはわざと大きな足音を立てて、そこら中を走り回り、甲虫を引き付けた。
いつもの倍以上の数の甲虫が、ヨーク目がけて襲いかかった。ヨークの体は甲虫に包まれ見えなくなった。
ダルディンは甲虫だけを狙って法力を発射した。赤い炎が上がり、ヨークの体に群がった甲虫は全て焼き尽くされた。黒焦げになった甲虫がバラバラと落ちる中、地面に影となっていたヨークが飛び起きた。
「ヨーク、大丈夫か?」
「大丈夫です。ちょっと血を吸われましたが、大したことありません」と、言いながら、天幕の方を振り返った。
「リーユエン様と王女はご無事でしょうか?」
「護法陣で囲んでおいたから、襲われてはいないはずだ。戻ろう」
ダルディンは一歩踏み出しかけたところで、よろめいた。
「殿下」と、慌てて支えようとするヨークを、ダルディンは手で制した。
「大丈夫だ。ちょっと目が眩んだだけだ」
天幕から出てきたリーユエンは、ダルディンを見るなり駆け寄ってきた。
「大公殿下、明日は一日、どこかに留まり、瞑想をなさってください」
ミレイナも、ダルディンの姿を見て動揺した。
「乾陽大公、お顔の色が悪すぎるわ。リーユエンの言う通り、休んだ方がいいわ」
ダルディンの目から、そして肌からも、生気に溢れた緑色が抜け、黄色がかった白色に近くなっていた。それは、明らかに法力が枯渇する前兆だった。
枯渇を回避するためには、瞑想し、じっくり時間をかけて、体内の経絡に法力を循環させ、外から取り入れた風と練り合わせ、体内にある太極の核を循環させて新たな法力を作り出すことが必要だった。
けれどダルディンは断った。
「ダメだ。奴ら、いくら撒こうとしても、山犬のようにしつこく追ってくる。法力の循環を始めたら、私は丸一日動けなくなる。そんな所を急襲されたら、反撃できない」
「でも、殿下の法力は・・・」
「大丈夫だ、まだ何とかなるから、心配しなくていい」
ダルディンは微笑むと、リーユエンの傷ついた右頬をそっと触った。
「あなたの方こそ、顔色が随分悪い。もう、寝みなさい」
その声が優しすぎて、リーユエンはそれ以上何も言えなくなった。
二人のやり取りを見ていたミライナ王女の心中は複雑だった。
(乾陽大公は、リーユエンを見る時すごく優しい目で見るのね。私を見る時は、いつも揶揄うような目なのに、全然違う。きっとすごく大切に思っているのね・・・羨ましい・・・
エッ!私、今、羨ましいって思ったのよね。どうして、どうしてよ・・・いくら乾陽大公があの憎たらしい大水蜥蜴を素手で叩きのめすほど強いからって、いくら、法力で、襲いかかってくる毒蟲を蹴散らしてくれるほど頼もしいからって、ただそれだけのことで、私、ちょっと安直すぎるわよね)
彼女は一人悶々とした。
(乾陽大公は、顔に傷があっても、無愛想でも、凡人でも、やはり彼女のことが好きなのかしら・・・)
考えれば考えるほど、胸の中はモヤモヤとし、気分が落ち着かないままだった。
この襲撃で、レムジンは、配下の者たちが、密林中を汗だくとなって走り回り、泥だらけになって集めた蟲たちも、全て使い切ってしまった。
圏谷へ入ると、レムジンは、配下へ、彼らへ毒矢を時々射込むよう指示した。
しかし、この指示に対しては、作戦にずっと疑問を抱いていた副官が、とうとう異議を唱えた。
「ここは、あいつらのいる場所からは離れています。矢を命中させるのは難しいのでは・・・」
「大丈夫だ。矢を命中させるのが、目的ではない。俺たちが、まだ追跡を続けていると分からせるのが目的だ。
乾陽大公は、法力をずっと使い続けてそろそろ弱ってくる頃だ。
しかし、瞑想されたら、法力が回復してしまう。あいつらに圧力をかけ、瞑想する時間を与えず、さらに弱らせるのが目的なんだ」
強弓の使い手が、谷の向こうを狙い毒矢を放った。
毎日、毒矢は射られ続けた。
毒矢は、いつどこから飛んで来るのか分からない。そんな状況が続き、ダルディンはずっと警戒を続けていた。
ある日、圏谷の崖で洞窟を見つけたリーユエンは、洞窟の前に目眩しの陣を展開するから、その中で瞑想するようにダルディンへ頼んだ。
「だめだ、いくら道筋を変え、隠形しても、あいつらは追跡をやめない。いつ、また、攻撃をかけてくるかも分からないのに、瞑想はできない」
けれど、リーユエンは引き下がらなかった。




