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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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7 震家の追跡(1)

 ミレイナ王女も加わったリーユエン一行は、ウマシンタ川に沿ってさらに北上し、川幅が狭く、川床の巨岩が露出した場所を、騎獣と共に渡河した。


 渡河後、彼らは進路を南東へ向けた。


 密林の遥か向こう、雲海の霞む彼方に、東嶺の山塊が山頂をのぞかせていた。

 そこは、かつてリーユエンとカリウラが、魔獣の案内で、火龍の宝物を手に入れた圏谷へ通じる山地であった。

 

 一方、震家裏工作部隊のレムジンは、リーユエンたちから距離を置きながら、密かに追跡を続けていた。


 ウマシンタ川流域に広がる密林は深い。昼なお暗く、見通しも悪い中、レムジンは度々追跡目標を見失った。しかし、その都度、震陽大公と瞑想を通して連絡を取ると、大公から必ず正確な場所の指示があった。

 

 ある日、レムジンは、震陽大公に尋ねた。

「何万里も離れた玄武国におられながら、お祖父様は、どうやって乾陽大公たちの居場所を把握されているのですか」


「遠見蟲を忍ばせているのじゃ。奴らの居場所も、奴らの様子も筒抜けじゃ。何しろ、この蟲は特別じゃからの」

大公は意外にあっさりと種明かしした。


「リーユエンは魔導士ですよ。遠見蟲が飛び回っていたら、気がつくのでは?」

 レムジンの耳に大公の含み笑いが聞こえた。


「フフフッ、特別じゃと言ったであろう。

 尸蟲の術とあっては、魔導士であろうとも気付かぬわ」


 尸蟲と聞いて、レムジンの背中にはゾワっと悪寒が走った。

 祖父大公がまたもや禁術である邪術を使ったと気付いたからだ。


 大公は続けた。

「レムジン、この密林を抜けると、わしの法力では、もはや瞑想を行っても、おまえと連絡を取り合うことはできない。今日あたりが最後の連絡となる。

 

 だから、おまえに伝えておこう。

 

 あ奴らの話によると、密林を抜け東嶺の山脈を越えると、大峡谷へ出るらしい。

そこで、蟲を使って、小規模な攻撃を何度も仕掛けるのだ。リーユエンは、毒が体に回っている。術を使えば、内傷が生じて悪化する。小規模な攻撃を仕掛け、わざと術を使わせて、弱らせろ。

 そうすれば、乾陽大公が奴を庇おうとして、法力を使う。

 同世代の中では抜きん出た法力を持つ乾陽大公といえども、所詮、齢五百年の若輩者だ。いつまでも法力が保つはずがない。徹底的に法力を費消させてしまうのだ。

 大峡谷を抜けると、氷雪地帯へ入るそうだ。

 そこへ至った時に、尸蟲を羽化させ、奴らを襲わせ、捕えるのだ」


 祖父大公の情け容赦ない陰湿な作戦指示に、それを実行する自分の身になって欲しかったが、逆らうことはできない。黙って話を聞き続けた。


「今から、尸蟲を羽化させるための呪言を教える」

 震陽大公が呪言を唱えてみせた。

 それを、レムジンが完璧に唱えられるようになるまで、大公は繰り返し練習させた。


 そして、満足した大公は、「では、首尾よく二人を捕らえ、連れて帰ってくるのを待っているぞ」と言い通信を切った。


 レムジンは、大きく息を吐き出し、結跏趺坐のまま両手を地面につけ、項垂れた。


(尸蟲の術だと・・・生きている奴に使ったのか・・・あの爺さん、どこまで下衆野郎なんだ。そんなもの、邪術どころか、黒魔導術じゃないか。あの祖父いは甲羅を被った怪物だ。

 そんなものを羽化させたら、魔導士だろうと腰を抜かすほど驚くに違いない。

 あの澄まし顔の乾陽大公が、どんな顔を見せるか見ものだな。

 それにしても、どうして俺ばっかり、こんなドブ攫いみたいな、汚い役目ばかり押し付けられるんだ・・・)


 レムジンの顔は陰鬱な闇に沈んだ。

 もし自分が一度でも任務に失敗したら、祖父大公は顔色ひとつ変えず、自分にも蟲を植え付けるのではないかと恐ろしくなったのだ。


(俺は、絶対に失敗できない。任務に成功すれば、お祖父様は俺を引き立ててくれるだろうが、役立たずとなった途端、冷酷に切り捨てるに違いない)

 

 レムジンは、密林にいる間は、リーユエンたちへの攻撃は控え、配下に命じて、毎日、役に立ちそうな毒蟲をせっせと集めさせた。

 

 半月後、ついに密林を抜けたリーユエンたちは、東嶺の山々を見上げた。


 そこは、密林から抜けた後、なだらかに続く傾斜地を上がった高地で、草と低木が生えていた。

 そこから見える東嶺の山は、なだらかな稜線を描く山が幾重にも重なる山地だった。

玄武国の北嶺や、大牙国の極光山の山々の急峻な稜線よりも、なだらかで、山頂も丸みを帯びた山が多かった。


 彼らが目指すのは、この幾重にも連なる山の向こうにある、大きな圏谷だった。彼らは、再び騎獣に乗り、山道を登って行った。


 ところが、途中で、何度も毒蟲の襲来を受けて、進むのを邪魔された。

 密林に生息する吸血性の甲虫が、何百匹も黒い霧のように集まり、襲来した。


 リーユエンは、すぐさま、離と震の陣を展開発動させ、虫を火精に迎撃させ、焼き尽くした。だが、その直後、激しい咳の発作に襲われ、騎獣から落下した。


 そばにいたヨークは騎獣を飛び降り、慌てて助け起こした。

「大丈夫ですか」

 ヨークに抱き起こされたリーユエンは、胸を抑え、顔色は真っ青だった。


「王女、騎獣の綱を持っていてくれ」

 ダルディンはミレイナへ手綱を渡すや、騎獣から飛び降り、リーユエンへ駆け寄った。


 法力を送り込もうとするダルディンの手を、リーユエンはそっと払い除けた。

「大丈夫です。少し休めば治りますから。高所に上がったせいで、息切れしているだけです」


 リーユエンは、高い場所にいるためだと言ったが、ダルディンは、父ダルゴンが、病にかかった最初の頃とあまりにもよく似た状態に、不安が増すばかりだった。

 

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