6 ミレイナ王女 (5)
「本当に失礼な人ね。私は王女なのよ。少しは礼儀を心得なさいよね。
私がウマシンタ川にいたのは、お父様から、ウマシンタ川流域の、天候の見張り番をしなさいって言いつけられたからよ」
「お父様??・・・と、言うことは、東海蜃市の統治者なのか」
ミレイナは、深々とため息を吐いた。
東海における常識のわきまえがない目の前の男に、どのように説明したらいいのかと、頭を悩ませた。
一方、ダルディンは、面倒な説明を聞くのは後回しにして、せっかく捕まえた水大蜥蜴を持ち帰り、さっさと調理してしまいたかった。
「話は、後でじっくり聞かせてもらうよ。
それより、せっかく捕まえた水大蜥蜴が傷まないうちに、持って帰って調理しよう」と言い、樹洞から出ていった。
「もうっ、何なのよ、あの態度は、
どこの大公だか知らないけれど、どれだけ偉いっていうのよ。
私を一人置いてさっさと行っちゃうなんて」
ミレイナが腹を立てていると、ダルディンは樹洞の外から中をのぞき込み声をかけた。
「いつまでそんな真っ暗な穴蔵の中にいるつもりだ?
君も憎ったらしい水大蜥蜴を食べたいだろう、早く出ておいで」
ミレイナは、ふくれっ面のまま、樹洞から出てきた。
そのまま歩き出そうとしたら、ダルディンが「ちょっと待ちなさい」と、呼び止めた。
一旦止まった彼女へ近寄ると、ダルディンは
「髪にゴミがついているから、少し触るよ」と、一声かけてから、髪に触れ、落ち葉や苔のかけらを丁寧に取り除いた。
大柄なダルディンに近寄られ、髪を触られたミレイナは、動悸が早くなった。
ダルディンは、眼光が透けるように鋭いけれど、朗らかさがあり、顔立ちは精悍で端正だけれど、親しみやすさがあった。
それに、先ほどは、圧倒的な膂力で、水大蜥蜴をあっという間に仕留め、頼もしい若者だわ、と、ミレイナは思った。
ダルディンは、彼女の髪からゴミを取り除くと、微笑した。
「さあ、これで王女様らしくなった。では、参りましょうか、ミレイナ王女」
そう言うと、ダルディンは水大蜥蜴を軽々と担ぎ上げ、歩き出した。
水大蜥蜴の肉が焼け、あたりに美味しそうな臭いが漂ってくると、リーユエンがハンモックから起き出した。
鼻をヒクヒクさせて、「うわっ、蜥蜴の丸焼きだ。美味しそう」と喜んだ。
地上に降りた彼女は、焚き火から少し離れた場所にしゃがみ込む見知らぬ少女に気がついた。
「君は、誰?どこから来たの」
白い衣の少女は慌てて立ち上がった。
そして、リーユエンを海のように青い眸でじっと見上げた。それから小さな声で言った。
「昨日は、噛みついてしまってごめんなさい。それに甲羅を直してくれてありがとう」
リーユエンは、少女を見下ろし瞠目した。
「君、昨日の亀さんなの・・・信じられない、亀さん、すっごく綺麗な女の子だったんだ」
いきなり褒められて、ミレイナは真っ赤になった。
水大蜥蜴を、皆で仲良く完食した後、ダルディンは、あらためてミレイナが亀になっていた経緯を聞き質した。
「私はお父様からウマシンタ川で大洪水が起こらないよう、法力を使って雨の量を加減しなさいと言われて、ここへ来たの。三年間、ここで役目を果たして、もうすぐ蜃市へ戻る予定だったわ。
ところが、生意気な大水蜥蜴が私に力比べを挑んできて、受けてたったの。
正々堂々と戦えば負けるわけないのに、どこから手に入れたのか、反転鏡を持ち出してきて、その不意打ちで、私は自分自身が放った法力返しをまともに受けてしまい、甲羅が割れて気絶してしまったの、その上、甲羅の割れたところから漏れ出た法力を、あいつが宝珠を使って吸い出してしまって、すっかり力を失って、小さな亀の姿へ変わってしまったの」
その時のことを思い出し、ミレイナの目には悔し涙が浮かんだ。
リーユエンは、ミレイナ王女へ、
「大変な目にあったんだね。でも、水大蜥蜴の挑発に乗るなんて、王女様はちょっと軽率だね」と話しかけた。
ミレイナは、口を尖らし、うつむいた。
「そうね、私も軽率だったなって反省しているわ。あいつが、勝ち目のない勝負を挑むなんて、そこで疑いを持つべきだったわ。
でも、私は、東海青大亀王の娘なのよ、弱虫呼ばわりされて、黙って逃げるわけにはいかないもの」
リーユエンはさらに皮肉な笑みを浮かべて、王女を刺激した。
「ふうん、君は随分喧嘩っ早いところがあるね。君みたいな勇ましい子供を、王様は、こんな離れたウマシンタ川へ、よく遣わそうとご決断なさったものだね。
それとも、東海蜃市でも何かやらかして、王様から罰を受けたのかい?」
ダルディンはいくらなんでもそれは言い過ぎだろうと思ったが、ミレイナの方を見ると、顔が固まっていた。
リーユエンは、余裕たっぷりな表情で、さらに追い詰めた。
「せっかく言いつけ通り三年間、ウマシンタ川の守りを果たしたのに、大水蜥蜴の挑発に乗って、亀の姿を他人目にさらしたなんて、王様がお知りになったら、君の父上である王様はどう思われるだろうね」
ミレイナの青い目に涙がジワッと盛り上がり、今にも溢れそうになった。
ダルディンは思わず、リーユエンに言った。
「そんなにいじめるのはやめなさい。
王女、水大蜥蜴のことを、わざわざ王様に知らせたりはしないから、安心しなさい。
あなたの名誉を台無しにするようなことはしないよ」
一度人形をとるようになった人外のものが、その原身を晒すのは最も恥ずべきことだった。
まして王女であるミレイナにとっては、とんでもない屈辱だった。
ダルディンの思いやりのある言葉にミレイナは感動した。
「ありがとう、私の名誉を守ってくださるのね」
「ここにいる者はみな口が固い。あなたの不名誉が漏れることは決してない」
ダルディンは力強く頷いた。
ダルディンを見上げるミレイナ王女の目は輝いた。
その様子をこっそり眺め、リーユエンが笑みを漏らしたのをヨークは見逃さなかった。
リーユエンへこっそり近寄り、
「リーユエン様もお人が悪い。わざと悪役を買って出られたのですね」と二人に聞き取られないよう囁いた。
リーユエンは、無言で頭を横へ振り否定した。
けれど、ヨークはそんなことは信じなかった。




