6 ミレイナ王女 (4)
その夜、皆が寝静まると、リーユエンのそばでじっとしていた亀が、突然ゴソゴソと動き始めた。
足音を立てないようにそうっと前足と後ろ足を動かし、亀は野営場所から離れた。そして、森の中に入った。
森の中は、下草が密集し、天へまっすぐ伸びるひと抱えもあるセイバの大木からは、寄生植物の蔓が垂れ下がっていた。あたりは夜闇に包まれ、天空の星あかりと月明かりだけが辛うじて、ものの形を明らかにしていた。
亀らしくないしっかりとした足取りとスピードで、その亀は、迷いなく何かを目指して進み続けた。
やがて、一際大きなセイバの巨木に行き着くと、亀は足を止めた。
幹周りは三丈以上ある巨木で、樹皮には寄生植物の一種、蔦いちじくが幾重にも絡みつき、蔓の隙間から、大きな樹洞が黒々と口を開けているのが見えた。
亀は顔を上げ、その樹洞をしばらくキッと睨んだ。それから、決然として、樹洞へまっしぐらに進み、そのまま中へ潜り込んだ。
樹洞の中は二丈四方の広さで、地面は絨毯を敷き詰めたように、緑色の柔らかな苔に覆われていた。
真夜中で、真っ暗闇であるはずのこの場所は、柔らかな薄明りに照らし出されていた。薄明るい洞の中、地面には、宝石や、短剣や、盾が散らばり、天井からは、トカゲや蛇、まだ子供の大顎鰐が干物になってぶら下がっていた。
亀は、そんなものには目もくれず、薄明かりを発する光源を目指した。
それは、洞の一番奥、少し小高くなった地面の上にある小さな球体、その天辺だけ、摘んだように尖た形の宝珠だった。
亀は、精一杯の急ぎ足で宝珠へ近寄った。そして、宝珠へ触れようと、盛り上げした土を這い上がろうとした。
そこへ、突然、黒い影が天井から飛び降りてきた。その影がいきなり亀に噛みつき、地面へ投げつけ叩きつけた。
「バカな奴め、わざわざまた戻ってきて、死にに来たのか。
いいだろう、亀を食うもの悪くない、お前の肉を食ってやる」
それは一丈半もある、黒みがかった緑色の肌に白い斑点が散らばる、大きな大水蜥蜴だった。尻尾をムチのようにしならせ、亀を尻尾で跳ね飛ばし、今度は壁へ叩きつけた。
それでも亀は諦めず、また、宝珠へ近寄ろうとした。
大水蜥蜴は、鋭い牙が隙間なく生えた口を開け、亀へ噛みつこうと飛びかかった。
しかし、飛び上がった体は、突如、ガクンと空中で急停止し、自分自身が地面へ叩きつけられた。
「グエッ」
たまらず呻き声をあげ、大水蜥蜴は背後を振り返った。
「誰だっ」
「弱い者いじめは感心しないな」
何者かが、大水蜥蜴の尻尾を握り締めていた。
「誰だ、邪魔をしおって」
大水蜥蜴はかぎ爪で相手を引っ掻こうとした。
しかし、またもや、凄まじい怪力で尻尾が振り回された。
大水蜥蜴は、何度も地面に叩きつけられ、絶命した。
「悪く思うな、リーユエンは具合が悪いから、栄養をつけさせたい。
おまえを丸焼きにして食べさせたら、元気になるだろう」
洞の角に隠れ震えていた亀はその声に驚き、姿を現した。そして、大水蜥蜴の尻尾を持って担ぎ上げようとした男と目があった。
「あれ、おまえ、リーユエンが拾った亀じゃないか、どうしてこんな所にいるんだ?」
大水蜥蜴を仕留めた者の正体は、夜狩に来たダルディンだった。
亀は、ダルディンから方向転換し、再び宝珠へ近づいた。けれど、地面を小高く盛り上げた台の上に宝珠はあった。その盛り上げた泥に足を取られ、宝珠に近寄れなかった。
ダルディンは、亀が宝珠へ近寄りたがっていることに気がついた。
「おまえ、この宝珠が欲しいのか?」
そう言いながらダルディンは身を屈め、宝珠を左手で持ち上げ、亀の前へ置いてやった。
亀は、すぐさま、鼻面を宝珠へ押し当てた。
次の瞬間、眩い光が当たりに広がった。
ダルディンは眩しさに目を瞑った。
「ああっ、やっと元に戻れたわあ」
溌剌とした少女の声が響いた。
目を開けたダルディンは、口をぽかんと開けた。そして、亀がいたはずの場所で、両手をあげて背中を伸ばす少女を指差した。
「き、君は一体誰だ?」
少女の腰まで届く漆黒の髪は、青や緑の光沢を帯びて大層美しく、真っ白な服は、簡素な仕立ての貫頭衣を胸の下あたりで青色の帯で結び止めし、丈がくるぶしまであった。顔は大層愛らしく、眸は、海のような青さで生き生きと輝いていた。
「ありがとう、大水蜥蜴をやっつけてくれて礼を言います。私は、東海蜃市から来たミレイナです。よろしくね」
「君は、ミレイナというのか・・・私はダルディンだ」
「知ってるわ、乾陽大公殿下よね、ねえ、甲羅を直してくれたお姉さんのところへ戻りましょうよ。私、彼女にお礼を言いたいの」
ダルディンはさらに衝撃を受けた。
「君が、あの亀だったのか、本当にあの亀は君だったのか」
亀、亀と連発されて、ミレイナは愛らしい顔をしかめた。
「もうっ、亀、亀って失礼ね。私は、こう見えても、東海青大亀王の娘、王女なのよ」
亀だと思っていたのが、可愛らしい少女で、その上自分は王女だと名乗られ、想定外のことばかり聞かされたダルディンは、鳴り響く鐘の中に頭を突っ込んだ状態となり、すっかり混乱した。
「王女?王女がどうして、ウマシンタ川で甲羅の欠けた亀姿でいたんだ?君は、一体、何をやらかしたんだ?」
ミレイナは、すっかり腹を立ててむくれていた。ただ、ダルディンの言いようには悪意がないので、事情を説明することにした。




