6 ミレイナ王女 (3)
「こら、口を離せ」ダルディンが声をあげ、亀の甲羅を掴もうとした。
リーユエンはその手を押さえて止めた。
「私が怖がらせたから、噛み付かれたんです」と言うと、亀へ顔を近づけ、
「ごめんね、生きているかどうか気になって、言っただけだから、絶対食べたりなんかしないから、安心して」と、優しく話しかけた。
亀は目をギロッと動かし、リーユエンを睨みつけた。
リーユエンは痛いのを我慢し笑みを浮かべた。
「本当よ、見て、見て、私の隣にいるこのお方は、あなたの親戚みたいなものだから、このお方に聞いてご覧なさい」
リーユエンは、ダルディンを見上げて、笑みを深めた。
ダルディンは眉を寄せ、「私は玄武で、亀じゃない。親戚呼ばわりするのはやめてくれ」と、不服そうだった。
ところが、玄武と聞いた途端、亀は、彼女の指から口を離し、ダルディンをジイーッと見上げた。
「あらっ、この仔、大公殿下に興味があるみたいですよ。亀さん、この方は乾陽大公殿下だよ、格好いいでしょう。あなたが玄武の娘さんなら、この方のお嫁さんになってくれないかしら」
リーユエンのはちゃめちゃな発言に、ダルディンはドン引きした。
「何を言っている、この仔は亀じゃないかっ、それに雄かもしれないのに、変なことを言うのはやめなさい」
さっき噛まれたばかりなのに、リーユエンは亀を掌に乗せ、甲羅を撫で付けた。
「この仔はお嬢さんだわ。間違いありません、だって、前足、後ろ足の爪が短いから、男の子なら爪はもっと長いはずだもの」
そう話しながら、リーユエンは初めて会った頃、猊下の指は長い爪が生えていて、いつもその爪で傷つけないよう気をつけながら、自分の頭を優しく撫でてくれたことを思い出した。
今は、その猊下から、何の反応も返ってこない、やはり自分は見捨てられた気がして、突然悲しくなった。
リーユエンが突然黙り込んだので、ダルディンは視線を亀から彼女へ移した。けれど、その時には、もうリーユエンはうつむいていたので、どうして黙り込んだのかよくわからなかった。
ダルディンの視線に気がついたリーユエンは、顔をあげ、彼へ微笑んだ。
「この仔の甲羅は、青い地色が少し透けていて、そこに緑が流水紋様のように入って、宝石みたいで綺麗だわ。こんな甲羅の亀は、ウマシンタ川の流域では見たことがないわ。一体どこから来たのかしらねえ」
そう言いながら、観察し続けていたところへ、ヨークが大きな虎口魚を背中に担いで、川から上がってきた。
「ヨーク、大きな虎口魚を捕まえたのね、お疲れ様」」
リーユエンは、そう言うと立ち上がり、亀を掌に乗せたまま、ヨークへ近寄った。
虎口魚の別名は、ウマシンタ川の妖怪魚。流域住民は、食用にしているものの、口の中は鋭い三角錐型の歯がびっしり生え、体表は黒に銀の縞模様、鎧のような硬い鱗で覆われた虎口魚は、獰猛な魚だった。
その魚は、腹開きの串刺しで、焚き火のそばで焼かれていた。
魚が焼けるのを待つ間、リーユエンは拾った亀をさらにじっくり調べた。
亀の甲羅は八寸ほどで、右前脚の付け根近くが、大きく割れて欠けていた。リーユエンはとりあえず、その傷口へ化膿止めの塗り薬をつけた。
「随分ひどい怪我だ。水には当分浸からない方がいいね、一体、何にやられたんだろう。欠けた甲羅って再生できるのかな?」
亀は、傷の手当てをしている事を理解しているのか、リーユエンを見上げて、じっと動かなかった。
焚き火の光にその目が反射し、碧がかった青に見えて、とても綺麗だった。
リーユエンも亀を見つめながら、話しかけた。
「もし、あなたが人形を取れたなら、きっと美しいお姫さまでしょうね」それから、急に思いついた。
「そうだ、再生するまで待つ必要ないわ。私の手甲の一部を使って錬成して、甲羅を継いでしまえばいいんだ」
それを耳聡いダルディンが聞きつけリーユエンのそばへ来た。
「体調が悪いのに、錬成するのはやめなさい。体力を消耗して、具合がますます悪くなるぞ」
ダルディンに止められても、リーユエンはすっかりやる気になっていた。
「ほんの少し、甲羅を継ぐだけだですから、大丈夫です。それに早く欠けたところを治してあげないと、せっかくの綺麗な甲羅が変形してしまいます。それに、天敵にも狙われやすくて危険です」
そう言い終えるや、いきなり手甲を外し、青白い光を指先に灯し、手甲の一部を薄く削ぎ取り、それを甲羅に当ててまた青白い光を手から照射した。
一瞬眩い発光が起こり、甲羅の欠けた部分に黒い手甲の一部がしっかり密着した。
リーユエンは、亀を両手で持ち上げ、上から下から斜めから、じっくり点検した。
「綺麗に継げた。これで、水の中に潜っても大丈夫。甲羅が再生したら、自然と外れるように錬成したから」と、亀へ話し欠けた。
亀は頭を上向けて、リーユエンをじっと見上げた。
亀に見つめられたリーユエンは、亀に尋ねた。
「どうしたの?もう、川へ帰っても大丈夫だよ」
亀はゆるゆると首を振った。
「川へ戻りたくないのかな?」
今度は、何度も頷いた。
ダルディンも亀の様子を見て驚いた。
「この亀は人語がわかるみたいだ。まさか、玄武の子供なんてことはないよな」
一瞬、そうかもしれないと思いかけたが、玄武の姿とはほど遠い、ただの弱々しい小亀にしか見えなかった。
一方、亀は目を細め、不機嫌な表情へ変わった。ダルディンは、亀が見せて反応に狼狽えた。
「エッ、俺の言葉に反応した?この不機嫌な顔、大伯母上が拗ねた時の顔にそっくりだ」




