6 ミレイナ王女 (2)
「違う、違うっ、この方は伯父上の妻だぞ、手を出したりするものか」
強く否定しながらも、激しい動揺を抑えきれない。実際には、もう関係を持ってしまったのだ、今さら否定しても説得力が無さすぎた。
オマは、ふんっと鼻を大きく鳴らした。
「誤魔化したって無駄、無駄、私の目は節穴じゃないんだよ。
あんたらが、実際はどういう関係だろうと、どうでもいいことだけれど、リーユエンは誰が見たって、今は具合が悪そうにしか見えないよ。隊商を離れて、これ以上具合が悪くなったらどうするつもりだい?」
オマは、リーユエンの真っ青な顔に視線を走らせ、気遣った。
ヨークの手綱を握る手に、自分の手を伸ばし、背後からリーユエンは、
「オマのそばへ行って」と頼んだ。
ヨークは騎獣を操り、ダルディンの隣へつけた。
彼の後ろからリーユエンがオマへ話しかけた。
「オマ、心配してくれてありがとう。
でも、私たちは、ここらは別行動を取る。もっと東の果てまで行くから」
オマは、騎獣の上、ヨークの後ろにいるリーユエンを見上げた。
「あんた、そんな顔色で騎獣に乗りっぱなしで移動なんかしたら、しまいに倒れてしまうよ。止めときなっ」
「オマ、ここでお別れだ。あとは、カリウラの指示に従ってくれ」
リーユエンは明確に言い渡し、「出発だ」と、指示を出した。
ヨークは騎獣の横腹を軽く蹴り、走らせた。
ダルディンもその後へ続いた。
オマは、包みを「受け取って」と叫びながら、ダルディンへ投げつけた。
ダルディンは反射的に包みを受け止めた。
「それ、食べ物だよ。持ってお行き」
顔だけ振り返ったダルディンは「ありがとう」と礼を叫んだ。
小さな豆粒のような姿まで遠ざかった彼らを、オマは見送った。
「まさか、老師が女で、駆け落ちするほど情熱的だったなんて、本当にわからないもんだねえ」
冷静で厳しい表情の老師が、実は、道ならぬ恋に生きる、情熱を秘めた女なのだと、オマの妄想は広がるばかりだった。
三人は北東へ進み、隊商が目指すウマシンタ川のさらに上流を目指した。
数日の間、襲撃に遭遇せず、平穏な旅が続いた。
彼らは、ウマシンタ川の上流へ出た。
険しい崖を降り、蛇紋岩の露出した岩でできた川底を、急流に足を取られないよう、騎獣を慎重に進め、ようやく渡河できた。
対岸に到着した時は、日没が迫り、あたりは薄闇に包まれようとしていた。
ダルディンは、もう今夜は進むのをやめ、野営しようと決めた。
岸から少し高台になった場所で「今夜はここで野営しよう」と二人へ声をかけた。
そして、騎獣から支柱に巻きつけて運んできた天幕を下ろし、組み立てた。
それから枯れ枝を拾い集め、焚き火にした。
ヨークもリーユエンと、騎獣から降りると天幕を設営し、枯れ枝を集めた。
ダルディンは、焚き火が燃えてくると、リーユエンへ
「焚き火へ当たりなさい」と、声をかけた。
リーユエンはフードを目深に被ったまま、焚き火のそばにうずくまった。
その間にヨークは焚き火の周りの立木にハンモックを吊るした。
「ゴホッ、ゴホッ」
蹲るリーユエンが咳き込んだ。
ダルディンとヨークは、視線を交わした。
この数日、リーユエンは咳き込み、胸を抑えることが度々あった。
大型の八卦陣を操り消耗が激しかったとはいえ、法力を流し込んだのだから、もう回復しても良さそうなものなのに、リーユエンの内傷の回復は捗々しくないのが、ダルディンは気掛かりだった。
(まさか、最初の襲撃を受けたとき顔に受けた毒が体に入りこみ、残っているのか?
それにあの咳と胸を抑える様子、俺の父が亡くなる前に見せた様子とそっくりなのが気になる)
二百年余前、ダルディンの父は病に倒れた。
法力による治療でも回復せず、医師も原因を突き止めることができなかった。
数ヶ月の間、咳と胸痛が続き、やがて深刻な内傷が生じ、体内がボロボロになり血を吐いて死んでしまった。
リーユエンの様子が、その時の父の様子と重なって見えてならない。
嫌な予感がしてならなかった。
(リーユエンの咳や胸の不快感が、もし毒によるものなら、父上も毒殺されたということなのか?)
ダルディンは瞑目し、膨れ上がる疑念を振り払った。
今はそんな疑念に囚われている場合ではなかった。リーユエンを回復させる方法を考えるのが、優先だった。
突然、リーユエンが立ち上がり、川岸へ降りて行った。
ダルディンは、「リーユエン、どうした?」と声をかけたが、彼女は無言だった。
様子を見ていると、石ころだらけの川岸で、下を向いて何かを探し始めて、しばらくウロウロ歩き回り、最後に身をかがめ、何かを拾い上げた。
ダルディンも気になり、岸へ降りていった。
リーユエンへ近寄り、のぞきこむと、彼女は、人の顔くらいの大きさの平たい石のようなものを抱え込んでいた。
薄闇の中、ダルディンはリーユエンへ声をかけた。
「それは、何だ?」
リーユエンは、自分が拾い上げたものをじっと見つめ
「亀だと思う」と言い、それから「あれ?この亀、甲羅が欠けている」と続けた。
「亀なのか?」
ダルディンも覗き込んだ。確かに、それは亀の甲羅だった。
「確かに亀の甲羅に見えるな。
それより、早く戻って焚き火に当たりなさい。夜は冷え込むから、体を冷やすと咳が出て苦しいだろう」
ダルディンはリーユエンへ戻るよう促した。
彼女は、素直に頷き、亀の甲羅を持ったまま、焚き火に当たりに行った。
リーユエンが焚き火のそばで落ち着くと、ダルディンはその隣に腰掛け、甲羅をのぞき込んだ。
「石ころだらけの岸で、よくそんな小さな甲羅を見つけたな」
リーユエンは甲羅を撫で付けながら言った。
「キュー、キューと、鳴き声が聞こえたのです」
「エッ、生きているのか?」
死んだ後の甲羅だとばかり思っていたダルディンは、もう一度甲羅をじっくり観察した。
頭を出し入れする場所をよく見ると、引っ込めた頭の先が見えた。
「冬眠でもしているのか?」
リーユエンは頭を横へ振った。
「さっきまで鳴いていたんです。冬眠ではありませんよ。きっと怖がって出てこないだけですよ」
自分の膝の上に甲羅を乗せると、不気味なうすら笑いを浮かべた。
「亀さーん、出てこない気なの?出こないのなら、このまま焚き火にくべて、丸焼きにして食べちゃおうかしら」と、言い出した。
ダルディンは背筋がゾッとした。まるで、自分の甲羅を焼かれるような気がした。
思わず、リーユエンから身を遠ざけてた。
「きゃっ、痛っ」
リーユエンが短い悲鳴をあげた。
彼女の右手の人差し指に、首を思い切り伸ばした亀が噛み付いていた。




