6 ミレイナ王女 (1)
ダルディンは、天幕から顔をのぞかせたリーユエンへ駆け寄った。
「あれだけ法力を流したのに、どうしてそんな酷い有様なのだ・・・」
リーユエンの顔を見るなり、彼は強い衝撃を受けた。
顔色はさらに青ざめ、目の下には隈が黒々と現れていたのだ。
さらに法力を流し込もうするダルディンを、リーユエンは押し留めた。
「殿下、法力を使うのはおやめください。
八大公家のうちの何者かが、殿下と私を標的に襲ってきたのです。
あなたの法力が弱ったら、相手の思う壺です。どうか、法力を消耗しないでください」
「だが、そんなに弱っているのに、何もしないわけにはいかない」
「殿下はまだ五百齢にすぎません。千齢に達しない幼玄武の殿下では、法力の量など知れています。
殿下は、凡人で言えば、転身できない幼子も同然です。法力を無闇に使うことはおやめになってください」
ダルディンの背後からのぞき込むカリウラへ、リーユエンは視線を移した。
「大公殿下と私は、今からすぐ、隊商を離れる。
私たちが離れたら、狐狸国の国旗を立てて、隊商を進めろ。私たちが離れてしまえば、相手も、狐狸国の旗を立てる隊商を、わざわざ襲ったりはしないだろう」
カリウラは不安だった。
「旗を立てたくらいで、襲って来なくなるのか?」
「蟲術を使って襲撃をかけてくるから、盗賊の類ではない。おそらく、大公家のいずれかの裏工作部隊の仕業だろう。
狐狸国の隊商に手を出して、狐狸国を怒らせたら、玄武国へ物資が入ってこなくなる。そんな危険を犯したりはしないだろう」
リーユエンの説明を聞いたダルディンは驚いた。
「えっ、では、さっきの毒蛾の襲来も偶然ではなかったのか」
「偶然なわけないでしょう。
最初の大虻の襲来の前には、大虻の標的となるよう、腐肉を矢で飛ばしてきた。
そして、さきほどの毒蛾は、北嶺山中にしかいない種類です。どちらも蟲術です」
それから、リーユエンはヨークを呼んだ。
「ヨーク、出てきて」
すると、天幕の影から人影が立ち上がり、ヨークが現れた。
「ヨーク、私を騎獣に乗せて、隊商から離れてちょうだい」
ヨークは、乾陽大公の方をチラッと見た。
その視線の意味を察したリーユエンはさらに続けた。
「殿下は、私と一緒に来ていただきます。
ただし、相乗りしてしまうと、また法力を流し込もうとなさるかも知れないから、別の騎獣でついて来ていただきます」
ダルディンは、リーユエンの言葉が悲しかった。
彼女の身を守り、玄武国へ無事に連れて帰ることこそが、己の使命と心得ていた。それなのに、彼女は、ヨークを頼りにし、自分を遠ざけようとしているのだ。
狐狸国では、あれほど情に潤んだ目で自分を見つめてくれたのに、今は、見知らぬ他人を見るよ冷淡な眼差しだった。ダルディンはつい感情的になってしまい思わずきつい口調になった。
「どうして、自分の体をもっと労わらないのだっ、無茶ばかりしていたら、動けなくなってしまうぞ」
声が大きくなってしまった。
リーユエンは、ビクッと彼を見上げた。
その目は篝火の明かりが反射して、濡れているように見えた。ダルディンは、言いすぎたと思い後悔した。
リーユエンは、心をかき乱されたけれど、自分まで感情的になってはならないと、強く抑制し、冷静な口調を保った。
「殿下、あなたは、乾家の当主でいらっしゃるのですから、そのように感情的にならずに、冷静にお考えになってください。
あなたの法力が尽きてしまったら、私たちを狙って襲ってくる者たちと、どうやって対抗するのです?
私一人で八卦陣を操り、攻撃を防ぎ続けることなど出来はしないのです。
それに、先ほどまでの攻撃は、まだ本気ではないと思います。私たちの実力を調べていただけで、必ず本気になって激しい攻撃があるはずです。
その時に、あなたの法力が尽きて、私一人の力で対処しきれなくなれば、私たちはどうなってしまうのです?
お願いですから、冷静にご判断ください」
そこまで言うと、咳き込んでしばらく言葉が途絶えた。
「大公家の長老たちは、謀に長けた老玄武揃いです。
一度狙われたら、逃れることは容易ではありません。
殿下の身に万が一のことがあれば、閉関中の猊下は、身動きが取れなくなってしまいます」と、懇々と諭した。
ダルディンの体から激情が去った。
リーユエンの言う通りだった。玄武大公家を相手にする以上、慎重に行動しなければならない。
法力が枯渇すれば、それこそ相手の思う壺なのだ。
「分かった、私が悪かった」
ダルディは、リーユエンへ素直に謝ると
「騎獣を連れてくるよ」と言い、リーユエンへ触れることなく立ち去った。
騎獣にヨークと相乗りしたリーユエンが、まさに出発しようとしたところへ、オマが駆けつけた。
「リーユエン、あんた、そんな顔色でどこへ行くつもりなんだい?」
オマはその巨体で、騎獣の前に立ち塞がった。
ヨークの後から、騎獣に乗ったダルディンが現れ、オマへ話しかけた。
「我々は、急用ができて隊商を離れる。世話になった」
淡々と簡潔に別れを告げるダルディンを、オマは疑わしげに睨んだ。
「あんた、まさか、リーユエンを攫って駆け落ちする気かい?」
ダルディンは想定外の言葉を聞いて思わず叫んだ。
「はあ?駆け落ちだとっ」
オマは、フンッと鼻を鳴らした。
「私はね、これでも一回は夫婦になったことがあるんだよ。
男女の仲なんて、一目見ればすぐわかるんだよ。
あんた、その女の旦那の目を盗んで、逃げるつもりなんだろう」




