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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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5 震家の襲撃(2)

「ヒューッ」

 上空で空気を切り裂き、矢の飛ぶ音が次々に響いた。


 カリウラは、背中に担いだ青龍刀を抜き放ち、「用心しろっ、矢が飛んでくるぞ」と、怒鳴った。


 矢は、荷馬車の幌や、車輪に当たったが、突き刺さることなく地面へ落ちた。


 カリウラも、他の者たちも的を外すばかりの下手さ加減に呆れ、「下手くそな奴だな」と、笑い出す者さえいた。が、笑った瞬間、鼻をつく腐臭に、驚き激しく咳き込んだ。


 腐臭に気がついたカリウラは、騎獣に乗ったまま、落ちた矢へ近寄った。荷車の幌に当たって、下へ落ちた矢の鏃には、肉片が刺さっていた。これでは、幌を貫通できるはずがない。その上、肉片からは強烈な腐臭が漂っていた。


「何だ、これは・・・どうして腐った肉片を突き刺してあるんだ?」

 カリウラは首を傾げた。

 

 一方、レムジンは、矢によって隊商全体が、腐臭に包まれた頃合いで、谷底へ隠れて待機する手下へ、大虻を放つよう、発火筒を打ち上げ、合図した。


 岩場の壁に潜む配下が、背嚢を開け、一万匹の大虻を一斉に放った。


「ブーンッ」

 

 はっとしてカリウラは空を見上げた。


 低く唸りを上げる羽音が響き、黒い雲の塊が 隊商目掛けて飛んできた。


 羽音を耳にするなり、荷馬車を牽引する蒼馬が「大虻だあっ、助けて〜」と絶叫し、転身したまま後足を狂ったように蹴り上げ暴れ出した。


 カリウラは、目玉を剥き、怒鳴り上げて命令した。

「蒼馬を引き具から外して自由にしろっ、荷車を横転させるな」


 数人係で蒼馬を押さえつけ、引き具を外すが、間に合わず横転した荷車は、幌が壊れ、穀物入りの袋が外へ転がり落ちた。

 

 最後尾にいたリーユエンが、異変に気づき騎獣を駆り、一気にカリウラの元へ来た。

「どうしたっ」


「大虻の大軍だ。腐肉のついた矢が飛んできて、そのあと飛んで来た。蒼馬が暴れている」


リーユエンは上空を見上げた。


 耳障りな羽音を立てて降下する大虻が、皮膚を食い破ろうと襲いかかってきた。


 リーユエンは、(ルン)を意識し、体内の中央経絡を通過させ、内と外を循環させ加速し、渦を作ると、体内の核から陰気と陽気の融合からできる力を加え、隊商全体を覆い尽くす巨大な八卦陣、離と震の陣を現出させた。

 それは『(フゥオ)(レイ)()(クァ)』、火精を召喚し、噛み尽くす、強力な攻撃陣。


 陣の中から、握り拳大の赤い火焔、火精が次々に現れた。


「火精よ、噬嗑せよ、大虻を残らず咬み殺し、炎で滅せよ」

 命令を受けた火精は、大虻に次々に襲いかかり、炎の顎門で食いつき、一匹残らず全て焼き殺した。

 

 崖の上でレムジンは、隊商中へ放ち大混乱に陥れた大虻が、火精によって呆気なく焼き尽くされる様を見て、信じられない思いで首をふった。

(馬鹿な・・・一瞬で大虻が、一万匹も集めたのに、焼き尽くすなんて・・・一万匹集めて育て上げ、ここまで仕込むのに、どれだけ手間暇かかったと思ってるんだ、クソゥっ)

 

 もちろん、震家にも家付魔導士はいるのだが、それを戦力として使うと、法力の痕跡で、どこの家の魔導士か気づかれる恐れがあった。震家の仕業と気づかれないようにするために、裏工作部隊は蟲術を使うのだ。

 けれど、蟲術は、実際に虫を用意したり、それを訓練したり、術を使う前段階の準備がとてつもなく手間や費用がかかるのだ。

 

 八卦陣で、蟲を一瞬で焼き尽くされて、レムジンのやる気はダダ下がりした。

 しかし、レムジンは、祖父大公の薫陶を受けて裏工作部隊の頭領にまで上りつめた玄武だけに、これで引き下がる男ではない。彼は、次の攻撃の機会を見極めようと、隊商を監視し続けた。


 もうこれ以上大虻が飛んでこないと見てとったカリウラは、ハオズィ、ミンズィやヨークと手分けし、荷運び人足を指図し、逃げ出した蒼馬を連れ戻し、転身させて荷車へ繋ぎ直し、横転した荷車を引き起こさせた。


 それからこぼれ落ちた荷物も拾い集め、詰み直させたが、外袋とはいえ、腐肉が袋に触れてしまった穀物は、隊商の食料として、早々に使い切るしかなかった。


 その間に、カリウラは、落石現場を調べた。

 リーユエンも一緒に行き、積み重なった岩の上へ、八卦陣、『坎坤』を展開させた。


 山を表象する坎陣が岩山へ凄まじい重量をかけ、穴を表象する坤陣が地面を陥没させ、岩は地面に飲み込まれ、再び通過可能な状態へ戻った。そのような整理が一段落つくと、隊商の列は再び進み始めた。

 

 レムジンたちは、崖の上から隊商を追跡した。


 絶壁に近い崖の上はテーブル状の台地だが、長年浸食が進み、深い亀裂が走り、地底が見えないほど深い裂け目が無数にあった。落ちてしまえば命がない。けれど彼らは、厳しい訓練を経てきた玄武なので、広い裂け目でも軽々と飛び越え、移動した。

 

 レムジンの狙っていた通り、隊商は峡谷の次の隘路に差し掛かった。

 

やがて、縦列状態の細く伸び切った列が、峡谷内部の隘路の中に完全に収まった。


「よし、最前列と最後列へ、岩石を落とせ、閉じ込めて移動できなくしろ」

 

 あらかじめ、風化した黒い岩石を集め、麻縄で簡易に落下止めして溜めてある。

 レムジンの合図で、手下が麻縄を青龍刀で一気に切断した。

 風化した岩石か、黒い土煙をあげながら、隘路へ一気に落下した。

 

 リーユエンは、隘路へ入る直前、ここで攻撃を受けたら、身動きが取れなくなると思った。

 先ほどの大虻の攻撃は意図的なものだったから、相手がまだ諦めていないのなら、ここは狙ってくるだろうと、容易に予想できた。それで、八卦陣乾と坤から『地天泰』の陣を隊商全体に展開した。


 『乾』は天を表象し、『坤』は大地を表象する、天と地が分かち難く結びつき、何ものであろうとも侵入突破を許さない強力な障壁が、隊商全体を覆い尽くし、猛スピードで落下する岩石をことごとく跳ね飛ばした。

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