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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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5 震家の襲撃(1)

(震陽大公ソドレムの独白) 

 去年の夏の終わり、離宮で茶会が開かれた。


 あのウラナが、珍しくも自ら玄武八大公全家へ、招待状を渡しに訪れた。

 わしも、ウラナがわざわざ来たので、つい好奇心で離宮へ出かけてしまった。


 先の明妃が儚くなってから、すでに八百年近くが過ぎようというのに、手入れの行き届いた離宮は、驚くほど変わりがなかった。ただ、中庭の前栽は、大輪の花が咲き乱れる庭を好んだ前の明妃よりも、かなり地味な印象を持った。


 それにドルチェンの奴め、北嶺の地中深くにある温泉脈を、離宮にまで引き込みおった。一体あいつの法力はどうなっているのだ?

 

 さらに驚いたことに、昨年までは己の人形すらまともに保てない状態であったのに、今や、すっかり人形を取り戻し、先代猊下を凌ぐ威厳すら漂わせているではないか。

(ドルチェンの母が、公式の記録とは異なり、先代猊下の、非嫡の実子であるというのは、わしが掴んだ機密中の機密なのだが・・・)

 

 温泉の流れる暖かい小川が、中庭の中央あたりで蛇行し回遊し、それが池となっていた。

 随分凝った造りへ変えたものだと思ってさらに進んだら、池の辺りに東屋が見えてきた。

 そこに、ドルチェンと並んで腰掛けたあの女を見た時、わしは珍しく、眸が縦長へ変わるのをはっきりと感じた。


 最初は、大きな紫蝶なのかと思った。

 しかし、もう一度よく見るとそれは凡人だった。

 凡人の中にあってさえ際立つ、嫋嫋として、陰気に満ちた、水面に映った月影だけを取り出し、凝縮して作り上げたような女だった。


 陰玄武には、あのような気配のものは絶対にいない。

 目の前の人を見ているようで、遠くを見ているようも見える不思議な視線、宝石のように眩いほどに煌めく紫眸のせいだろう。


 わしは、珍しくも体が熱を持つのを感じた。このような感覚は、一体いつ以来だろうか?

 一千年、いや、二千年?もう、思い出せないほど過去のことだ。わしは、その時、この女を手にいれ、手元でじっくり味わってみたいと思ったのだ。




 襲撃の翌日、隊商は蒼馬国を出た。

 その二日後には、マリード国へ入り、その五日後にはコーサラ国、その十日後には、バイジャン大公国と順調に旅を続けた。


 さらにその二十日後、中央大平原を横断し、彼らは、東荒との境をなす広大な無人の荒野へ至った。

 軽石や、風化しひび割れた黒い溶岩石が転がる大地を、蒼馬が牽引する幌付きに馬車が大きな岩を避けて、ノロノロと進んだ。

 

 この頃には、リーユエンの顔から腫れはすっかり引いていたが、まだ化膿止めの薬を塗り、包帯を巻いていた。


 その姿を、隊商が通る谷間の崖の上から、震家裏工作部隊の頭領、レムジンが監視していた。

「あの黒いフード付き外套姿が、明妃か・・・さて、どうやって生捕ろうか」


 レムジンが頭領を務める震家裏工作部隊は、玄武国政府高官を罠に嵌め失脚させたこともあれば、要人暗殺を実行したこともある。

 魔道士学院には、常に間者を何人か忍びこませているし、離宮にも数名潜入させていた。

 さらに国外の、西の台地の大国、金杖王国や、中央大平原の諸国家、狐狸国や蒼馬国や、他諸々の国にも常に間者を潜ませていた。

 

 震陽大公は、外面は好々爺然としているが、実際は、巽陰大公に次ぐ長老格でありながら、未だに権力志向は強烈だし、乾家の神気豊かな渓谷を奪い取り、震家領地とするために、狙い続けていた。


 そんな大公が、七百年余り前、先代の法座主が崩御した際、なぜ自ら法座主に就こうとはしないで、ドルチェンを指名したのか、レムジンだけでなく、震家の者は、皆、ずっと不思議に思っていた。

 法座主に就いていれば、絶大な権力を手にいれ、このような裏工作部隊が暗躍する余地などなかったのではないかと、レムジンは考えるのだ。

 

 レムジンは雑念を振り払い、任務へ意識を戻し、背後に控える六人の部下へ確認した。

「大(あぶ)は、何匹用意できた?」

 

 部下たちは大虻を閉じ込めた容器が何個も入った背嚢を背負ったまま答えた。

「およそ一万匹です」


「よし、よく集めてきた」

 一応部下を労い、レムジンは振り返り、部下たちと対峙した。


「標的がしばらく進んだら、谷の一番狭い場所へ入る。そこを待ち受けて、上から岩を落として、隊商を停止させろ。それから、隊商へ矢を射こむのだ。鏃には肉片をつけて、三十本、隊商全体へ散らばるように射ろ。人は狙わなくて良い、それが終わったら、隊商の近くで大虻を放すのだ」

 

 彼らが放すのは、肉食性の大虻だった。しかも毒があり、強力な顎で噛みつかれると、腫れ上がり、高熱が出て何日も寝込んでしまう。蒼馬族は、特に、この大虻を嫌っていて、羽音を聞いただけで恐慌状態になる。


 中央大平原から荒地を通り、隊商は岩山の中の狭隘な谷道を通過中だった。隊商の最前列を警戒しながら進んでいたカリウラは、突然、前方の崖の上から巨石が雪崩れ落ちてくるのをみて、

「危ない、皆、停止しろ、停止だ、停止だ」と、自身の騎獣の手綱を引き絞り、絶叫した。

 

 巨石は土埃を巻き上げながら、崖を転がり落ち、道を塞いでしまった。


 東荒へ抜ける経路は何本かあるが、この経路こそ、危険な生き物の少ない最も安全な経路なのだ。

 

 カリウラは、顰めっ面になり、凶悪さをさらに増した。

「おい、二、三人、俺に付いて来てくれ。あの岩を退けられるか調べにいく」

 今から、経路を変更するなら、荒地へ引き返さなければならない。

 遠回りになり、時間が余計にかかる。できれば、このまま通り抜けたかった。

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