4 玄武枢密院(4)
「かしこまりました。お祖父様のご意向に沿うように努力いたします」
けれど、そう応えながらもレムジンは、気にかかることがあった。
「捕らえて連れて戻ってくるにしても、瑜伽業をさせるには明妃へ復位させる必要がありますね。復位させることは可能なのですか?
離陰大公は、大層お怒りだと聞いておりますが・・・」
自分が苦労して捕らえて連れ戻ったとしても、明妃位に復位できなければ、ただ震家の奴婢が増えるだけ、祖父大公の玩具が増えたところで、裏工作部隊を率いる頭領としての、自分の功績にはならないのだ。
けれど、震陽大公は、レムジンの気掛かりを払底した。
「わしに服従させた後、南荒での不始末とやらについて、もう一度問い質すのだ」
「何を問い質すのですか?」
震陽大公は、新しいお茶を淹れてから、また話を再開した。
「明妃位返上文書、あの内容は真実とはほど遠いものだ。
わしが、ある者の体内で育てている遠見虫からの情報と、内容が全く食い違っておる」
レムジンにも、お代わりのお茶を出してやると、さらに続けた。
「あの文書を公表してしまったのは、下策も下策、最低の策だ。
ドルーアの馬鹿には、全く大局観が無さすぎる」
祖父大公が、なぜ文書の公表をそのように下策だと貶すのか、全く理解できないレムジンは恐る恐る尋ねた。
「それは、一体どういう事でしょうか。どうか、ご教示ください」
レムジン自身は、あの文書の内容なら、手に入れたなら公に暴露してしまうのは当然だと思っていた。
それを祖父は下策と言うので、権謀術数に長ける祖父大公は、一体どういう読みをして下策と断じたのか、是非知りたいところだった。
「おまえですら、下策であると言うことがわからないのだな。情けない」
震陽大公は、ため息をついた。
「あの文書は、恐らく、あの婢女が勝手に真相を捻じ曲げて作成したものに違いあるまい。
その理由は、ヨーダム太師を守り抜くためだ」
突然、予想外の大物魔導士の名が出てきたので、レムジンは驚愕した。
「エエッ、どうして、奴婢が太師を守るのですか?」
「神聖大鳳凰教における新教皇就任式で、魔獣付きが魔獣化し、死傷者が何人も出る騒ぎがあった。
それを、明妃が、魔獣付きの尼魔導士を一太刀で仕留め、事なきを得たのだ。
死傷者までいる中で、新教皇は就任式を強行しようとしたが、明妃は、新教皇の教皇冠を太刀で真っ二つに両断し、その行為を諌めた。
ところが、太師はその場にいながら、ほとんど何の対策もとらなかった。それが真相だ。
そして、太師が無策であった原因は、恐らく、その魔獣付きの尼魔導士と、以前特別な関係にあったためだ。
それならば、太師が帰国次第糾弾し、糺の陣へ入れてしまえば、たとえ魔導士界最高峰の太師といえども、己の非を認めざるを得ないはずだった。何しろ、魔道士五ヶ条の誓いには、『私情に負けることなかれ』とあるのだからな」
今度こそ理解できたレムジンは大きく頷いた。
「確かに、仰せの通りです。太師を失脚させる絶好の機会を失ったというわけだ」
震陽大公は茶請けの干し杏りんごを齧り終えると、また続けた。
「あの婢女は、実によく知恵が回る。
師匠である太師が危ういといち早く察知するや、先手を打ち、全ての責めを自ら被ったのだ。
というのも、あの婢女ンは、ヨーダム太師の秘蔵っ子だと言われる、優秀な魔道士なのだ。
しかし、明妃ゆえ、ドルチェンが魔道士登録を許さなかった。
糺の陣へ立たせることができるのは、登録した魔道士だけだ。あの婢女は糺の陣へ立たせることはできない。したがって、あ奴が責めを負えば、誰も真相に辿り着けないと言うわけだ。であるから、あの文書を公表し、結果として、あの内容を事実として確定させてしまったのは、下策だと言うのだ」
レムジンは、謀略に関しては、やはりまだまだ祖父大公の足元にも及ばないと感服した。
震陽大公は、二個目の干し杏りんごを齧ると言った。
「だが、わしへ服従させてしまえば、明妃自身の口から、あの事件の真相を証言させることができよう。そうすれば、太師を糺の陣へ立たせることができる。
太師は、魔導士としての力は強大だが、人が良すぎるゆえ、私情に負けたと潔く認めてしまうだろう。そうすれば、太師から魔力を取り上げ、ドルチェンを支える一翼をもぎ取ることができる」
レムジンは、祖父大公の読みの鋭さにますます恐れ入った。
「お祖父様の仰せの通りです。その計略が成就するよう、必ず婢女を捕らえて震家は連れて戻ってまいります」
震陽大公は、俄然やる気になったレムジンへ、満足そうな視線を向けた。
「乾陽大公は、どこまで痛めつけても構わないが、必ず生捕りにせよ。
あれは、人質として、ドルチェンと巽陰大公カーリヤを従わせるための手駒とするのだ」
それから、もう一つ付け加えた。
「ドルーアの解毒薬が本物かどうかを、必ず確認しろ。あの女は、性格が拗けている。
明妃を害そうとして、偽薬をよこすかもしれない。
あの女には、もし偽薬をよこせば、おまえを明妃にして、内傷を起こして息絶えるまで瑜伽業を務めさせるぞ、と脅しつけ、必ず本物の解毒薬を手に入れろ、そして、その本物を、必ずあの婢女へ飲ませろ」と、命じた。
下命を受けたレムジンが退出した静かな書斎で、ソドレムは、一人うっとりと、去年の茶会で見た明妃の姿を思い出した。




