4 玄武枢密院(3)
玄武枢密院会議を終えた震陽大公ソドレムは、震家の下僕が担ぎ上げる輿に乗り込み、屋敷へ戻った。
八大公は、領地と都内それぞれに家屋敷を所有しており、震家の都屋敷は、上層から中層へ降りる大通りの坂道から脇道へ入った、とある一画にあった。
そこは北嶺の山腹に沿うように建つ、プドラン宮殿の巨大な外壁に通じる横穴の一つ、その入り口の前に位置する土地で、震家の者は、必要な時は、プドラン宮殿の外壁から、直接屋敷へ入って来られる造りとなっていた。
今日も激しい吹雪の中、使役獣に乗った大公の孫の一人、レムジンが雪で真っ白な姿で、屋敷の敷地内に降り立った。彼は、祖父大公に呼びつけられたのだ。
人払いした書斎で、孫レムジンを大公は迎えた。
レムジンも、大公と同じ表情の読めない、糸尻眼で、祖父よりさらに無表情だった。
「お呼びでしょうか?」
「うむ、吹雪の中、よく来てくれた。ちと、頼みたいことがある」
震陽大公は自らお茶を淹れ、孫の方へ茶碗を押しやった。
「今日、玄武枢密院会議が開かれ、明妃を保護することが決まった。おまえは、工作部隊を率い、あの婢女を捕らえて、震家は運んでくるのだ。決して他家の者に先を越されるなよ。それからー」
と、言いながら、大きな書き物机の隠し引き出しへ、開錠呪文を唱え、中から、右手で、黒い漆塗りの小箱を取り出した。
それが書き物机の上に置かれた瞬間、レムジンは禍々しい気配が漂うのを感じ、小箱を凝視した。
「それは、何ですか?」
孫の問いに、震陽大公は目を細めた。
「おまえには、この禍々しさがわかるのだな。さすがだ」
震陽大公の直系ではあるものの、父親が庶子であるレムジンは、震家における序列は低い。
けれど彼の法力は、孫世代の中では抜きん出ており、震陽大公からは、百齢を経て、人形となって現れたときから目をかけられてきた。
そして、その後、震陽大公が命じる様々な裏工作で実績を上げて出世し、今や、震家裏工作部隊の頭領であった。法力に優れた彼には、箱の中身が透視できた。指輪のようなものが見えるのだが、そこから黒い邪気が立ち昇っていた。
「暗器ですか?」
尋ねるレムジンへ、震陽大公は、箱を開け中身を見せた。
「おまえは、白玄武の話を聞いたことがあるか?」
祖父大公の問いに彼は頷いた。
「西荒の極光山の麓に国を構えた玄武の一族ですよね。千年ほど前に滅ぼされたと聞いておりますが・・・」
「そうだ、その白玄武だ。これは、白玄武が、大牙の者を支配していた頃、奴らを服従させるために使用した刻印と同じ製法で作った、震家の刻印だ」
レムジンの顔から血の気が引いた。
「刻印を入れた法器を使うことも、いや、作ることすら、今は禁術でしょう。そんなものは、所有しているだけで厳罰の対象ではありませんか?」
震陽大公は、その刻印入りの指輪を取り上げ、手のひらで弄びながら、鼻を鳴らした。
「ふんっ、禁術にしてしまうとは、実に愚かだ。そんな事を言う奴は無視しておけば良い」
そして、祖父大公は、レムジンの顔を正面から見据えた。
「リーユエンを捕らえ次第、おまえは、この刻印を、ドルチェンの焼き付けた刻印の上から焼き付けるのだ。そうすれば、主替えしたのと同然の効果があり、わしの法力の射程距離に入り次第、法力を送り込み、わしの支配下に置けるようになる。
だが、気をつけてもらわねばならないことがある」と、ここで一旦言葉を切った。
レムジンは、内心では、また規矩に反する工作をやらされるのかと、うんざりしながらも、大公が話を再開するのをおとなしく待った。
「相手が、刻印を受け入れると同意しなければ、これを焼き付けることはできない。
同意があって初めて、この刻印を、その者の肌へ押し当てるだけで焼き付けることができるのだ」
レムジンは、祖父大公の御前であることも忘れ、思わず眉をしかめ、反論までしてしまった。
「しかし、あの婢女の主人は法座主ではありませんか。刻印など受け入れるはずがない」
震陽大公の、顔の下半分は白髯に覆われ口元の表情はわからない、大公は、細い目をさらに細め、三日月型にして器用に笑顔を作った。
「乾陽大公の身の安全を保障すること条件にして、受け入れさせろ」
レムジンは、首を傾げた。まだ、納得いかないのだ。
「乾陽大公をですか?そんな条件で、刻印を受け入れますか?」
震陽大公は、お茶をゆっくり飲み干すと、また目元を三日月にして笑った。
「あの婢女は、乾陽大公を守ろうとしている。
ドルーアの襲撃を受けた時も、乾陽大公が毒を浴びないように庇って、自分が負傷したそうだ。存外、あの二人は、もう関係があるのかもしれないな。
乾陽大公の身の安全を保障するのを条件にして、必ず刻印を受け入れさせろ」
レムジンは、細い目を見開いた。青磁色の虹彩をのぞかせた。
「あの婢女は、聞くところでは、凄腕の魔導士で、武術も並みの玄武では敵わないそうです。生捕るにせよ、かなり痛めつけて弱らせる必要があります」
そう言って、祖父大公の反応を伺った。
「痛めつけるのは構わない。何なら、逃げ出さないよう足を折ってしまっても良い。ただ、法力で回復できる程度にしてくれ」
震陽大公は、ここで、陶然として視線を宙へ向けた。
「ドルチェンが、あの婢女を明妃にすると言い出した時は、頭がおかしくなったのかと思ったが、夏の茶会で見かけた姿は別人のように麗しいものだった。奴は、なかなか奴婢を見る目がある。わしもあのような奴婢なら、手元に置いてみたい」
レムジンは、祖父大公の本音を聞かされ、やはり、そんな事を考えていたのかと、呆れ返った。




