4 玄武枢密院(2)
坎陽大公ポロドムは、 震陽大公の発言が、位を返上した明妃に対し、皆が反感を抱くように仕向ける意図的なものだと理解し、この流れに乗ることにした。
「処断を下すとおっしゃるが、猊下は岩戸の奥深くにこもられてしまったのだぞ」
すると、震陽大公は大袈裟に頷いた。
「いかにも、いかにも、坎陽大公のおっしゃる通りだ。
わしは、領地にばかり引きこもっているため、最近の猊下の動向を知らずにいたところ、うちの孫より閉関なさったとの知らせを受け、非常に驚いたのだ。
閉関の理由までは知らないが、ただ、先代猊下も崩御される直前に閉関され、そのまま儚くなってしまわれた。 その事から考えても、気がかりでならぬのじゃ」と、不安そうに語った。
けれど坎陽大公は、その不安げな様子を茶番だと思った。
一方、単純な離陰大公は、すっかり騙されて、震陽大公は本気で不安がっていると思った。
「いつお目覚めになるかもわからない猊下の処断など待ってはおれぬ。
あの奴婢は、ひっ捕えて、さっさと玄武国へ連れ戻すべきだ」と、苛立たしげに言った。
震陽大公は、思惑通りの展開に内心ほくそ笑んだ。
「離陰大公のおっしゃることは尤もだと思う。
身分を返上したとはいえ、リーユエンは、猊下が紋までお入れになった特別な者だ。
襲撃まで受けた以上身の安全を図ってやらねばならんでしょうな」
震陽大公の目論見通り、離陰大公ルーデラは、さらに反感を募らせた。
「ふんっ、身の安全だと?奴婢の分際で、そのような配慮は不要だ。ただ、引っ立てて連れ戻せばよかろう」
そこへ、今まで発言を控えていた坤陰大公アガーナが疑問を口にした。
「乾陽大公は、何故彼女に付き添っているのだ?」
それには、議長である艮陽大公ディリダムが答えた。
「乾陽大公は、猊下の甥ごであるから、リーユエンを警護しているのだろう」
震陽大公は、内心で、良い話題を提供してくれたと、艮陽大公に感謝した。
「議長は、今、警護と言われたのか?あれを警護とは・・・どうなのだろうなあ、
玄武国へ帰ろうとするならわかるが、まるで二人して、手と手を取り合い、逃げるように遠ざかっておるのだぞ。
そう、そう、皆も覚えておるであろう。
去年離宮で開かれた茶会、あの時、乾陽大公は、明妃へ妙に馴れ馴れしい態度をとっていた、彼女の手を握りしめ、なかなか離そうとしなかった」
今度は、乾陽大公ダルディンと何か関係があるかのような、危うい発言で、明妃の印象をさらに貶めようとした。
議長である艮陽大公は、内心では、また、この陰謀好きのジジイが、よからぬ事を企んでいるに違いない、頼むから、私が議長を務めている間くらいおとなしくしていてくれ、厄介ごとに巻き込まれるのは、御免だ、と思った。
ところが陰謀好きの爺いの、発言の裏の意図を、全く読み取ることができない離陰大公ルーデラが、またしても激昂した。
「何というふしだらなっ、伯父の婢女に懸想しおったのかっ」
坤陰大公アガーナは、根も葉もない事をさもあったことのように言い立てる震陽大公と、それの真贋も考えずに明妃と乾陽大公を非難する離陰大公を怒鳴りつけてやりたかった。
しかし巽陰大公から、『震陽大公は油断ならない爺いだから、あなたと私が親しい間柄であることを悟られないよう気をつけなさい』と、忠告を受けていた。
それを思い出し、奥歯を噛み締め、グッとこらえた。
ところが、その表情を見て、単純な離陰大公は誤解した。
「そうよね、あなたも腹が立っていらっしゃるのでしょう。
乾陽大公は、齢三百歳で大公位につき、今だに若干五百齢、千年にも達していない玄武とも呼び難い幼玄武、その若さゆえに、行動が軽率だ。あなただって、そう思うでしょう」
坤陰大公は、本当は反論したかったのだが、そんな事をすれば、自分が持つ反感を震陽大公に気づかれてしまうと思い、ただ曖昧に頷くにとどめた。
震陽大公は、柔和な顔つきを保ったまま、出席者を見回した。
「わしは、リーユエンを保護してやり、玄武国へ連れ戻すべきだと考えている。
それに、明妃位を返上するに至った経緯についても、詳しく聞き質すべきだと思う。
リーユエンは、凡人ではあるが、明妃としては、稀に見る優れた器だ。このまま追放状態にしておくのは、あまりに惜しい。
猊下が、このまま岩戸の奥に引きこもり続けるようなら、明妃へ復位させ、誰か法力の強い陽玄武の相手をさせて、瑜伽業をさせるべきだ」
ついに本音を明らかにした震陽大公に対して、議長である艮陽大公は思わず抗議の声をあげた。
「しかし、あの女は、猊下に仕える身だぞ。他の陽の玄武の相手など、猊下がお許しになるはずがない」
震陽大公は、ここで皆を震撼させる発言をした。
「岩戸を封印し、あの女には、別の主人の紋を刻んでしまえば良いのだ。
わしの法力ならば、あの女を従えることは可能だ。
もちろん、瑜伽業の相手まで震家で独占するつもりはない。
乾家を除く七家で平等になるよう考えればよかろう」
陽の大公たちは、リーユエンが瑜伽業で高品質の太極石を十年分も作り出した事を知っているので、七家で平等にと聞くと、俄然興味を示した。
それに乾家を意図的に外したのも、領地を拡大できる可能性を示唆しているので、陰玄武の方からも反論が出なかった。
その様子を見ながら、兌陰大公ブドゥルヤは、震陽大公め、我らの失敗を見届けてから、動きおって、まったく何と狡猾な・・・と、苦々しく思った。
けれど、ここで抗議の声を上げると、襲撃の件を追求され、懲罰動議にかけられる事を恐れ、沈黙した。
坎陽大公は、ドルーアの勇足のために、坎家まで危うく罪に問われるところだったが、震陽大公の提案ならば、もう兌陰大公とは手を切り、爺いの方へ乗り換えた方が良さそうだ、と判断した。
太極石を自家の玄武によって作り出せるのなら、その方がいいのに決まっているからだ。




