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千年妃(改訂版)  作者: nanoky


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3 噛みつきドルーア(9)

(俺は、何ということをしたのだ・・・伯父上の大切な人を傷つけてしまった)


 茫然自失のダルディンの手から、リーユエンはナイフを引き抜くと、刃先を魔力を通して熱した。

 そして抉ったばかりの箇所へ一気に押し当てた。


 それを見たダルディンは、「やめろ」と叫んだが、手遅れだった。

 肉の焦げる匂いが立ち込めた。ダルディンの瞳は完全に縦に狭まった。


 ナイフを外したリーユエンは、「血止めをしておきます」と、いい、再び薬を塗りつけた。

 リーユエンは立ち上がると、先ほど脱ぎ捨てた魔導士外套を発火させ燃やしてしまった。そして、蹌踉めく足で歩き始めた。

 

 指揮官のドルーアが逃亡したため、他の襲撃者たちも一斉に姿を消した。


 カリウラは荷運び人たちに指示し、風で吹き飛ばされた天幕を回収させ、濡れたまま設営し直させた。 

 

 大混乱はようやく収束し、野営地は落ち着きを取り戻し、静かになった。


 負傷したリーユエンを見つけたオマが、いきなり抱き抱えて、赤天幕へ連れて帰った。


 ダルディンはそれを見送った。リーユエンの指摘通りで、魔導士と戦闘員を何十人も法力で吹き飛ばしたため、法力はかなり減っていた。五百齢でしかない幼玄武の身では、まだまだ法力は弱く、伯父ドルチェンのような無尽蔵とも言える強大さからはほど遠かった。


 一方、オマに抱き抱えられたリーユエンは、「オマ、大丈夫だから降ろしてよ。自分で手当できるから」と、言い降りようとしたが、オマはその怪力でリーユエンを肩の上に乗せたまま言った。

「何を言っているんだい。若い女が、顔に傷なんかつけて、あんたの良人(いいひと)がそれを見てごらん、嘆き悲しむに違いないよ。自分で適当に手当てするなんて、ダメだよ。私がちゃんと痕が残らないように、ハチミツと練った特製の傷薬で湿布してあげるよ」

 

 リーユエンは顔を引き攣らせた。

(まさか、オマに女だってバレたのか?それに良人って何のことだ?)

 それでなくとも、焼けるような痛みで頭がぼうっとなっているのに、リーユエンは、オマの言葉にますます頭がくらくらした。


「カリウラとハオズィから聞いたよ。あんたは、玄武国の良家の殿様の愛人だって、それなのに、顔に傷が入ったら、お屋敷から追い出されてしまうんじゃないのかい?」

 リーユエンを気の毒に思うオマは、もう涙声だった。


(バカ、カリウラ!いつ、そんな事をオマに吹き込んだんだ。それに、ハオズィまで・・・)

 内心では、腹を立てながらも、声だけは落ち着かせた。

「大丈夫だよ。もともと顔に傷があっても気にしない人だったから、今度も気にしないよ」と、言い聞かせて、誤魔化した。

 

 赤天幕へ着くと、オマは厨房担当専用の特製塗り薬を、リーユエンの傷口へ大量に塗り付け、上から包帯を巻きつけた。

「いいかい、三日間、湿布を続けるんだよ。そうすれば、大抵の火傷なら綺麗に治るからね」

 

 そのまま、赤天幕の中に寝床まで用意してくれた。

「あんたは男の子だとばかり思っていたから、今まできつい事を言ってすまなかったよ。これから、なんでも困ったことがあれば、言っておくれ」と、優しい言葉までかけてくれた。

 

 リーユエンは、顔が猛烈に痛みだし、熱を持ってきたので、「ありがとう、オマ」と手短に礼のみ言った。そして、女だとバレるのも悪いことばかりではないな、と思った。

 

 せっかく赤天幕の中に寝床まで用意してもらったが、リーユエンはその日、毒が回っていないか経過を見るため、一晩中起きていた。


(この状態で、明日は騎獣しなければならないなんて、辛すぎるよ)


 痛みと発熱まであって、意識は朦朧としていたが、鎮痛剤を飲んでしまうと、毒が回って異常が出た時に気が付かないので、我慢するしかなかった。


 一方、自分も毒薬を浴びたドルーアは、解毒薬をすぐさま飲み干し、血を吐き出して無事だった。


 けれど、孫娘ドルーアから報告を受けた兌陰大公は、勝手な行動に激怒した。

 普段は、切れ長の目に頬高の端正な顔立ちが、怒りのあまり、眸は糸のように縦長に狭まり、深緑色の虹彩は赤く縁取られ、まなじりは裂けて吊り上がり、薄い唇も耳近くまで裂け、鋭い牙と血のように赤い舌が現れた。


「馬鹿者っ、明妃は生捕りにせよと言うたではないか、それを毒薬を浴びせた上に、解毒もしていないとは・・・」

 

 魔鏡が、兌陰大公の法力の放出に震え、鏡面は大きく歪み、今にも亀裂が走って砕け散りそうだった。


 もし、ドルーアが祖母と直接対面していたら、甲羅は間違いなく、祖母大公の法力で粉砕されていたに違いない。ドルーアは恐ろしさに震えながら、平伏した。


「ご安心ください。私の用いた毒は遅効性です。すぐに死ぬことはありません。直ちに見つけ出し、解毒します」と、訴えた。


 兌陰大公は、孫娘の言葉を信じなかった。

「ふんっ、そんなことを言うが、おまえは、ドルチェンが自分を選ぼうとしないで、穢らわしい魔獣付きの凡人に入れ込んだのが気に食わないのだろう?

 私情を引きずるおまえを使い続けるわけにはいかない。

 私は、これから坎陽大公と作戦を練り直す。おまえは、もう何もせず、狐狸国で宿をとり、待機しさない」と言い、鏡面は暗くなった。


 真っ暗になった魔鏡を、ドルーアはしばらく恨めしげに睨みつけた。


(ドルーアの独白)

 あと、 もう少しで、乾陽大公を仕留めるところであったのに、あの忌々しい売女が邪魔をしたせいで、仕留め損なった。


 あいつのせいで、私はドルチェン様に危うく甲羅を割られるところだったのだ。あれほどお慕い申し上げたドルチェン様は、お姿だけでなく、心の有り様まですっかり変わってしまわれた。


 あの日、初めて兌家へあの方が見えられた時、庭の生垣越しに遠目に私は見たのだ。

 ドルチェン様は長身でスラリとなさって、学僧の青と白の衣まとい、とても清らかなお姿であったのに・・・今では、人形と原身が崩れて融合したような醜いお姿で、その上、あのような魔獣付きの穢れた凡人の女に入れ込んでしまわれた。

 

 ドルチェン猊下は、正気を失ってしまわれたのだ。

 

 許せない・・・絶対許せない。あの女だけは絶対に許せない。

 

 解毒などしてやるものか、乾陽大公を庇ったとき、あいつが毒を浴びたのは間違いない。

 あの毒は、どれほど気をつけて手当しようとも、ごくごく微量が皮膚から吸収されるだけで、後から恐ろしい毒性を発揮するのだ。体の中から内傷が生じて、苦しみ抜いて死ねばいいのだ。

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