3 噛みつきドルーア(7)
三日が過ぎた。
穀物を積んだ荷車が延々と連なる隊商は、東進を続けた。狐狸国を出て、蒼馬国を過ぎた。そして夜を迎え、青々と草の茂る大草原の一画で、野営となった。
数十の天幕が設営され、篝火が燃えて、炎の明かりが夜の闇を揺らした。
最初は賑やかだった野営地も、明日の移動に備え、一人また一人と眠りにつき、夜も更けてくると、不寝番以外は、皆寝静まった。
リーユエンは、野営の時にはいつも用心のため、交易品を積んだ荷車を中心に、侵入者を察知する警戒陣を蜘蛛の巣のように張り巡らせていた。その夜、警戒陣に新入者察知の反応が現れた。
リーユエンは、手を引っ張られる感覚にハッと目覚め、飛び起きた。黒外套をまとい、フードを目深に被ると、天幕の外へ気配を消して出てきた。後ろにはアスラが従い、「侵入者なのか?俺がやっつけようか」と、尋ねた。
リーユエンは、小声で「交易品を狙う盗賊かもしれない。アスラ、荷車を襲う奴がいたら、攻撃しろ」と、命じた。
「わかった」
アスラは人形から魔獣へ変化し、闇の中へ溶け込むように消えた。
一方、野営地から数百丈離れたところ、草原の中に、小さな木立の密集する林があった。
その木立の枝の一つに、ドルーアが潜んでいた。兌家の戦闘員と魔導士を引き連れ、先行隊に幌付き荷車を襲わせ、混乱に乗じて乾陽大公とリーユエンを仕留めるつもりだった。
「やはり、警戒陣を張り巡らしていたのか。それに魔獣がいる。あいつは厄介な相手だわ。あの奴隷女は、魔獣付きだ。以前も毒を飲まそうとしたら、魔獣が現れて邪魔をしたから、毒を浴びせてやった」と、呟き、青白い火焔を帯びるアスラが襲撃者へ襲いかかり、蹴散らす様を眺めた。
様子を見極めたドルーアは、右手をあげて前へ振り、第二陣へ攻撃開始の合図を送った。
「次は、火攻めだ。天幕が一斉に燃え上がるんだ。どうする?」
彼女は、薄い唇を歪めて笑った兌の家に従属する魔導士たちが八人がかりで、巨大な離の陣を作動させた。離は火を表象する。魔導士たちは、自身の経絡を解放し、外気と繋ぎ、風を循環させ、互いの風を交換し、循環させさらに加速させた。
それを離の陣の回路へ一同時に一気に流し込んだ。強力な風が、離を表す八卦陣の中を走り抜け、炎が天へ凄じい勢いで吹き上がった。それは、数十もの火炎弾へと分裂し、天幕一つ一つを狙い襲いかかった。隊商の中の天幕全てが突然炎に包まれ、大混乱となった。
それを見たリーユエンは、野営地全体に張り巡らせた警戒陣の構成を変化させ、水を表象する「坎」の陣を、野営地全体を包み込むほどの大きさにまで展開し、「坎卦、水気を発動し、離卦の火気を克せよ」と叫んだ。
坎の八卦陣から大量の雨が一気に降り、火はたちまち鎮火した。野営地の敷地内だけに、突然降り出した雨に、ドルーアの切れ長の目が見開いた。
「坎の陣を、しかもあれほど巨大な陣を誰の手も借りずにたった一人で、展開し作動させたのか・・・」
玄武八大公家には家に従属する魔導士がいる。
彼らは、玄武の法力を借りることで、自分一人では到達できない強大な魔導術の使い手となる。それでも八卦陣を使う魔導術は、力の消耗が凄まじく、一つの陣を展開作動させるためには最低でも八人の魔導士が必要だった。
ドルーアは、リーユエンは予想以上に手強い使い手だと思いながらも、気を取り直し、今度は左手を横へ払い、魔導士へ次の攻撃へ移るよう指示を出した。
魔導士たちは、今度は風を表象する「巽」の陣を展開させた。
八角形の八つの角に魔導士が立ち、風を循環し加速し始めた、
八角形の中央には、「巽」の徴す魔道回路がつくられ、外周の回路と、魔導士たちが送り込む風のエネルギーによって連結させ、中央の「巽」から凄じい気流が巻き起こった。
それは野営地へ大風となって襲いかかった。
さらに、もう一組の魔導士たちが、地を表象する坤の陣を展開させ、リーユエンの八卦陣を破壊しようと、陣を飛ばして直接激突させた。
大地が激しく揺れ、地割れが生じた。野営地の中では、天幕から全員が飛び出し、恐慌状態に陥った。
リーユエンは、乾と坤を組み合わせた陣を発動させ、乾陣を陽極、坤陣を陰極として、天地陰陽の力を二つの陣で循環させた。二極の陣は循環の力で空中へ上がり、強力な魔力場を形成し、青白く光る円柱となった。
さらに、その円柱を鏡面転写術で、転写し、複数の魔力場で作られた円柱を出現させ、それを兌家の魔導士たちが操る陣へ次々に激突させ、陣を破った。
再び大地が激しく揺れ、その後、鎮まった。
百丈四方にも及ぶ巨大な八卦陣の展開発動が一瞬で破られ、家付魔導士たちは皆ガックリと膝をつき、打ちひしがれた。
「あの大きさの八卦陣をたった一人で立ち上げ、その上、最も扱いの難しい乾坤の陣を一気に発出させた上に、鏡面転写までさせるなんて、あいつは化け物だっ」
玄武の法力を身内に取り込むことで、数百年の齢に達する大魔導士と同じ力を手にした家付魔導士たちは、自分たちはほぼ無敵だという自負があった。それが、あのように若輩の魔導士によって、呆気なく破れたのだ。
その衝撃は計り知れなかった。




