3 噛みつきドルーア(6)
「オマ、今日も朝食美味しかったよ。ご馳走様」
ハオズィは、オマへ声をかけると、カリウラをチラッと見上げ、頷いた。
カリウラは、やれやれ助かったと思いながら、ハオズィへオマの相手を任せた。
ところが、踵を返して離れようとしたカリウラの耳に、ハオズィが
「オマ、老師はね、玄武国の・・・」と、言うのが聞こえ、心の中で
(ワアアァァ、ハオズィ、頼むからバラさないでくれっ、そんな事をしたら、大騒ぎになる)と、動悸が苦しくなるほど動揺した。
ハオズィは落ち着き払った態度で続けた。
「玄武国のさる名家の、ご当主にごく近い方の愛人でいらっしゃるのだ。旦那さまは、老師を大層ご寵愛なさっておられるのだが、心の広いお方で、老師が交易に出資なさって、それを慈善事業に寄付される事を後押しなさっておられるのだが、家名を出すわけにはいかないので、ご身分を隠して、隊商に参加しておられる」
と、重々しい調子で話し、さらに続けた。
「ところが、先般の西荒の交易で、思いがけない面倒ごとに巻き込まれて、老師は大怪我をされてしまった。
それで、流石の旦那さまも、隊商へ参加させまいとなさって、大喧嘩になったそうだ。
その時、老師は怒って髪をバッサリ切り落としてしまわれた。
旦那さまは、老師がそこまでお怒りになったのに驚き、とうとう折れて、護衛をつける事を条件に隊商への参加を許可されたという事だ」
そこまで言うと、ハオズィはオマに近寄り、耳元へ背伸びをして囁いた。
「で、あの商人の格好をなさっているお方は、その旦那さまの信任厚いご親戚の方なのだ。
オマは疑っているようだが、老師は玄武国にいらっしゃる時は、それはもう、お美しい貴婦人でいらっしゃるので、護衛するあのお方の視線に少々熱がこもるのも仕方のない事なんだよ」
生まれた赤子のお食い初めには、商談で言葉に詰まることがないようにと、蜜と油を一滴必ず舐めさせる、狐狸国赤狐族だけあって、流れるように実しやかに虚実織り交ぜて説明してのけた。
オマはその説明をすっかり信じ、感心した。そして、今度は、
「へえー、そうだったの、そんなに、いい家の旦那に囲われていらっしゃったのかい。そう言うことなら、秘密にしておくよ、でも、そんなご立派な貴婦人でいらっしゃるのなら、これからは、私も態度を改めないといけないのかねえ」と、悩み始めた。
ハオズィは、「別に態度を改める必要なんてないでしょう。老師は、老師です。ここでは、男扱いしてあげてください。その方が、ご本人も気楽でよろしいでしょうから」と、結論した。
傍で聞いていたカリウラは、さすがは、狐狸国の大商人、口が巧いな。自分ではこんな機転の効いた言い方はできない、と思った。
カリウラとハオズィが赤天幕から離れていくのを見送りながらオマは、思った。
(老師は、前から時々恐ろしいくらい色っぽく見えることがあって、不思議に思っていたけれど、玄武国の偉いさんの愛人だったのか。それで納得がいったよ。
でも、変わったお方だねえ。お国では、きっと何不自由なく暮らしているのだろうに、何が楽しくて、隊商なんかに参加しているのだろうね)
赤天幕から離れると、ハオズィはカリウラへ、話しかけた。
「うまく誤魔化しておきましたが、総隊長、言動には、くれぐれも気をつけてください。
それから、あなたが、まだご存じでない情報をお伝えしておきます。
老師は、今現在、玄武国でのご身分を失っておられます」
それを聞くなり、カリウラは棒立ちとなった。
「それって、一体どう言うことだ?」
目玉をギョロッと剥き凶悪な顔つきで睨んでくるカリウラに、ハオズィはあたりを見回し、誰もいないのを確認してから小声で言った。
「去年、老師は、玄武国の使節団として、南荒の神聖大鳳凰教の就任式へ出席されたのですが、そこで魔獣の絡む大事件が発生し、その時の不手際の責めを負われ、ご身分を返上されたのです。
返上は、秘密裏に行われ、ごく一部の方しか知らないはずであったのに、どうしたわけか、玄武国内に文書の写しが出回り、公になってしまい、大騒ぎとなっているそうです」
カリウラは大きな衝撃を受けた。
「そんな・・・猊下はそれをお認めになったのか?そんな事ありえない」
呆然と呟くカリウラを、ハオズィは眉尻を下げて見上げ、さらに言った。
「私もあまり詳しい内容はわからないのです。
これについては、公にできない事情が色々お有りのようなのです。ただ、老師のお側に片時も離れず、乾陽大公殿下がついていらっしゃるのですから、完全に玄武国とご縁が切れたわけではなさそうですね。
それに南荒から戻られた老師は、しばらくの間、金杖王国にご滞在でした。
金杖国王陛下は、老師の事を高く買っておられますよ」と、付け加えた。
カリウラは手で額を抑えた。
「もう、俺には、ついていけないよ。政治的なことが絡んできたら、俺にはもう訳がわからない。
とにかく、隊商の仕事に専念するよ。
オマのことは、ハオズィ、あんたが対処してくれ、もう、任せるよ」
ハオズィは細い目をさらに細めて、肩をすくめた。
「了解です。老師のことで、オマが余計な事を言わないよう、目を光らせておきます」




