3 噛みつきドルーア(5)
しかしリーユエンも引きさがる気はなかった。
「私は、上人が書かれた大峡谷という場所には、アスラの案内で実際に行ったことがあります。
大公殿下は、ウマシンタ川一帯の大ジャングルを、案内もなしに踏破できると本気でお考えなのですか?
いくら、止めても、私は絶対行きます。アスラを連れて大峡谷までは必ず行きます。
そうだ、ヨーク、あなたはどうしますか?無理をしなくてもいいのよ。今からでも金杖王国に戻っても構わないわよ」
ヨークは、狭い天幕の中で必死で身を乗り出し叫んだ。
「いいえ、戻ったりしません。絶対ついて行きます。たとえ、あなたが地獄へ向かおうとも、ご一緒いたします」
アスラも頷き、「我は主が行くところなら、どこへでも一緒に行く」と、当然のように言った。
リーユエンは、ダルディンを横目に見、口元に薄っすら笑みを浮かべた。ダルディンは、彼女から目を逸らし、眉を顰め、口をへの字に曲げた。
(ったく、相変わらず、根回し上手な人だ。これでは、俺の方が連れて行ってもらう扱いだな)
「わかった。この面子で出発しよう。けれど、絶対無茶だけはしないでくれ」と、釘をさした。
翌日、リーユエンは、カリウラへ、ウマシンタ川へ到着したら、隊商から離脱すると伝えた。
「離脱するって、ジャングルの中で俺たちと別れて、一体どこへ行くつもりなんだ。あそこは、少人数で進むには、危険すぎる場所だぞ」
大蟒蛇うわばみや、大顎鰐、他にも色々凶暴凶悪な獣が跋扈するジャングルの中で、少人数で分かれると聞き、カリウラハは心配した。
リーユエンは、カリウラの懸念に頷きながら、
「乾陽大公の御用でね、お供をしなければならない。詳しいことは伝えられないが、安全には気をつけるよ」と、説明した。
「そうか、玄武国の秘密の使命のために離脱するのなら、仕方ないな」
リーユエンたちと、途中で別れてしまうのは残念だが、ウマシンタ川までは一緒に行けるから、それは心強いと気を取り直した。
そんなことを考えながら、隊商の中をカリウラが歩いていたら、隊員皆の胃袋を支配する赤天幕の主、賄い担当主任のオマが、カリウラを呼び止めた。
「総隊長、総隊長」
オマは、辺りを憚るように小声で呼びかけた。
オマに気がついたカリウラは、彼女へ近づいた。
「どうした、オマ?何か足りないものでもあるのか」
頭頂部に団子のような丸い髷を乗せた大柄は彼女は、カリウラに近寄り、声を潜めた。
「老師、随分印象が変わったね。なんだか、そのう・・・あれだよ。
一緒に付い来ている、大柄な商人と随分仲が良さそうに見えるんだが、あれかい?
老師は男同士で好き合うタイプなのかい?」
オマの予想外な問いかけに、カリウラは思わず「はあっ?」と、声を上げた。
それが誤解だとわかっているが、オマにどう言えばいいのかカリウラはすっかり焦り、両手を胸の前で激しく左右に振った。
「違う、違う、そうじゃない。リーユエンは男じゃないっ」
言った瞬間、カリウラは自分の舌を噛みそうになった。
それは、隊商内ではずっと秘密にしてきたことで、ハオズィとミンズィと自分以外、皆、長身の老師のことは男性だと思ってきたのだ。
自分の失言に気がついた瞬間、カリウラは真っ青になり、硬直した。
オマも、一瞬固まり、思考停止したが、すぐさま復活した。
「老師は男だろう?何を言って・・・」
と言いかけて、隠し事の苦手なカリウラの反応で、それが嘘ではないことに気がついた。
「エエエエエーッ!」
オマは、両手をふくよかな両頬に当て、絶叫した。
近くの野外調理場で大きなお玉を持っていた地栗鼠族の少年は、その絶叫に驚き、大きなお玉をガシャンと落としてしまった。
カリウラはますます焦り、取り繕うこともできなくなった。
「オマ、頼むから、叫ぶのをやめてくれ。
隊商の中は物騒だから、この事はずっと秘密にしていたんだ」
オマの目は見開き、口元も震えた。
「あんたらが初めて隊商に参加した時、あの子は男の子だとばかり思っていたのに・・・違うっていうのかい」
オマは、男女の見分けには、絶大な自信があった。ユニカの事もすぐ気がついたのだ。
それなのに老師の男女を見誤っていたとは、大変な衝撃だった。
「俺だって、詳しい事は知らないよ、でも、今は女だよ」
それを聞いた途端、オマは目をキランと光らせた。
「あの商人が、旦那さまなのかい?」
彼女は、寡婦で隊商の賄い一筋の人生を送る女である。だから、ロマンスに飢えていた。
自分は経験できなくても、他人のロマンスだって聞く分には大好きなのだ。
老師とあの長身で見目の良い凛々しい商人が恋仲なのなら、是非馴れ初めが知りたいと興味津々だった。
ますます泥沼から脱出できないカリウラは身震いし、
「あの人はリーユエンの旦那さまじゃない。あの人は、そのう、何と言うか、親戚みたいな人なんだ」
と、誤魔化そうとした。
けれど、オマは、ニヤッと笑った。
「総隊長、私の目は誤魔化せないよ。あの商人が老師を見る目つきは熱がこもり過ぎているよ。絶対、あの二人はそういう関係だよ」と、自信たっぷりに断言した。
昨夜の話し合いに参加していないカリウラは、玄武国の最新情報を知らないため、猊下とリーユエンの間の繋がりが途絶えていることも知らなかった。
ただもう、こんな事を猊下がお知りになったら、どうなることやらと恐ろしさに震え上がった。何とかオマの好奇心をそこから逸らせたいのだが、どうしたらいいのか分からず、途方に暮れた。
そこへ、二人の会話をたまたま耳にしたハオズィが、ニコニコ笑いながら歩み寄ってきた。




