3 噛みつきドルーア(4)
ダルディンの答えに、リーユエンは異議を唱えた。
「そのような私的な目的で、方々を当てもなく旅することを、先代の猊下が黙ってお許しになったと、本気でお考えなのですか?通常なら、連れ戻されていたはずです」
リーユエンの指摘の通りだった。確かに、玄武八家の掟は厳しい。愛した女を蘇らせたいなどという身勝手な理由で、玄武の祭祀に参加することもなく、何年間もひたすら放浪の旅を続けることなどできないはずだ。
「先代の猊下が、伯父上の旅を黙認していたのは、なぜなのだ?」
「恐らく、先代猊下は、何らかの密命を、猊下に課しておられたのでしょう。かつて、猊下が、大牙の国へ来られたのも、銀牙一族滅亡の密命を受けてのことでした。その後も、他に密命があったのでしょう」
「一体、何を命じられたのだ?」
リーユエンの紫眸が、ダルディンへ向けられた。それは、怜悧な光を冴え冴えと放った。
「北荒に依拠する玄武八家は、全て黒玄武の一族であると聞いております。
そして、大牙の銀牙一族に滅ぼされたのは、西荒の白玄武、
その二族の玄武は、古代には、部族同士でお互いに婚姻を繰り返していたそうですね。その白玄武が滅ぼされ、黒玄武は通婚するべき相手方一族を失い、それ以後は、黒玄武内の八家で通婚を繰り返してきました。
先代猊下は、そのような状況を憂いて、白玄武に代わる新たな玄武一族を探し出せと、お命じになられたのだと思うのです」
それは、ダルディンが今まで考えても見なかった新たな視点だった。
「なるほど、通婚の問題を解決しようとしたのか」
この千数百年の間、八家の中で通婚を繰り返してきた弊害なのか、突出した法力を持つ玄武の出現が、非常に稀になっていた。
「猊下は、東荒の果てまで旅しようとなさいましたが、旅立つ直前、先代猊下危篤の知らせが届き、旅を中断し、玄武国へ帰国されたと聞いております」
「その通りだ。
先代猊下は、遺言も残されずに崩御された。玄武枢密院で緊急会議が開かれ、結局、伯父上が法座主になることが決まったのだ。
その後、祖父である先々代の乾陽大公が亡くなり、伯父上は、その時、すでに法座主位につき、乾家の籍から抜けていたため、弟である私の父が、乾陽大公を継いだのだ」
そこまで話したとき、ダルディンは気がついた。
「リーユエン、あなたは、まさか、東荒の奥地まで出かけて、玄武の一族を見つけるつもりなのか?」
リーユエンは頷いた。
「ええ、そのつもりです。
私は、金杖王国で、バトゥーダ上人の『東荒見聞録』を読ませていただきました。それには、
『東荒の地をひたすら東進し続けると、やがて大峡谷と大雪原を抜け、砂漠の高地へ行き着く、そこを横断し、高地を下っていくと、緑豊かな常春の国へ到着した。
常春の国は、東の海に面する。その海の名は東方海という。皆は略して東海と呼んでいる。
常春国の民は、東海に、青大亀神の住む島があると信じていた。
その島の名は東海蜃市、常春の国の民は、青大亀を神として祭り、季節の変わり目ごとに、海へ貢物を捧げる』と、書かれておりました」
「東荒の果てにも海があるのか」
ダルディンは、未知の土地に興味が湧いてきた。
リーユエンは、さらに続けた。
「上人が記された青大亀というのが、何ものなのか、今ひとつはっきりとは致しませんが、玄武の可能性がないとも言えません。一度確かめに行くべきだと思いました」
「行くべきだという、あなたの意見には賛成するが、そこへ行くなら、私が一人で行く。あなたは、隊商と行動をともにするべきだ。
行ったこともない東荒の果てまで行くなんて、凡人には危険すぎる」
ダルディンが、そう言うと、リーユエンはダルディンを鋭い目で見返し、頭を横に振った。
「いいえ、私は行きます。玄武かもしれないって、上人の本を読んで気がついたのは、私なのですから、確かめに行くのは、私の権利です。それに、明妃位を返上してしまったので、私は玄武国での身分を失っております。
交易が終わり、隊商を解散した後、帰る場所がございません」
「何を言っている。玄武国でも、狐狸国でも、金杖王国でも、どこでも気に入った場所に滞在すればいいだろう。あなたを拒む国はないだろう」
「玄武国は身分を失ったので、入国できないでしょう。仮に入国できても、捕まるかもしれません。
他の国に行っても、居場所がわかってしまえば、恐らく生捕りにしようと八家の手下が襲ってくるでしょうから、迷惑がかかるだけです」
「・・・・・」
杞憂だろうと言ってしまいたいが、実際、すでに一度襲われている。その後も、監視の気配は感じ続けていた。
リーユエンは、もの思いに沈むダルディンを横目に見ながら、付け加えた。
「新しい玄武の一族を、見つけ出すことができれば、他の大公家と交渉できる札が増えますから、それから帰国し、乾家の領地が他家に侵食されることがないよう努められるのが妥当かと愚考致します」
「わかった。そこまで考えてくれたことは感謝する。
だが、そんな危険な旅をあなたにさせるわけにはいかない。絶対ダメだ」
ダルディンは、なお頑なに、リーユエンを同行させまいとした。




