3 噛みつきドルーア(2)
「あんな売女、生かしておくものかっ、私が直接出向いて、今度こそ息の根を止めてやるっ」
激昂し切った状態で、ドルーアはさらに息巻いたが、突然、兌陰大公が厳しい声をあげた。
「ならぬっ、それは絶対ならぬ、乾陽大公のそばにもし明妃がいるのなら、必ず生捕りにするのじゃ、これは命令だ。良いなっ」
それでもなお、納得のいかないドルーアは反論した。
「どうしてよっ、ただの凡人じゃない、生捕りにするなんて、手間のかかる事をする必要がー」
祖母大公は、孫娘の言葉を遮った。
「あれは、瑜伽業の器としては、稀有の器なのじゃ、我ら兌家であれを所有できれば、八大公家全てを従えることも不可能ではないのだ。決して殺してはならぬぞ。良いなっ」
瑜伽業の厳しさなど何も知らないドルーアは、内心非常に不満ではあったものの、法力の強い祖母に逆らえば、後で、どんな罰が下されるかと思うと、恐ろしくて、それ以上逆らえなかった。
けれど、それでもなお、リーユエンへの、積年の恨みを晴らしたい気持ちは抑え難かった。それで、兌陰大公へ、猫撫で声で話しかけた。
「お祖母様、私は、あの奴隷が正式に明妃になる直前、あいつを始末しようとして、猊下に甲羅を破られて死にかけたのよ。だから、今度こそ、仕返ししてやりたいの・・・もちろん、お祖母様の言いつけを守り、殺したりなんかしないわ。ちょっと痛めつけるくらいなら、いいでしょう?」と、猫撫で声で頼み込んだ。
それに対して祖母大公は、
「痛めつけるくらいは構わない。法力で治療が可能な範囲であればな。けれどあやつは、ヨーダム太師が直弟子にしておるほどの、非凡な魔導士だと聞いておる。決して侮ってはならぬぞ」と、注意した。
祖母大公と通信を終えたドルーアは、普通の鏡に戻った魔導鏡の前で、切れ長の鳳眼に怪しい光をたたえ、うっそりと微笑んだ。
「魔導士の連中、普段は専門家ぶって偉そうにしているけれど、全然実戦向きじゃなかったのね。魔導術なんて、時間と手間ばかりかかって、ちっとも結果が出ないわ。
馬鹿馬鹿しい、あんな売女には、私の毒薬で十分よ。前以上に痛い目に合わせてやる。
乾陽大公の命を奪い、あいつを痛めつける毒薬、・・・もっと顔が崩れるようなのがいいかしらねえ・・・
何を使おうかしら、毒セリ人参に、沼毒ヒキガエル、雪毒虫、風船魚の肝にドクツルダケ・・・」
禍々しい有毒植物や生き物の名を呟きながら、ドルーアは、いつも肌身離さず持ち歩く小ぶりの信玄袋を開け、毒薬の調合に必要な材料を探し始めた。
「フフッ、リーユエンの奴、あの顔をもっとグシャグシャに崩して、目も潰してやる。それに乾陽大公も、内臓が焼け爛れて、父親のダルゴンが死んだ時と同じ目に合わせてやるわ)
翌朝、ダルディンは、瞑想状態に入り、再び巽陰大公カーリヤと連絡を取った。
そして、深夜に起きた襲撃未遂事件の顛末と、その前に茶館でリーユエンから聞かされた内容を報告した。
黙って聞き終えたカーリヤは、ダルディンへ言った。
「坎家と兌家はもう動き出したのかい?随分露骨な真似をしてくれたものだねえ。
ダルディン、おまえは、リーユエンの話に納得いかないようだが、あの子の分析は妥当だよ。いや、それどころか非常に正確だよ。
あの子には、明妃教育の一環として、私が直接、八大公家の成り立ちや、過去から現在に到る、それぞれの力関係、対立関係を教え込んである。それに、あの子は、玄武国政府の重要文書のほとんどに目を通してきているからね。
おまえより、よほど理解が深い。だから、今回の件に関しては、リーユエンの言う通りにしなさい。
身の危険が迫っているという点では、リーユエンだけではない、おまえも同様だ。
それに、彼女の言う通り、リーユエンは生捕りにし、おまえは暗殺される可能性が高いと思う。
リーユエンは、南荒へ出発する前の瑜伽業で、驚くほど品質の高い太極石を十年分も生み出した。あれで大公たちも、ようやく、あの子を認めるだろうと喜んだけれど、他の大公連中ときたら、あの凡人の女は、器として値打ちがあると言い出した。まるで、物扱いなんだよ」
巽陰大公までもが、リーユエンと同じ見解を示したことは、ダルディンにとって非常は衝撃であった。
「しかし、大伯母上、猊下はただ閉関しただけではありませんか。それで、なぜ、そこまで不穏な動きが生じるのです?」
カーリヤの声が低く小さくなった。
「先代の猊下は、最後の明妃が瑜伽業に失敗し、亡くなった後、たいそう気落ちされ、法力が弱くなった。そして、閉関し、そのまま岩戸の奥で亡くなられたのだ。その岩戸は、今でも封印されたままなんだよ」
ダルディンは、初めて聞く話に、呆然となった。
「そんな・・・ご病気で亡くなられたと、聞いていたのに・・・」
「公式の発表ではそうだよ。
確かに、一種の病気だろうよ。
そして、この度の猊下の閉関だ。
法座主の閉関なんて、通常は有り得ないことだからね。誰よりも法力の強い存在が、何のために閉関する?普通ならそんな事はしない。それに、中で衰弱死せず復活するにしても外から他の大公たちが結託して、封印してしまえば、ドルチェン一人の力で封印を破って出てこられるかどうかわからない」
カーリヤは一旦言葉を止めると、再び続けた。
「他の大公は、器として優秀なリーユエンさえ抑えておけば、瑜伽業で太極石を生み出す事ができると考えている。だから、ドルチェンを畏れ敬う気持ちが薄れたのだ。そこまで事態は深刻なんだよ」
大伯母の語る内容を聞くうちに、ダルディンも、危機が迫りつつあることをひしひしと感じた。
「では、俺は、自分自身とリーユエンを守り切らなければならないのか」
「そうだよ、覚悟を決めなさい。
それに、私も、他の大公家の動き次第では、雲隠れするかもしれない。通信が途絶えても、心配しなくていい。とにかく、おまえは、自分自身とリーユエンの身の安全を第一に考えて行動しなさい」
そして、通信は終わった。




