3 噛みつきドルーア(1)
乾陽大公襲撃失敗の報が、玄武国の坎陽大公と兌陰大公へもたらされた。
現地で、坎家付きの魔導士とともに、乾陽大公襲撃作戦の指揮をとっていた兌陰大公の孫娘ドルーアは、祖母である兌陰大公ブドゥルヤと魔導鏡を通して、善後策を話し合った。
「坎家付きの奴隷魔導士では、全く相手になりませんでした。乾陽大公の身辺に、強力な魔導士がついているようです」
兌陰大公は、大きな銀鼠色の扇子を仰ぎながら、孫娘へ、話しかけた。
「坎陽大公は、一刻も早く他家を出し抜き、乾家の領地を手に入れようと焦りすぎたのじゃ。あの陽玄武の欠点は欲深く、抑制ができないことだ。
それより、ドルーア、その他は何か聞いておらぬか?
明妃は、金杖王国に滞在中のはずなのに、そこから姿が消えたそうだ」
明妃と聞いた瞬間、ドルーアの顔は激しい憎悪に醜く歪んだ。
「あの売女を、明妃と呼ぶのはおやめになってください。もう、位を取り上げられたのですから、あんな汚らわしい女っ」
吐き捨てるような口調に、兌陰大公はため息をついた。
千数百年前、乾家と兌家で、長男と孫娘の縁談について、話し合いが持たれた。
当時のドルーアは、まだ三百齢余りの可愛らしい幼玄武であった。
一方、乾家の長男ドルチェンは、もうすぐ千五百齢、玄武法学院に在院中の法理学研究生で、法力豊かな立派な陽玄武で風采も良く、文句のつけようのない良縁かと思われた。
すでに当主であった兌陰大公も、この二人の縁談には大いに乗り気になっていた。
ところが、ある日、兌家の門前に見合いの相手である当人が現れたのだ。
乾家の長男ドルチェンは、兌家の当主へ挨拶するなり、自分は当分結婚する気がないので、弟のダルゴンと見合いしてはどうかと言い出したのだ。
ドルチェンは玄武法学院の院生で、法理研究に深く傾倒し、研究生活を続けたいと願っていた。
ところが、その頃はまだ存命であったドルチェンの母親が、狷介な気性の息子を危ぶみ 勝手に縁談の話を進めてしまったのだ。
ドルチェン本人は、幼玄武との縁談を勧められ、迷惑がっていた。
本人から説明を受け、事情を理解した兌陰大公は、弟のダルゴンに相手を変えて見合いをさせようかとも、一時は考えた。
ところが、ドルーアは、その時、ドルチェンを物陰から盗み見て一目ぼれしてしまった。
それ以来、熱に浮かされたようになり、どれほど他の玄武との縁談を勧めても、断り続け、いつの間にか、一千年の齢を越え、行き遅れになっていた。
齢千年を越え、陰玄武となり甲羅の厚みを増すと、女は産卵ができなくなる。
そのため、一千年を越えると、縁談に応じようとする玄武がいなくなってしまう。
ドルチェンへの想いを募らせながら、全く相手にされないまま千年齢を超えたドルーアは、幼玄武の頃の可愛らしく愛らしい様子を失い、薬草研究に勤しむ、陰気な玄武へと変わってしまった。
一千年を越える時を経て、薬草学に没頭したドルーアは、最初に基礎を手解きした祖母大公ブドゥルヤを凌ぐ知識を持ち、密かに暗殺すら請け負う、恐ろしい陰玄武へと姿を変えた。
兌陰大公は、昔のことを思い出しながら、ドルーアを嗜めた。
「あの怪文書、まさか、ばら撒いたのはお前なのか?法座主猊下は、あの文書の真贋について、何も言わないまま、突如閉関してしまわれた。そのため、明妃の位返上は公式には認められていない状態なのだ。だから、そのように口汚く罵るのはおやめ」
ドルーアは、眉を逆立て、茶色の虹彩の周りに紅い縁取りを見せて、ますます興奮した。
「売女を、売女と言って何が悪いのよっ、あいつは、散々猊下の世話になりながら、後足で砂をかけるように玄武国を出ていき、金杖王国の黄金獅子に尻尾を撫でられ、のうのうと過ごしていたのよ。しかも国王と王太子両方手玉に取ったと聞いているわ」
兌陰大公の眉間に峡谷のように深いシワが刻まれた。
孫娘のドルーアは、薬草学の研究に打ち込み、優秀な薬師として名を上げた一方で、標的を必ず仕留める毒薬使いとして、裏の世界では一目置かれる存在だった。そのため、彼女は、裏世界の伝手で、さまざまな情報を入手できた。当主である祖母大公でも知り得ない情報を入手することも度々であった。
「おまえが、そのような情報をどこから手に入れたのかは、あえて尋ねないが、猊下が何も公式に発表しない以上、どうすることもできないよ。それに、明妃は生捕りにするのじゃ、決して殺してはならぬぞ」
ドルーアは、怒りにかられ絶叫した。
「どうして、あんな汚らわしい女を生かしておく必要があるのよっ」
一千年以上待ち続け、結局思いが叶わなかったドルーアは、法座主となったドルチェンが、数年前に突如明妃に指名したリーユエンのことを、激しく憎悪した。
自分のことは全く相手にしなかったドルチェンは、リーユエンを迎え入れるため、長らく廃墟と化していた離宮を大規模に修復した。
しかも、その凡人はまだ歳若く、顔の半分は火傷の痕があり、美しくもなく、何の取り柄もないのだ。
そんなつまらない凡人の分際で明妃に選ばれたのは、兌家の由緒正しい血筋の玄武である自分への最大の侮辱と感じたのだ。
一度はこの手で抹殺しようと、離宮を強襲し、その凡人を押さえつけ無理やり毒薬まで飲ませたのに、あともう少しのところで、ドルチェンが駆けつけ、あろうことか彼女の甲羅を叩き割ろうとしたのだ。
攻撃を受け、甲羅に亀裂が入った激痛の中でドルーアは、同じ玄武へ怒りの眼差しを向け、情け容赦なく法力で攻撃してきたドルチェンは、もう狂ってしまったのだと思った。
凡人に誑かされ、自分が愛したあの精悍で颯爽とした玄武は、人形も保てない異形の姿へ変わり果て、狂ってしまったのだと思い、さらに凡人リーユエンへの憎悪を募らせたのだ。




