2 刺客(5)
学院の中は一見したところ、のどかで平和そうに見えるが、教師の目の届かないところでは、成績は抜群にいいいが、人付き合いの悪いリーユエンを妬んだ同級生や、上級生が、質の悪い嫌がらせを仕掛けることが度々あった。
大抵は自分で対処できたが、氷魔法で氷づけにされて危うく凍死しかけたこともあった。
自分で対処できないことがあると、護衛は必ず助けてくれた。
その護衛は、ドルチェンがリーユエンに玄武式の武術を厳しい指導で叩き込むまで続き、ある日、リーユエンがついにドルチェンから棒術で一本を奪った日に終了となった。
護衛がついた数年間、隠形術を解くことはなかったので、正体を知らないままだった。
ところが、去年のお茶会で、乾陽大公の動きで空気が動き、その動きで隠形術の護衛が彼であったのだとリーユエンはようやく気がついたのだ。
(ずっと感謝していたけれど、お礼を言うのが気まずくて言えなかった。それに、あの時だって、いきなり主代えしろだなんて、冗談でもそんな事を言われたから、不愉快になってしまって・・・)
その上、ダルディンは、千年前初めて会った頃のドルチェンと、実によく似ていたのだ。
リュエの記憶が、大牙へ行った時に蘇ったため、乾陽大公のそばにいると、昔、ドルチェンを見た時のように、胸の鼓動が怪しくなることがあった。
猊下は、リーユエンの心の微妙な揺らぎを感じ取っていたようだが、デミトリーの時のように情け容赦なく心の奥底を生皮を剥ぐように暴くことはなかった。
リーユエン自身も、適当に冗談で紛らして、気持ちが高まらないように用心していた。
けれど、デミトリーを振り切り逃げ出して、それでもドルチェンが何も言ってこないので、心の中の平衡が取れなくなっていた。
猊下はどうして、自分を縛り付けてくれないのだろう。もう自力で自分をまっすぐ保つことなでできそうにもなかった。
リーユエンの目から涙が一筋伝わり落ちた。そして、目を見開いた。どれほど苦しかろうと、乾陽大公から呆れられ、軽蔑されようが、構わなかった。
体の関係で繋ぎ止めてでも、玄武国への帰国を阻止し、自分のそばからダルディンを決して離さないと決意したのだ。
(もう、こうなったら、調度いい機会だから、殿下には、東荒の果てまで、一緒についてきてもらいましょう)
そんな事を考えて、そろそろもう一度寝もうと思っていたら、赤スグリ亭を包むように張り巡らした魔法陣に、突然反応が生じた。
リーユエンは、ハッとして立ち上がり、窓際へ行った。
ダルディンも目覚め、「どうした?」と、尋ねた。
リーユエンは感覚を集中させ、魔法陣の反応を探った。
「この建物の周囲、ごく近い場所に五人来ていますね」と、言いながら、窓の横から姿が見えないようにそっと外をのぞいた。
宿の前の通りに、闇に紛れて、フードを目深に被った黒装束姿が五人いた。
(そういえば、ザリエリ将軍が、陰護衛のヨークが主替えを認めてもらって、こちらに向かったと手紙に書いていたけれど、彼はもう到着したのかしら、できれば、この五人には手を出さないでほしいわ)
五人の気配を探ったリーユエンは、彼らは皆魔導士だと気がついた。
五人は、一定の間隔を空けて立っていた。それは、彼らが佇む空間に、五芒星の隠し法陣があるためだ。
(五人がかりで、五芒星の陣をしっかり組んでくるとは、一体、どんな術を発動させるつもりだ?)
その時、ダルディンが慌てた様子で言った。
「床に水が溜まってきてるぞ」
リーユエンは足元に波打つ水の気配を感じながら、五人が組んだ五芒星の陣の中の構成要素を分析した。
彼らは、五芒星の陣の中に、一人を中央の起点に置き、残り四人は、二人組となって坎と兌の陣を展開しているのだ。
坎兌ともに水気を表象する陣であり、雨降らす坎の陣より水を生じせ、沢気を表象する兌の陣へ循環させ、水気を貯留し、その水気を送り込んできたのだ。
(なるほど、坎と兌を組み合わせた水責めか・・・五人がかりで陣を作動させて、その程度の速さでしか水を転送できないのか)
水は、先ほどからくるぶしの高さに達したまま、ゆるゆると揺蕩い、なかなか増える様子がなkった。
(あまりに遅すぎる。五人がかりで陣を展開する意味がないだろう)
リーユエンはひっそり笑った。
反撃のため、宿の周囲に仕掛けておいた隠し魔法陣を操作し、五人の頭上へ移動させた。
そして、「震の陣よ、雷電を生じよ。水陣を雷電によって引き裂き、壊滅せよ」と、命じた。
雷を表象する震の陣が作動した。
五人の頭上に突然、真っ黒な雲とその中に、轟く雷光が闇を切り裂き、黒龍が現れた。
黒龍は、五人へ向かって雄叫びを上げ、次の瞬間、雷鳴が大音響で鳴り響き、雷電が五人を直撃した。
「ギャーッ」
五人は一斉に絶叫し、体を激しく痙攣させた。
その声に、街を巡回する警邏隊員が駆けつけた。激しく感電した五人は、あっさり捕縛された。
彼女の傍へ来て、一緒に見ていたダルディンは、いきなり轟いた雷鳴に度肝を抜かれた。それから、恐る恐る
「リーユエン、あなたがあれをやったのか?」と、尋ねた。
リーユエンは頷いた。
「頭上がガラ空きのまま、水生水澤の術である坎兌の法陣を外で展開させるなんて、無防備すぎますよ。雷電を落とされるのも、当然です」と、肩をすくめ、皮肉な笑みを浮かべた。




