2 刺客(4)
ダルディンは、眉間を揉んだ。
リーユエンは、サッとフードを目深に被り、うつむいた。
「嫌なことをおっしゃらないで・・・そんな訳ないでしょう。私は・・・殿下のことは・・・」と、言ったきり黙り込んだ。
ダルディンは、そん沈黙に耐えきれなくなり、彼女の答えを聞くのを諦めた。
「もういい、何も言わなくていい」
それから、ふと気がついた。
「他の大公は動かないのか?」
リーユエンは、フードを被ったまま、また冷静な口調に戻った。
「他の大公家には、それなりに法力の強い玄武がいます。だから、法座主の力が弱まれば、家ごとに、自力で仕掛けてきて、領地の拡大を目指すでしょう。
猊下に万が一のことがあれば、自分たちの実力で取って代われると思っているでしょうからね。
失礼なもの言いをお許しください。
殿下のような甲羅に厚みのない幼玄武に構う気はないと思います。ただ、どの家が次の法座主を出そうとも、瑜伽業に苦労するに違いありません」
それから続けた。
「間者がどこにいるかも分かりませんから、迂闊なことは言えません。
ただ、刺客が襲ってくるのは間違いありません。
それも坎家と兌家が組んで襲ってくるでしょうから、陰陽両極の力で持って攻撃してきます。単独で防ぐのは難しいから、私のそばを離れないでくださいませ」
いちいち尤もな指摘を聞くうちに、ダルディンはますます憂鬱な気分に沈んだ。
ため息がでそうになるのを押し殺し、お茶を飲み干した。
「わかった。あなたの傍にいるよ。そろそろ出ようか」
茶碗をテーブルに置くと、ダルディンは立ち上がった。
真夜中、ダルディンが眠る横で、リーユエンはそっと起き上がると、床に結跏趺坐した。
調息し、両手を胸の前で上下に構え、体内から外へ、外から体内へ、風を循環し始めた。
彼女の体内、中央経絡の、体の中で真ん中に当たるところより少し下に、チャクラの一つがある。
そのチャクラは特別で、蓮台となったチャクラの上には、回転しながら輝く玉核がある。
それは、彼女生来の、膨大な陰気と、デミトリーから譲り受けた黄金獅子の陽気、それから玄武の法力、三つの力が圧縮された三元からなる太極だった。
今行っているのは、そこにダルディンから取り込んだ、彼の法力を混ぜ込み、練り上げる作業だった。
(猊下の法力は強大すぎて、魔導術には使えない。あんなもの、私では制御しきれないもの、けれど殿下の法力はほどよい強さで、制御がしやすい。これを玉核の中に蓄えておけば、いざというときにかなり強力な法術が使えるはず)
まさか法力が欲しくてダルディンと、あんな事やこんな事に励みましたなんて、彼本人が知ったらショックで寝込んでしまうだろう。
申し訳ないと思いながらも、自分たちの身を守るため、万全に備えなければならないのだ。
先見の力のあるリーユエンには、これから生じる艱難辛苦がありありと見えていた。
猊下が閉関などという馬鹿げた選択をとったために、事態はますます悪化する一方だった。
(猊下のバカっ、どうして閉関なんかするのよ、それって最悪の選択だって、どうして分からないのよ。
そんな事をされたら、私は、ますますひどい状態に追い込まれるのよ。これから、一体どうしたいいの・・・)
何もかも投げ出したいのは自分の方だ、玄武の問題なんて、猊下が担当するべきなのに、自分だけ岩戸の闇の奥深くに閉じこもってしまうなんて、自分勝手すぎると腹が立ち、猊下の大切な甥子であるダルディンを最後まで無事に守り通せるのか、不安は増すばかりだった。
乾陽大公ダルディンは、ドルチェン法座主猊下の弟、ダルゴンの息子だ。
ドルチェンとダルゴンの年齢差は千年以上あったものの、乾家の玄武として兄弟仲がよかった。
ダルゴンは、ドルチェンが法座主となり、乾家を出た後、父の後を継ぎ、当主となり、領地の管理ををよく行い、乾家をますます繁栄させた。
そして、五百年前、人形となって現れたダルディンと親子の名乗りをあげた。
乾家の者らしい潤沢な法力を持つダルディンは、数千年に一度、現れるかどうかというほどの逸材であった。
ダルゴンは迷う事なく己の嗣子と定めた。
ところが、二百年前、ダルゴンの妻が谷底に落ちて事故死した後、ダルゴン自身も原因不明の奇病にかかり亡くなってしまった。
千年齢に満たないまま、ダルディンは乾家当主を継いだのだ。
現法座主を出した筆頭大公でありながら、現在も、玄武八大公の中で、乾陽大公は最年少の、唯一、千年齢未満の幼玄武であった。それでも、他家から領地を侵食されることもなく、何とか無事に筆頭大公家の面目を保ってこられたのは、桁外れと恐れられる絶大な法力を持つ伯父ドルチェンが後ろ盾として、他の大公家に睨みを利かせてきたからだ。
ダルディンは、今まで軽んじられることはなかったが、その後ろ盾であるドルチェンが閉関した以上、これから彼の扱いがどう変わるかは、流動的で、非常に危うい状態なのだ。
そんな状態で、玄武国へ彼を帰国させることなど、断じてできないのだ。
(乾陽大公殿下には、恩があるもの・・・彼の命を狙う奴は絶対に許さない)
黄牙長老ダーダムが送りつけてきた貢物は、嫌な思い出のつきまとう紫色の品が多かった。
それを目の前からさっさと消すために、処分したくて、去年の夏の終わり、離宮でお茶会を開いたのだ。
その時、うっかり手を怪我した自分の元へ、いち早く駆けつけてくれたのは、乾陽大公だった。その時、初めて、魔導士学院へ通学中、隠形術で姿を消しながら、自分を守っていてくれたのが、乾陽大公であったと気がついたのだ。
昔、玄武の女が離宮へ押しかけてきて、無理やり毒薬を飲まされたことがあった。
その毒のために、十日ほど失明状態で過ごさねばならなかった。
その後、魔導士学院へ通学する彼女のために、ドルチェンは護衛をつけた。その護衛は、隠形術で姿を隠していたため、誰なのか分からなかった。
視力が回復した後も、護衛はずっとついていた。




