2 刺客(3)
打ち合わせが終わり、ハオズィ商会から赤スグリ亭へ帰る途中、リーユエンはダルディンへ尋ねた。
「猊下は、閉関なさったそうですね」
なぜそのことを、もう知っているのかと、ダルディンは驚いた。
「私は、今朝一番に聞いたところなのに、なぜ知っているのだ?」
リーユエンは、肩をすくめた。
「抜け目のない国王陛下は、もう知らせてくださいました。
殿下におかれましては、ご用心なさいませ。坎陽大公と兌陰大公は、殿下のお命を狙うやもしれません」
物騒な指摘に、ダルディンは眉をしかめた。
「狙われるのは、あなただろう。私は、あなたを護衛しなければと思い、そばにいるのに・・・」
リーユエンが、突然ダルディンの腕にしがみついた。
「喉が渇いたから、茶館へ寄りましょうよ」
甘えた声で言われ、ダルディンは彼女とともに、大通りから西へ走る横丁筋にある、黒茶と紅茶が名物の新月茶館へ入った。
店員が、お茶の給仕をして行ってしまうと、リーユエンは防音用の結界を張り巡らせた。
それからダルディンへ話しかけた。
「私の予想では、八大公のうち、真っ先に動き出すのは、坎家と兌家だと思います。
その狙いは、多分、あなたの暗殺。あなたを殺ってしまえば、乾家は今当主が務まる玄武がいない。
猊下は法座主だから、乾家には戻れないもの。
乾家が潰れたら、乾家の有する広大な北嶺の山河を、他の大公家で所有できる」
ダルディンにとっては、楽しい話ではなかった。
玄武にとって深山幽谷の環境を少しでも広く領地として所有し、己の家に属する玄武を育て上げることが、自家の勢力拡大につながるのだ。
乾家の有する領地は、霊気に富む、清流の豊かな地で、亀から百年を経て玄武となるには、最適の環境だった。 そのため、昔から狙われてきた領地であった。
彼女の指摘は一理あるなと思いながらも、それでもダルディンは反論せずにはおられなかった。
「兌家は、昔から乾家とは婚姻関係が続く間柄だぞ。私を殺して、何の得がある?」
リーユエンはお茶を一口飲んでから説明した。
「猊下は明妃に私を選んでしまったから、玄武の中から明妃が立てられる見込みもなくなってしまった。
そのせいか、乾家には、あなたという当主がいるにも関わらず、兌家のご一族は、最近、宗家の娘、分家の娘と立て続けに坎家の一族へ嫁がせているわ。
まるで、千年越えでない幼玄武なんて、相手にならないとお考えなのか、乾陽大公殿下のことを無視するようにね。
それから、坎家のご一族は、昔から謀略はお得意だけれど、ここ数百年の間、法力の強い玄武が誕生していない。
この両家が勢力を拡大しようと手を結んで企んだら、まず狙われるのは、大公家の当主の中で、ただ一人、千年越えでない、幼玄武である殿下でしょうね」と、淡々と説明し続けた。
「狙いが暗殺ではないとしたら、あと考えられる可能性は、猊下の代わりに地下へ繋いで、五百齢のあなたに太極石を作らせようとすることかしら?」
ダルディンはただ黙って聞いていたが、太極石を作らせると聞いて、慌てて遮った。
「俺に、そんな事ができるはずないだろう。あなたがいう通り、俺は、まだ甲羅の厚みもない幼玄武なんだぞ。
伯父上のような桁外れの法力だってないのに、そんな事できるわけがない」
けれど、リーユエンは、黒茶をもう一杯茶碗に淹れ、飲むと言った。
「私がいれば、どうとでもなると思っているのよ」
ダルディンはますます眉をしかめた。
「一体、どういう事だ?」
リーユエンは澄ました顔で続けた。
「殿下を暗殺して、坎家から新しい法座主を誕生させ、瑜伽業の相手を私に務めさせる。
あるいは、あなたを生捕りにして、地下へ閉じ込め、私が瑜伽業の相手をする。
そして、政治の実権は、彼らで握る、領地も手に入れる」
ダルディンは、不思議に思い尋ねた。
「どうして、あなたが瑜伽業の相手をすることになるのだ?
法座主が交代すれば、明妃は替わるはずだろう?」
リーユエンは肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。
「この間の瑜伽業では、太極石を十年分作り出したのよ。
瑜伽業のことなんて、何もわかっていない八大公の方々は、私を瑜伽業の器としておけば、誰でも、そのぐらいの量が作れると思っているようね。実際、そんな噂が出回っていたもの」
そして、ごく軽い調子で付け加えた。
「私のことを、やはり愛玩奴隷だと思っているから、そっちも試してみたいー」
ダルディンはカッとなって、テーブルを叩いた。茶碗が飛び上がり、お茶がこぼれた。
「自分でそんな惨めなことを言うのはやめろっ、あなたは、そんな者ではないだろう」
思わず、大声が出て、防音結界を突き抜けた。
周囲の客が、その剣幕に何事かと固まると、リーユエンが愛想笑いを振り撒きながら、
「もうっ、叔父さんったら、怒らないでよ。冷静になってよ」と、話しかけ誤魔化した。
それから、防音結界を少し強めて、ダルディンの袖を引っ張り座らせて落ち着かせた。
「声を小さくしなさいよ。いくら防音用の結界でも、誰かに気づかれたら面倒だから、弱めにしか張っていないのよ。冷静になってくださいな」
ダルディンが落ち着いたのを確認すると、リーユエンは微笑みながら、淡々と話した。
「殿下と寝た感じでは、私と相性は悪くありません。たぶん、瑜伽業は成立すると思います。
ただ十年分は、絶対無理ですね。せいぜい三ヶ月分作ればいい方かもしれません」
それを聞くうちに、またもやダルディンは自己嫌悪の沼に沈んだ。
「あなたは、瑜伽業が私とでも成立するのか、それが知りたくて、私と寝たのか?」




