2 刺客(2)
その後、隊商を立ち上げるのに一ヶ月近くかかった。
老師が出資し、狐狸国ハオズィと総隊長カリウラの立ち上げる隊商は、毎回、大きな利益を上げ、なおかつ、旅の途中での落伍者や負傷者が少ないことで有名だった。
当然、荷運び人の希望者が殺到した。
ハオズィは、甥のミンズィと共に、東荒へ運搬する商品の用意や、荷役夫の選別にかかり切りとなった。
一方、ダルディンは、その間赤スグリ亭に滞在を続けた。
リーユエンと一度は関係を持ってしまった。
もう二度と、あの夜の過ちを繰り返すまいと、固く心に誓ったにも関わらず、ダルディンは夜になり、リーユエンから情に潤んだ眸で見つめられ、体に抱きつかれると、もうどうしようもなく、理性が保てなくなった。
いっその事、もう一室頼んで、寝室を分けてしまおうと思うのに、その決心すら、潔くつけられないのだ。
(俺は、どうしてリーユエンから離れられないのだ。まるで、色ボケした新婚の若旦那じゃないか?
どうして、自制できない。せめて、距離を置けないのだ?)
ダルディンは深い自己嫌悪に沈んだ。
情けないことに、宿の亭主にまで、勘付かれた。
亭主には、怖い本妻の目を逃れ、出張先で若い妾との逢瀬を楽しむ商人と、完全に誤解されていた。
リーユエンと連れ立って
(実際は勝手に逃げ出さないよう、無茶をして負傷しないよう見張っているのだが)、
ハオズィの商会へ出かけるたびに、亭主は意味ありげな笑顔を浮かべた。
亭主は、ダルディンへ近寄ると、耳元で
「行ってらっしゃいませ。外出なさっておいでの間に、寝台のシーツは新しいものに取り替え、
お風呂のお湯もたっぷりご用意しておきます。
どうぞ、若奥様との外出をお楽しみになってください」と、囁くのだ。
その日、ダルディンがリーユエンを連れて、ハオズィ商会へ行くと、外が騒がしかった。
「なんだ、あれ、鳥か?」
「キラキラ輝いているぞっ、何と長い尾羽なんだ」
「神々しいお姿だ。天界の使者かしら?」
店の前には人だかりができて、皆、空のある一点を指さして騒いでいた。
ダルディンも何事かと、その方向を見た。
すると、七色に輝く美しい長い尾羽をはためかせ、大空から、南荒からリーユエンに付いて来た大鳳凰、アプラクサスが降り立った。
「やっと見つけた。乾陽大公、ミンもあなたと一緒にいるのかな?」
アプラクサスは、ダルディンの広い肩に止まり、尋ねた。
「久しぶりだな、アプラクサス、彼女なら、今、ハオズィたちと会議中だ。一緒に中へ入ろう」
大鳳凰を肩に止まらせたまま会議室へ入ると、リーユエンは驚いて立ち上がった。
「アプちゃん、久しぶりっ、」
嬉しそうに近寄ってくるリーユエンの姿を見たアプラクサスは、羽をバサッと広げ、嘴をあんぐり開け、叫んだ。
「ミンっ、どうしたんだ?髪が短くなってる、切ったのか?」
リーユエンは頷いた。
「切ったよ、邪魔だったから」
アプラクサスは気を取り直し、リーユエンの肩へ飛び移った。
「ゲオ陛下から、お手紙を預かったよ、王后とサンロージアからもある。ついでにザリエル将軍からも」と、いい、長い首元に下がる小さな袋を嘴で指した。
「大鳳凰に郵便配達を頼むなんて、何という罰当たりな」
ダルディンは、呆れて、頭を振った。
リーユエンは袋を首から外して、中身を取り出し、最初にゲオルギリー陛下からの手紙を開けた。
『あなたが去った王宮も後宮も、暖炉から火が消えた部屋のように活気が失くなった。
いつ戻ってきても歓迎する。王太子妃が嫌なら、大臣職いや、特別顧問でも用意する。
王太子と付き合うのが嫌なら、朕と付き合ってくれても良いぞ。
朕は大人の男だから、デミトリーのような雰囲気のない男とは違うぞ。
後宮が嫌なら、好きな場所に屋敷だって建ててやるし、何なら、領地も与えよう。
とにかく、戻ってきてほしい』
と、そこまで読み進んだところで、魔導術のかかった隠し文字の存在に気がついた。
呪文を囁き、紙面に隠された文字を起こした。
『玄武国から外交官が連絡を寄越した。
法座主は閉関し、地下の岩戸へ閉じ籠ったそうだ。
震・坎・艮の陽大公と、巽陰大公以外の離・兌・坤の間に怪しげな動きがある。
あなたの明妃位返上文書の内容が表に出てしまったそうだ。
金杖王国内に潜む玄武の間者の仕業であろうな。
(朕を疑わないでくれ。あなたが出ていった当てつけで内容をバラしたりはしない。黄金獅子は、名誉と秘密は必ず守るのだ)
あなたは、命を狙われるかもしれない。十分、用心しなさい。
追伸
ナイナイには、おまけをつけて七万デナリウス送金した。
では、東荒奥地の探検が、首尾よく行くことを祈っておる』
リーユエンは手紙を読み終えると、火呪文を唱えた燃やした。
(陛下は、何でもお見通しだ。油断も隙もならないお方だ)
その後、王后やサンロージア、ザリエル将軍からの手紙に目を通し、それら全てに返書を認め、アプラクサスに託した。
「アプちゃん、私は交易でしばらく遠方へ出かけます。
あなたは、南洋海の天候にしっかり気を配ってね。
この間、立ち上げた保険組合の成功は、あなたの力にかかっているのよ」と、激励した。
アプラクサスは頷いた。
「任せておいて、南洋海は、昔の穏やかな海に戻したし、
今後も、我がしっかり目を光らせておくから心配しないで、安心して出かければいいよ」」




