第4話 乙女の変身と、王都初のランウェイ
セシリアの勅命により、我々は王都ルミナステラの一等地に店舗を構えることになった。
元は貴族の別邸だったというその建物は、工房と売り場を兼ね備えた広々とした作りだ。
看板には、こちらの世界の言葉で【Trip Trap】の文字が掲げられた。
だが、店を開けただけで客が来るほど甘くはない。
「ランジェリー」という未知の概念を広めるため、俺たちはファッションショーを計画した。
カオリに一任していたモデルのスカウトが終わり、今日、その候補者たちが店にやってきた。
「社長、連れてきましたよ。磨けば光る原石ちゃんたちです」
カオリが自信満々に紹介したのは、二人の町娘だった。
一人は、パン屋の看板娘だというミナ。
栗色の髪を無造作に束ね、ダボッとしたエプロンを着けている。
もう一人は、花屋で働いているリリ。
小柄で可愛らしい顔立ちだが、自信なさげに背中を丸め、視線を泳がせている。
「あ、あの……モデルって、何をすればいいんでしょうか……? 私、ただパンを焼いてるだけで……」
「私なんて……人前に出るの、苦手で……」
不安げな二人。
だが、カオリの目は確かだった。
俺は二人の前に歩み出る。
「ようこそ、トリップ・トラップへ。私が代表のソウイチロウです。君たちには無限の可能性があります。私の『目』には、それがはっきりと見えていますよ」
俺はまず、ミナに向き合った。
(……ふむ。推定B88・W65・H90。骨格ストレート。豊かなバストの重みが肩にかかり、無意識に猫背になることでそのボリュームを隠そうとしているな。だが、大胸筋を支える『土台』さえ整えれば、彼女は王城のバラにも勝る大輪の花となる)
「ミナさん。君はその豊かさを恥じて、わざと体のラインを隠していますね?」
「っ!? な、なんでそれを……」
「もったいない。それは武器です。神が与えたギフト。我が社のランジェリーなら、いやらしさではなく、健康的な美しさとしてそれを昇華できるはずです」
次に、リリに向き合う。
彼女の問題は姿勢だ。
猫背のせいで胸が縮こまり、お腹が出て見えてしまっている。
「リリさん、少し背筋を伸ばしていただけますか?」
「は、はい……」
俺は彼女の背中に手を添え、優しく姿勢を矯正する。
その瞬間、埋もれていた鎖骨が浮き上がり、隠れていたウエストのくびれが現れた。
「素晴らしい。貴女は妖精のように可憐だ。自信をお持ちください」
俺の言葉に、二人の頬がポッと赤くなる。
カオリがニヤリと笑って俺に耳打ちした。
「さすが社長。たらし込むのがお上手で」
「人聞きが悪いですね。モチベーション管理と言ってください」
こうして、セシリアから派遣されたメイド二人、そして我が社のチサとユウを加えた計六名のモデルによる、特訓の日々が始まった。
◇
そして迎えた決戦の日。
王都中央広場には、カオリが手配した吟遊詩人たちが人を集め、特設の木製ステージ――ランウェイが組まれていた。
噂を聞きつけた貴族の馬車も遠巻きに停まっており、平民から騎士まで、何が始まるのかとざわめいている。
「さあ、ショータイムです。音楽、スタート!」
俺の合図で、軽快なリュートの音色が広場に響き渡った。
MCを務めるカオリが、仕立ての良いスーツ姿でステージに登場する。
「王都の皆様、ごきげんよう! 本日は、貴女の人生を変える『魔法』をお見せしましょう」
【第1部:変身の魔法(町娘)】
音楽が変わり、少しぎこちない足取りで、ミナとリリが登場した。
観客がどよめく。
普段の彼女たちを知る者ほど、その衝撃は大きかった。
「おい、あれパン屋のミナか? あんなにスタイル良かったっけ?」
「歩くたびに、胸のラインが揺れずに美しく保たれている……。魔法か? 重力を操る魔法なのか!?」
観客がどよめく。
ただ姿勢が良くなっただけではない。
ランジェリーによって肉が適切な位置へと誘導され、女性本来の「黄金比」が剥き出しになっているのだ。
「あの猫背のリリが……堂々として、まるで貴族の令嬢みたいだ……」
彼女たちが着ているのは、下着ではない。その上に羽織った、シンプルなワンピースだ。
だが、そのシルエットは劇的だった。
高いバスト位置、引き締まったウエスト。
二人がステージ中央で恥ずかしそうにターンすると、スカートの裾から、見たこともない繊細なフリルがチラリと覗く。
「おおっ!」
観客から歓声が上がる。
全部見せるのではない。
「服の下に、何か凄いものを着ている」と想像させる。
これこそが俺の狙いだ。
【第2部:洗練の極み(城のメイド)】
続いて、王城のメイド二人が登場する。
彼女たちは制服をアレンジしたタイトなドレスを纏い、訓練された美しい所作で歩く。
動くたびに強調されるS字ラインの美しさに、今度は女性客たちがため息を漏らした。
「なんて綺麗な姿勢……。あの方たちが着ている『下着』を着ければ、私もあんな風になれるのかしら?」
【第3部:異世界のミステリー(チサ・ユウ)】
そして、トリを飾るのは我が社の美女たちだ。
音楽が、重低音の響くエキゾチックな曲調へと一変する。
観客の期待が、物理的な熱量となって広場に充満した。
まずは、デザイナーのチサ。
深いスリットが入った真紅のガウンを羽織り、目力を強調した異国の化粧で妖艶に微笑む。
彼女がステージ先端で立ち止まり、観客を誘うように指先を唇に当てた瞬間――。
バサリ……ッ!
計算し尽くされた仕草で、ガウンが滑り落ちる。
露わになったのは、陶器のような白い肌を暴力的なまでに際立たせる、漆黒のレース。
チサがデザインしたそのランジェリーは、胸元の肉を中央へと完璧に集約し、溜息が出るほど深い「聖域」を作り上げていた。
「う、うぉぉぉ……!!」
「魔法だ! あんなに豊かなラインが、揺れることなく美しく保たれているなんて!」
欲望に忠実な男たちの叫びと、その機能的な美しさに目を奪われた女性たちの感嘆が混ざり合う。
チサは観客に悪戯っぽくウィンクを投げ、最高のプロポーションを刻みつけるようにターンを決めた。
熱狂が冷めやらぬ中、続いてパタンナーのユウが登場する。
深い藍色のガウンをまとい、表情一つ崩さず、氷の女王のような冷徹な美を漂わせて歩く。
彼女の美しさは「静」。
一歩ごとに、ユウの完璧な脚線美がランウェイに刻まれる。
彼女はステージ中央で立ち止まると、ゆっくりと、しかし確かな誘惑を込めてガウンの裾を翻した。
「……ッ!?」
一瞬、広場が静まり返った。
ガウンの隙間から覗いたのは、精密な計算によって設計されたガーターベルト。
しなやかな太腿を締め付ける黒いベルトの、わずかな「食い込み」――。
その絶妙な段差が、肉体の柔らかさと機能的なエロティシズムを、これ以上ないほど鮮烈に強調していた。
ドォッッッ……!!
直後、広場を揺らすほどの爆発的な歓声が沸き起こる。
興奮して鼻血を出す若者、身を乗り出す貴族、そして「あのベルトを自分も試したい」と目を輝かせる女性たち。
ユウは騒乱に動じることなく、ステージ袖の俺へと視線を向けた。
一瞬だけ緩んだ彼女の口元が、「……社長、これで満足?」と告げているようだった。
この瞬間、ロズタリア王国の歴史に、消えることのない「美の衝撃」が刻み込まれたのだ。
カオリが再び声をあげる。
「……いかがでしたでしょうか。彼女たちの美しさを支えているのは、全て魔法ではなく、我が社の『ランジェリー』なのです。ただいまより、こちらの店舗にて販売を開始いたします。さあ、次は貴女が、この魔法にかかる番です――」
カオリが店舗の方向を指し示すと同時に、人の波が雪崩を打って動き出した。
「見に行こう!」
「私も欲しい!」
「俺の妻にも着せたい!」
大混乱と大盛況の幕開けだ。
俺は額の汗を拭い、満足げに頷いた。
「社長、大成功ですね!」
「そうですね。ですが、まだ終わりじゃありませんよ」
俺は興奮冷めやらぬまま舞台裏に戻ってきた、ミナとリリに視線を向けた。
二人は高揚感で頬を紅潮させ、俺を見て潤んだ瞳を向けている。
「ソウイチロウさん……私、あんなに見られるなんて……」
「心臓が、まだドキドキして止まりません……」
その無防備な表情。
ランウェイという非日常の高揚感が、彼女たちの理性のタガを少しだけ緩めているようだ。
「二人とも、素晴らしかったですよ。ですが……まだ少し、ポージングに硬さがありましたね」
俺は二人の肩に手を回し、耳元で囁いた。
「この後、店舗の奥のVIPルームにお越しください。もっと貴女たちの魅力を引き出すための……『特別指導』をして差し上げます」
俺の指先が、二人の緊張で硬くなった肩を優しく解きほぐす。
(さて、原石を磨き上げる時間だ。……今夜は少し、熱心な講義になりそうですね)
二人は顔を見合わせ、逃れられない獲物のように、しかし熱っぽい溜息と共に深く頷いた。




