第29話 ブレザーの大革命と、美しき四人の新ジョブ
馬車が王立ルミナス貴族女学院の重厚な正門をくぐった時、講堂の方向からはすでに不穏な怒号が響いていた。
ユウとミサキを伴い、俺は急ぎ足で大講堂の回廊へと向かう。
昨夜、チサとカオリから送られてきた緊急連絡――『本日、理事長のヴァルガス伯爵主導による全校査問集会が開かれる』という報せを受け、俺たちは王城から馬車を飛ばしてきたのだ。
大講堂の扉をわずかに開けると、壇上には信じられないほど神々しい光景が広がっていた。
「――皆様、お静まりなさい!」
壇上に立っていたのは、生徒会長――セレスティーナ・ヴィクトワール・シルフィードだった。
彼女が纏っているのは、何百年と続いてきたあの分厚い白ウールローブではない。
チサが魂を込めて染め上げた『ミッドナイト・ネイビー』のブレザーと、揺れるプリーツスカート。そして胸元には、アメジストの瞳を際立たせる『ロイヤル・ボルドー』のリボン。
中には、俺とユウが仕立てた『ファーストブラ』が着用され、彼女の豊かなバストを気品ある美しい上向きのラインへと導いている。
姿勢は凛と伸び、陶器のような白い肌が発光しているかのように透き通って見えた。
客席を埋め尽くす数百名の女生徒たちから、「美しい……」「あのお姿こそ、真の気品……!」と、割れんばかりの歓声とため息が漏れている。
「見て、あの上着の色……! セレスティーナ様の白銀の髪と肌が、まるで光を浴びたように白く透き通って見えるわ!」
「ただの紺色じゃない……! 肌の色に合わせて、一番美しく映える色を計算して染め上げられているんだわ……!」
人の肌や髪の個性に調和する色――チサが魂を込めて持ち込んだ『パーソナルカラー』の魔術が、教養ある貴族令嬢たちの審美眼を瞬時に撃ち抜いたのだ。
だが、壇上の貴賓席から、真っ赤な顔で立ち上がった巨漢の貴族がいた。
女学院の理事長を務める保守派の重鎮――ヴァルガス伯爵だ。
「ええい、黙らんかッ! セレスティーナ様、シルフィード公爵家の至宝たる貴女が、そのような肌を晒す破廉恥な平民の服を身に纏うなど……当学院の歴史と格式への冒涜ですぞ! 即座にその不届きな衣装を脱ぎ捨て、元の純白のローブに戻りなさい!」
ヴァルガス伯爵が手にした杖を激しく床に叩きつける。
だが、その怒号を遮るように、壇上の袖から白衣を優雅に翻した美女が歩み出た。
「あら……伝統を守ることと、生徒たちの健康を損なうことは別問題ではありませんこと? 理事長」
カオリだ。
タイトスカートから伸びる美脚を一歩踏み出し、妖艶な笑みを浮かべながらヴァルガス伯爵を見据える。
「貴方がたが強要してきた硬いコルセットと重いローブによって、毎日のように少女たちが酸欠と成長痛に苦しみ、保健室へ運び込まれていた事実……。こちらの詳細な診断カルテを、セシリア陛下と保護者の皆様へ提出してもよろしくて?」
「ぐっ……な、何を小娘が……!」
「それだけではありませんわ」
カオリは目を細め、静かに距離を詰めた。
その瞬間、彼女の全身から、あの夜に芽生えた深く澄んだ青い気配が静かに立ち上ったのを、俺の目は見逃さなかった。
相手の深層心理と欲望を掌握する、圧倒的な交渉人の覇気。
「ヴァルガス伯爵。貴方が頑なに制服の変更を拒む本当の理由……それは、旧制服のウール生地を一手に納入している、ご自身の親族が営む織物商会へのキックバックを守るためですわね?」
「なっ……ななな、なぜそれを……ッ!?」
「ふふ、調べがついておりますのよ。……ですが、私は貴方を断罪したいわけではありませんわ」
カオリは甘く囁くように微笑み、一枚の契約書を差し出した。
「我が『トリップ・トラップ』の新型制服の量産にあたり、貴方の商会に専用の生地管理と流通を一任する契約をご提案いたします。……生徒たちの命を救った『名理事長』としての名声と、新たな利権。……どちらがお得か、賢明な貴方ならお分かりになりますわよね?」
「う……ぐ……っ!」
完璧な急所の把握、逃げ場のない論理、そして男の欲望を刺激する甘い罠。
ヴァルガス伯爵は脂汗を流しながら、膝から崩れ落ちるようにして契約書を受け取った。
「ぜ、全校生徒への……新制服およびファーストブラの導入を……許可、する……」
「「「きゃああああっ!!」」」
大講堂が、少女たちの地鳴りのような大歓声で揺れた。
古い悪習の打破と、美の解放。
チサとカオリが仕掛けた潜入ミッションは、これ以上ない大勝利で幕を閉じたのだ。
◇
査問集会が終わり、生徒たちの熱狂が冷めやらぬ夕暮れ。
学院の中庭で合流したチサとカオリは、駆けつけた俺たちを見て満面の笑みを浮かべた。
「社長! ユウちゃん、ミサキさん! 見てくれた!? ウチらの完全勝利っしょ!」
「ええ、実に見事でしたよ。お二人とも、本当によくやってくれました」
俺が労うと、カオリがふと、顎に指を当てて首を傾げた。
「……ところで社長。一件落着したところで、少し気になることがございますの」
「気になること、ですか?」
「ええ。実はここ数日……チサちゃんが布を染めている時や、私が相手の心理を読み解いて交渉している時、身体の奥から『不思議な熱感』が湧き上がってくるのです。……まるで、頭の中に思い描いた色や相手の感情が、そのまま現実の力になって溢れ出すような……」
「あ、それウチも! なんか手から赤い光の波紋が出て、染料が勝手に思い通りの色になっちゃったの! あれって何だったの、社長?」
チサとカオリの言葉に、ミサキとユウが顔を見合わせた。
ミサキが眼鏡の位置を直し、静かに口を開く。
「……お二人とも。それはおそらく、以前私とユウさんが診断を受けた、この世界の理――『ジョブの覚醒』の兆候ですわ」
「えっ!? でも、ジョブってギルドで手続きして初めてもらえるものなんじゃ……?」
「その疑問を確かめに参りましょう」
俺は二人を促し、王都のメインストリートにある『職業ギルド総本部』へと馬車を向けた。
◇
白亜の大聖堂のような職業ギルド総本部。
出迎えてくれたのは、以前ミサキたちを担当した登録管理官のクラリスだった。
「ようこそ、トリップ・トラップの皆様。本日はチサ様とカオリ様の適性確認ですね」
クラリスがカウンターに置いた二枚の半透明な魔導紙に、チサとカオリが手を重ねる。
次の瞬間――。
チサの手元からは、目の覚めるような鮮烈な【赤】が溢れ出し、幾重にも重なる力強い【波紋】となって外へと広がった。
そしてカオリの手元からは、深海のように濃密な【青】が染み出し、内側で美しく渦を巻く【螺旋】を描いたのだ。
「……やはり、素晴らしい魔力密度です」
クラリスは感嘆の声を漏らし、二人の疑問に対して穏やかに微笑んだ。
「お二人が学院で体験された不思議な感覚……それは間違いなく、ご自身の魂に眠る適性が極限の集中によって引き出された『自然覚醒』の現象です」
「自然覚醒……?」
「ええ。通常、人々は幼少期にギルドで診断を受け、決められた手順を踏んでジョブを定義していきます。ですが……何千、何万人に一人という極めて稀な才気を持つ者は、強い情熱や修羅場において、ギルドでの登録手続きよりも先に、才能そのものが勝手に目覚めてしまうことがあるのです」
「……なるほど。二人のパッションとプロとしての執念が、この世界の理すらも先回りしてしまったわけですね」
俺が納得して頷くと、クラリスは大辞典を開き、二人に相応しい最高のジョブを提示した。
「チサ様は、イメージした色彩を寸分の狂いもなく再現する【魔導意匠士】。そしてカオリ様は、相手の深層心理を掌握し契約を導く【契約執行官】。……お二人とも、すでにその力を現場で完璧に行使されていますわ」
「ウチが……魔導意匠士!」
「私は……契約執行官、ですのね」
銀板のギルド証を受け取った二人の瞳に、新たな自信の光が宿る。
ユウの【魔導機工師】、ミサキの【調律師】、そしてチサとカオリの新たな力。
「さあ、皆さん」
俺は頼もしい四人の美女たちを見渡し、紳士的な笑みを浮かべた。
「役者はすべて揃いました。……世界中の女性たちを美しく解放する我らの航海、ここからが本当の幕開けですよ!」
「「「「はいっ、社長!!」」」」
四人の澄んだ声が、夕暮れのギルドに力強く響き渡った。
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