第28話 奇跡の魔導調色と、生徒会長のファーストブラ
夜の王立ルミナス貴族女学院、保健室。
消灯時間を過ぎ、静まり返った医務室の奥――カオリさんの私室を兼ねた準備室に、あたしたちは潜んでいた。
デスクの上には、カオリさんが昼間から集めた生徒たちの詳細な採寸カルテと、あたしが教室で聞き出した同世代の女の子たちの生々しい要望が、所狭しと広げられている。
「……ふぅ。社長への状況報告と採寸データの送信は、暗号通信で無事に完了したわ。社長とユウちゃんが、王都の本店工房で『ファーストブラ』の型紙とベース素材の仕立てに入ってくれているはずよ」
白衣を脱いでソファに腰掛け、温かい紅茶を口にするカオリさん。
大人の色気を漂わせながらも、その表情には昼間の激務と、生活指導のガートルード先生を手玉に取った疲れが微かに滲んでいた。
「お疲れ、カオリさん。ガートルード先生を論破したって聞いた時はマジでビビったわ」
「ふふ、あのお堅い先生も、一人の悩める女性でしたもの。……でもチサちゃん。下着のベースを社長たちに任せるとしても、一番大事な『制服のデザインと色決め』は、現場にいる貴女のセンスにかかっているわよ?」
「……うん。わかってる」
あたしは床に広げたスケッチブックと、王都から持ち込んでいた魔導染料の小瓶を見つめ、ギュッと唇を噛み締めた。
そう、形はあたしが着てきたブレザー『スクール・プリンセス』をベースにすればいい。
だけど、あたしがどうしても妥協できない『最大の壁』がそこにあった。
「……ダメだ。全然しっくりこない……!」
「どうしたの、チサちゃん? ブレザーの評判は、昼間の教室でも絶賛だったじゃない」
心配そうに覗き込んでくるカオリさんに、あたしは染料で汚れた指先を突き出して訴えた。
「デザインの形自体はいいの! 問題は『色』なのよ、カオリさん!」
「色……?」
「そう! あの子たちさ、みんな髪の色も瞳の色も、肌のトーンも全然違うじゃん! セレスティーナ様みたいな白銀の髪に陶器みたいな色白肌の子もいれば、琥珀色の瞳の活発な子もいるし、日焼けしやすい健康肌の子もいるんだよ!?」
あたしは昼間、教室で詰め寄ってきたクラスメイトたちの顔を、一人ひとり思い返していた。
「元の世界には『パーソナルカラー』ってのがあってさ。一人ひとりの生まれ持った肌や髪の色に合わせて、一番可愛く見える絶妙な色があるの。……なのに、この世界の染料って、原色の青とか赤とか、くすんだ茶色ばっかりじゃん!」
あたしは手元の調色皿を悔しそうに睨みつけた。
どんなに混ぜ合わせても、色が濁ってくすんでしまう。
「単一の暗い紺色で染めても、肌がくすんで見えちゃう子が出てくるの! ……あの子たち、自分の体型にも自信が持てなくて、古い校則に縛られて、ずっと暗い顔で我慢してきたんだよ!? せっかく新しい制服を着るなら、袖を通した瞬間に『あたし、世界で一番可愛い!』って心から笑えるような、最高に肌が透き通る『絶妙なニュアンスカラー』にしてあげたいのに……っ!」
ポロリと、あたしの目から悔し涙がこぼれ落ちた。
ただ目立ちたいんじゃない。
この窮屈な花園に閉じ込められている女の子たちを、誰よりも可愛く、誰よりも自信に満ちた笑顔にしてあげたい。
その一心だった。
「チサちゃん……」
カオリさんが優しく歩み寄り、あたしの頭をそっと抱きしめてくれた。
甘い香水の香りと、大人の温もりが包み込んでくれる。
「貴女のその想い、本当に素敵よ。……大丈夫。貴女が心の中に描いている『最高の色』を、信じてぶつけてみなさい」
「……うん! あたし、あの子たちを絶対に変えてみせる!」
あたしは涙を拭い、作業机に並んだ魔導染料の壺へと向き直った。
攪拌棒を握りしめ、ギュッと目を閉じる。
(……もっと透明感のあるネイビー! 夜空の深みと、朝焼けの光を混ぜたような、あの子たちの肌を一瞬で白く発光させる色……! そしてリボンには、気品と情熱を閉じ込めた、とびきり鮮やかなワインレッド……!)
強く、強く、魂の底から願った、その瞬間だった。
――ドクンッ!!
胸の奥底で、心臓が跳ね上がるような強烈な熱感が爆発した。
「……えっ!?」
あたしの手のひらから、鮮烈な【赤い光】が溢れ出したのだ。
それは内側に留まることなく、水面に落ちた雫のように、幾重にも重なる力強い【波紋】となって、あたしの身体の外へと広がっていく。
(な、何これ……身体が熱い……! 指先から、光が……!?)
ギルドでの診断を受けていないあたしには、その正体なんて分からない。
だけど、その【赤く熱い光】と【波紋の魔力】が、あたしが触れていた魔導染料の壺へと吸い込まれた瞬間――奇跡が起きた。
ドロリと濁っていたはずの染料が、あたしの放つ光と共鳴し、シュワシュワと微小な光の泡を吹き上げ始めたのだ。
染料の粒子が信じられない細かさで溶け合い、あたしの頭の中にあったイメージと完全に同調するように、みるみるうちに神秘的な発色へと変化していく。
「嘘……染料が、あたしの頭の中の色と……同じになっていく……!?」
あたしは夢中で、持参していた最高級シルクコットンの生地をその壺へと浸した。
引き上げられた布地は――息を呑むほど美しかった。
光の角度によって深海のように濃く、月光のように艶やかに透き通る、異次元の『ミッドナイト・ネイビー』。
続いて染め上げたリボンのシルクは、ルビーの原石を溶かし込んだかのような、瑞々しく気品に満ちた『ロイヤル・ボルドー』へと染め上がっていた。
「……すごいわ、チサちゃん。布の繊維の奥まで、色素が完璧に溶け込んで発光している……」
カオリさんが目を丸くして感嘆の声を漏らす。
あたし自身も、自分の手と染め上がった布を交互に見つめ、驚きで口が塞がらなかった。
「……え、あたし、今……何やったの!? なんか、頭の中で考えた色が、そのまま出ちゃったんだけど……!?」
「ふふ、貴女のデザイナーとしての情熱が、奇跡を起こしたのね」
カオリさんが妖艶に微笑み、あたしの肩を抱いた。
「さあ、最高の色が生まれたわ。これを転移通信で王都の社長たちへ送りましょう。……明日の放課後、この保健室で、セレスティーナ様たちを招いた『秘密の試着会』を開くわよ!」
「……うんっ!!」
あたしは力強く頷いた。
あの子たちを窮屈な呪縛から解き放つ、あたしたちの『美の革命』が、いまこの女学院の片隅から始まろうとしていた。
◇
カオリさんが暗号通信魔導書を通じて、あたしが染め上げた奇跡の生地サンプルと最終デザイン画を王都本店へと送信した。
すると、深夜にもかかわらず、社長とユウちゃんから即座に返信が届いた。
『――素晴らしい色ですね、チサさん。貴女の熱い魂が、この生地を通してこちらまで伝わってきます。パターンとベースの仕立てはすでに完了しています。これより、送られてきた色彩データをもとに、至高の一着を一晩で縫い上げましょう』
そして翌日の放課後。
夕日が差し込む保健室の転移棚に、王都の工房から厳重に封をされた黒塗りの衣装箱が、音もなく転移してきたのだ。
「……届いたわね」
カオリさんが妖艶な笑みを浮かべ、箱の留め金を外す。
中には、ユウちゃんが神業のミスリルバサミで裁断し、社長が魂を込めて仕立て上げた、出来立てホヤホヤの『新作ブレザー制服』と『思春期用ファーストブラ』が収められていた。
――トントントン。
約束の時間ちょうどに、控えめなノックの音が響いた。
カオリさんが鍵を開けると、周囲を警戒しながら足早に滑り込んできたのは、白銀の髪を揺らす生徒会長――セレスティーナだった。
「お待たせいたしました、カオリ先生。……それに、チサさん」
「いらっしゃい、セレスティーナ様。……さあ、貴女の身体を救うための『奇跡の一着』が届きましたわ」
カオリさんに促され、セレスティーナはごくりと喉を鳴らした。
あたしは箱から純白の『ファーストブラ』を取り出し、彼女の前に広げて見せた。
「セレスティーナ様、まずはこれに着替えてみて。硬いワイヤーも革の拘束帯も一切ナシ。成長期のバストを優しく包み込んで、揺れと重みを背中全体に逃がす特製インナーだから」
「こ、これが……下着……? 羽毛のように軽くて、柔らかいわ……」
セレスティーナは震える手で重たい白ウールローブを脱ぎ捨て、薄絹のシュミーズ姿になった。
あたしとカオリさんの二人がかりで、彼女の推定Eカップの豊かなバストを、優しくファーストブラの中へと収めていく。
「あ……っ♡」
ホックが留められた瞬間、セレスティーナの口から甘い吐息が漏れた。
「す、すごい……! 全く苦しくないのに、胸がしっかりと持ち上げられて……走っても全然揺れない……! あんなに痛かった肩の重みが、嘘みたいに消えていくわ……っ」
「ふふ、本番はここからよ。……さあ、チサちゃんが貴女のために命懸けで色を染め上げた、新しい制服を着てみて」
カオリさんが衣装箱から、濃紺のブレザーとチェックのプリーツスカートを取り出した。
あたしが調色した『ミッドナイト・ネイビー』の生地が、夕日の光を浴びて深海のように艶やかに発光している。
セレスティーナがブラウスに袖を通し、胸元に『ロイヤル・ボルドー』のリボンを結び、最後に仕立て立てのブレザーを羽織る。
そして――彼女がおずおずと、姿見の前に立った。
「……っ!?」
鏡の前に立った瞬間、セレスティーナは息を呑み、両手で口元を覆って絶句した。
そこに映っていたのは、分厚い白ウールローブに押し込められていた、陰鬱で疲れ切った少女ではなかった。
ウエストラインがキュッと引き締まり、豊かなバストが気品ある上向きのラインを描いている。
何より――あたしが魂を込めて染め上げたミッドナイト・ネイビーの深い色合いが、彼女の白銀の髪と陶器のような白い肌を、まるで発光しているかのように透き通って見せていた。
首元の真紅のリボンが、彼女のアメジストの瞳を宝石のように輝かせている。
「これ……が……私……? 嘘でしょう……? こんなに……こんなに美しくなれるなんて……っ」
セレスティーナの大きな瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、ブレザーの胸元を濡らした。
「重くない……痛くもない……。それどころか、鏡を見るのが……こんなに嬉しいなんて……生まれて初めてですわ……っ!」
涙を流しながら、少女のように無邪気にスカートを揺らし、くるりと回るセレスティーナ。
その満面の笑顔を見た瞬間、あたしの胸の奥が熱く震え、視界が滲んだ。
「……でしょ? あたしが染めた色、アンタに世界一似合ってるじゃん!」
あたしが鼻をすすりながらニッと笑うと、セレスティーナはあたしの手を取って、強く、強く握りしめてきた。
「ありがとう、チサさん……カオリ先生。……私、もう迷いませんわ」
涙を拭ったセレスティーナの瞳には、シルフィード公爵家の至宝たる、凛とした強い覇気が宿っていた。
「明日は、理事長のヴァルガス伯爵や保守派の貴族たちが勢揃いする『全校査問集会』。……私自らこの制服を身に纏い、壇上に立って生徒会長として宣言いたしますわ。古い悪習を打ち砕き、すべての生徒たちを解放する……『制服改革』の始まりを!」
「ええ。最高の舞台を用意して差し上げますわ」
カオリさんが不敵に微笑み、あたしも拳を天高く突き上げた。
女学院を牛耳る頑固な権力者たちとの全面対決。
あたしたち『トリップ・トラップ』が仕掛ける、学園の歴史を揺るがす大革命の幕が、ついに上がろうとしていた。
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