第26話 生徒会長の号泣と、保健室ベッドの解放
「……ふぅ。これは思っていた以上に、深刻な『被害』ですわね」
王立ルミナス貴族女学院、保健室。
私は白衣の袖を少し捲り上げ、デスクの上に並んだ相談記録の羊皮紙を見つめながら、静かに紅茶のカップを傾けた。
セシリア様の計らいによって、私は『臨時の養護教諭』兼『服飾アドバイザー』としてこの学院に着任したわけだけれど……朝からこの部屋の扉を叩く生徒たちの列は、途切れることがなかった。
もちろん、硬いウールローブによる肌荒れや、コルセットの締め付けによる酸欠といった身体的な不調もある。
けれど、それ以上に彼女たちの心を蝕んでいたのは――誰にも打ち明けられない『メンタル面の被害』だった。
名門貴族の家柄、厳格な両親からの「常に清純で完璧であれ」という過剰な期待。
伝統と格式を盾に、生徒の身体の悲鳴に耳を傾けようとしない頭の固い教師たち。
そして、思春期を迎えて急激に変化していく自身のバストや体型に対する戸惑いと、同級生同士の陰湿なマウント合戦――。
『先生……私、最近胸が膨らんできて……男子生徒からの視線が怖くてたまらないんです。でも、お母様に相談したら「ふしだらなことを気にするな」と叱られてしまって……』
『友達はみんな華奢なのに、私だけ太って見えて……。ご飯を抜いて、さらしを強く巻いていたら、授業中に涙が止まらなくなって……』
保健室のベッドに腰掛け、私の前でぽろぽろと涙をこぼす少女たち。
親にも、担任にも、友人にも言えない。
誰にも弱みを見せられない閉鎖的な花園で、彼女たちは「自分の身体が大人になっていくこと」への強い恐怖と自己嫌悪に怯えていたのだ。
「大丈夫よ。貴女の身体が成長しているのは、ちっとも恥ずかしいことでも、ふしだらなことでもありませんわ」
私は彼女たちの冷えた手を両手で優しく包み込み、大人の女性として、そして一人の味方として、彼女たちの痛みをすべて肯定してあげた。
「それは神様がくれた、貴女が素敵な大人の女性へと咲き誇るための準備期間。……無理に隠さなくてもいい方法を、私と一緒に探していきましょうね?」
私の言葉に、張り詰めていた糸が切れたように泣きじゃくる生徒たち。
背中を優しくさすり、温かいハーブティーを飲ませてあげるだけで、彼女たちの強張った表情はみるみるうちに解けていった。
クライアントの隠された本音や深層心理を読み解いてきた私の営業経験。
それが図らずも、傷ついた思春期の少女たちにとって、最高の「心のシェルター」として機能したようだ。
着任してたった数日にして、保健室は「どんな秘密の悩みも優しく受け止めてくれる、美しくて頼れるカオリ先生の部屋」として、生徒たちの間で爆発的な人気スポットとなっていた。
(……チサが教室で『可愛い制服』の夢を見せ、私がここで『心のケアと正確な採寸データ』を集める。ふふ、潜入作戦としては上々の滑り出しですわね)
ソウイチロウ様がこのデータを見たら、どんな顔をするかしら。
そんなことを考えて口元を綻ばせていた、放課後のことだった。
――トントントン。
他の生徒たちが寮や部活動へと戻り、静まり返った夕暮れの保健室。
ノックの音は驚くほど小さく、まるで誰にも気づかれたくないかのように、遠慮がちに響いた。
「はい、どうぞ。鍵は開いていてよ」
私が声をかけると、重厚な扉がわずかに開き、すっと滑り込んでくる人影があった。
周囲の廊下を警戒するように何度も振り返り、人目を忍んで入ってきたその人物は――。
腰まで届く見事な白銀のストレートヘアに、アメジストのように澄んだ紫の瞳。
今日、教室でチサと一触即発の舌戦を繰り広げたと噂の、学院の生徒会長にして筆頭令嬢――セレスティーナ・ヴィクトワール・シルフィードその人だった。
「……失礼いたします、カオリ先生」
昼間の凛とした威厳はどこへやら。
彼女は分厚い白ウールローブの胸元をぎゅっと掻き抱き、恥じらいと不安に揺れる瞳で、私をおずおずと見つめていたのだ。
「……セレスティーナ様。ようこそ、保健室へ」
私は静かに立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべて彼女を迎え入れた。
学院の規律を司る生徒会長であり、名門シルフィード公爵家の至宝。
昼間、教室でチサの挑発に頬を染めていた彼女が、誰もいなくなった夕暮れの保健室を一人で訪れた意味を、私は瞬時に察していた。
「あ……あの、カオリ先生。その……本日は、生徒会長として、新しく着任された先生にご挨拶を……」
「ふふ、そんな建前は不要ですわ。ここは、誰の目も届かない場所。……ずいぶんと肩がお辛そうね?」
私が優しく告げると、セレスティーナの肩がビクリと跳ねた。
彼女は白銀の髪を揺らしながら、きつく結んだ唇を震わせる。
「……気づいて、おられたのですか」
「ええ、もちろん。一目見れば分かりますわ。……さあ、こちらへ。ベッドに腰掛けて、少しお話しいたしましょう」
私は彼女の手を取り、優しくエスコートした。
触れた指先は氷のように冷たく、極度の緊張と身体の痛みに耐え続けてきたことが手に取るように伝わってくる。
ベッドの端に腰掛けたセレスティーナは、分厚い白ウールローブの胸元を強く握りしめ、消え入りそうな声でぽつりぽつりと話し始めた。
「私……ずっと、怖かったのです」
紫のアメジストのような瞳から、大粒の涙がぽろりとこぼれ落ちる。
「公爵家の娘として、生徒会長として……誰よりも完璧で、清純でなければならないと教え込まれてきました。……ですが、ここ一年で、急に身体が……胸が大きくなってしまって。合同演習で顔を合わせる男子校の生徒たちや、社交界での殿方の卑しい視線が怖くて、嫌悪感で吐き気がして……」
セレスティーナは自嘲気味に口元を歪めた。
「母に相談しても『シルフィードの女がそのようなふしだらな悩みを口にするな』と一蹴され……。私は、伝統の革コルセットを限界まで締め上げ、胸を押し潰すしかありませんでした。そうしなければ、自分が『汚らわしい存在』になってしまうような気がして……」
「……汚らわしいだなんて、とんでもないわ」
私は彼女の隣に腰掛け、細い肩をそっと抱き寄せた。
香水と、若々しい乙女の微熱が混ざり合った香りが鼻腔をくすぐる。
「貴女の身体の美しさは、神様が授けてくださった祝福。誇るべきものであって、決して恥じることではありませんわ」
「で、でも……息が苦しくて、魔術の訓練でも集中できなくて……。今日、あの平民のチサに言われたのです。『アンタが一番、死にそうな顔をしてる』と……っ。悔しくて、でも……図星で……っ」
ついに感情が決壊したように、セレスティーナは私の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
厳格な家柄の呪縛、周囲の期待、そして誰にも相談できなかった思春期の孤立。
張り詰めていた心の糸が、大人の温もりの中で完全にほどけていく。
「よく一人で耐え抜きましたわね、セレスティーナ様。……もう、自分を痛めつけるのはおやめなさい」
私は優しく背中を撫でながら、彼女のローブの留め具に指をかけた。
「まずはその重たい鎧を脱いで、本当の貴女を解放してあげましょう。……私にお手伝いさせてくださる?」
「……っ、はい……」
セレスティーナはおずおずと頷き、身を委ねてきた。
私がローブを脱がせると、露わになったのは、幾重にもきつく締め上げられた骨董品のような革コルセットだった。
締め付けられた肌は赤く鬱血し、肋骨の形に沿って痛々しい痕が残っている。
「失礼しますわね」
コルセットの背紐を緩めていく。
最後の結び目が解かれた瞬間――パチン、と乾いた音が響き、長年封じ込められていた推定Eカップの見事なバストが、解放感と共にふわりと弾けた。
「あ……っ、はぁ……っ!」
セレスティーナが大きく息を吸い込み、甘い吐息を漏らす。
「ふふ、まだ準備運動ですわ。……少し冷たいですからね」
手のひらで温めた特製オイルを、白磁のような素肌へと滑らせる。
「ひゃぅっ!? せ、先生……手つきが……っ」
「力を抜いて。……ここ、ずっと痛かったのでしょう?」
私の指先が、圧迫で固まっていた鎖骨下からバストサイドのツボを優しく押し込む。
「んぁっ……! あ……そこ、じんじんして……頭がおかしくなりそう……っ♡」
「ええ、血が巡り始めた証拠よ。……貴女の胸は、とても豊かで誇らしい形をしていますわ。押し潰すのではなく、優しく支えてあげれば、ほら……こんなにも柔らかい」
指先で下からすくい上げるように形を整えるたび、セレスティーナの華奢な身体がビクンと震える。
「わ、私の胸が……素晴らしい……? こんな……優しく触られたの、生まれて初めてです……っ♡」
冷徹だった生徒会長の仮面は完全に溶け落ち、潤んだ瞳で私にすがりつく可憐な少女へと変わっていた。
(……ふふ、ソウイチロウ社長が仰っていた通りね。思春期のファーストブラと、身体を圧迫しないブレザー制服……。この子たちの救いとなる新商品は、確実にこの学院を、そして王国を変えるわ)
私が確かな手応えを感じていた、その時だった。
――バァァァンッ!!
静寂を破り、保健室の扉が乱暴に蹴破られるようにして開かれたのだ。
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