第25話 ミニスカギャルJKと、締め付けられた生徒会長
「……いやマジで、何これ? ギャグ?」
王立ルミナス貴族女学院の更衣室。
あたしは手渡されたばかりの『伝統の制服』とやらを両手に持ち、これ以上ないほど顔を引きつらせていた。
セシリア陛下の根回しで、あたしは「特待生の編入生」、カオリさんは「臨時の保健室の先生」として潜入することになったわけだけど……初っ端からとんでもない地雷を踏まされた気分だ。
試しに着てみたそれは、毛足の分厚いガチガチの白ウールローブ。
手触りはまるで使い古した絨毯みたいにゴワゴワで、重さはちょっとした甲冑レベル。
おまけに下着として着用を義務付けられた革のコルセットは、鉄板でも仕込んであるのかってくらい硬くて、肋骨がギチギチと音を立てて悲鳴を上げている。
「重っ! 暑っ! てか息できなっ! ウチの肋骨、今絶対に変な形に凹んでるんだけど!?」
鏡に映った自分の姿は、まるで『白い毛布を頭から被った雪だるま』だった。
くびれもへったくれもない寸胴シルエット。
首元は喉仏のギリギリまで詰まっていて窒息しそうだし、ウールが素肌にチクチク刺さって猛烈に痒い。
「無理無理無理! こんな拷問器具、一秒たりとも着てらんないっての! あたしのデザイナー生命とギャル魂が完全に死んじゃう!」
秒速でローブとコルセットを脱ぎ捨てたあたしは、ロズタリア本店の工房から持参していた『特製トランク』をバカンッと開けた。
こうなることを予想して、ユウちゃんに頼んで徹夜で仕立てておいた、あたしのオリジナル制服――名付けて『スクール・プリンセス(試作第一号)』の出番だ。
「制服ってのはさ……着た瞬間にテンションがブチ上がって、世界一可愛くなれる魔法じゃなきゃダメなんだよ!」
あたしは手早く着替えを済ませ、姿見の前でくるりとターンを決めた。
上着は、上品で深みのある濃紺のウール混紡生地を使ったショート丈の『ブレザー』。ウエストラインを程よく絞り込み、前を開けても閉じても上半身がすっきりコンパクトに見える絶妙なカッティングだ。
インナーには、肌触り抜群でストレッチ性の高い純白のシルクコットンブラウス。首元には、少しルーズに結んだ鮮やかな真紅のシルクリボンを合わせる。
そしてボトムスは――伝統の床まで引きずる重たい長スカートを真っ向から否定する、膝上十センチの『プリーツミニスカート』!
ネイビーをベースに、リボンと同色のボルドーの細いラインが交差するチェック柄。一歩踏み出すたびにひらりと軽やかに揺れて、健康的な太ももが惜しげもなく覗く。
足元はくしゅっとルーズに弛ませた純白のハイソックスに、ツヤツヤに磨き上げたダークブラウンのローファー。
仕上げに、金髪ツインテールの根元へリボンとお揃いのシュシュをあしらえば――異世界初となる、完璧な『美少女ギャルJKスタイル』の完成だ!
「よしっ! 鬼カワ! これならテンション爆上げで潜入捜査できるわ!」
◇
ガララッ、と重厚な木の引き戸を開けて教室に入った瞬間。
あたしを迎えたのは、時が止まったかのような完全な静寂だった。
「……え?」
「な、何なの、あの格好……」
「嘘でしょう……? スカートが……お膝の上まで見えて……!?」
教室内を埋め尽くす、分厚い白ウールローブを着込んだ名門貴族の令嬢たち。
全員が息を呑み、鳩が豆鉄砲を食らったような顔であたしを凝視している。
壇上に立っていた厳格そうな女性教師――生活指導主任のガートルードは、分厚い丸眼鏡をずり落としそうになりながら、持っていた教鞭をあたしへと突きつけた。
「あ、貴女ッ! 特待生として編入を許可されたチサと申す平民ですね!? な、何ですかその破廉恥極まりない恰好は! 当学院の歴史ある純白のローブはどこへやりました!」
「あー、先生? あれマジで重くて肩外れそうだったんで、更衣室のロッカーに置いてきました! こっちの方が動きやすいし、シルエットも断然盛れてて可愛くないですか?」
「へ、へ、平民風情が生意気を……ッ! 慎みを美徳とするルミナス女学院の校風を何と心得るのです! とんでもない問題児が紛れ込んできたものですわ……! 即座に更衣室へ戻り、正しい制服に着替えなさい!」
「えー、やだ。あんな息もできない毛布みたいなの着てたら、授業中に酸欠で倒れちゃいますし」
あたしがあっけらかんと答えると、教室内の令嬢たちから「ひっ……!」「あのガートルード先生に口答えするなんて……」と、波のようなざわめきが広がった。
結局、セシリア陛下からの特待生推薦状という『王室の圧力』が効いていたおかげで即刻退学処分こそ免れたものの、あたしは初日から教師たち全員のブラックリストに叩き込まれ、要注意人物として教室の一番後ろの席へと追いやられたのだった。
◇
キーン、コーン……と、魔導鐘の澄んだ音が午前中の授業終了を告げ、教師が憤慨した様子で教室を出ていった、その直後。
――ダダダダッ!!
「……へ?」
地鳴りのような足音が響いたかと思うと、さっきまで借りてきた猫みたいにおとなしく座っていた令嬢たちが、一斉に席を立ち、あたしの机の周りへと雪崩れ込んできたのだ。
あっという間に三重、四重の人垣ができあがる。
「ね、ねえ! 貴女、さっきのお洋服、どこで仕立てたの!?」
「その上着、ウエストがすごく細く見えるわ! それに、その首元の赤いリボンはどう結んでいるの!?」
「足の白い布……靴下って言うのよね!? スカートが短くても、ちっとも寒そうに見えない……!」
「何より、どうしてそんなに背筋が真っ直ぐなの!? コルセットを着けていないのに、胸の位置が崩れていないのはどうして!?」
質問の嵐、嵐、嵐。
瞳をキラキラと輝かせ、前のめりで詰め寄ってくるクラスメイトたち。
お堅い貴族の仮面の下に隠されていた、思春期の女の子特有の『カワイイものへの飢餓感』が、堰を切ったように溢れ出していた。
「あはは、ちょっとみんな一気に喋りすぎ! 順番ね!これは、今王都でめちゃくちゃ話題になってるランジェリーショップ――『トリップ・トラップ』の特注品でさ、布地も軽いし、下着も締め付けないやつを着けてるから息も超ラクなんだよねー」
あたしがスカートの裾を軽くつまんで見せると、至近距離にいた令嬢たちが「ふわぁ……」「本当に軽そう……」とうっとりした声を漏らす。
やっぱりだ。
彼女たちの顔を間近で見ると、デザイナーとしてのあたしの目が、隠された悲鳴を次々と拾い上げる。
(……みんな、肌が痛々しいくらい荒れてる。白ウールが首元に擦れて赤くなってるし、何より全員、顔色が青白くて肩がガチガチに上がってるじゃん……)
「実は私、最近胸が急に大きくなってしまって……。合同演習で他校の男子生徒からからかわれるのが恥ずかしくて、硬いさらしを二重に巻いているの。でも、息が苦しくて、魔術の実習中によく目眩がして……」
「私もですわ。ローブの重みで肩が痛くて、夜も眠れなくて……」
口々に漏らされる、リアルすぎる思春期の悩み。
成長期特有の体型の変化、周囲の視線への恐怖、そして古い校則による肉体への拷問。
社長が言っていた通り、この花園の乙女たちは、誰にも言えない苦痛の中で花開くことすら許されずにいたのだ。
だが――全員があたしを好意的に見ているわけではなかった。
「……身の程を弁えなさいな、平民の俗物が」
教室の空気を一瞬で凍りつかせるような、冷徹で気品に満ちた声が響いた。
人垣がサッと左右に割れる。
歩み出てきたのは、白銀のストレートヘアを腰まで伸ばし、アメジストのように冷たく澄んだ紫の瞳を持つ美少女だった。
セレスティーナ・ヴィクトワール・シルフィード。
ロズタリア王国でも屈指の名門貴族・シルフィード公爵家の令嬢にして、この学院の生徒会長を務める『筆頭令嬢』だ。
彼女は寸分の乱れもなく白ウールローブを着こなし、氷の彫像のように完璧な所作であたしの机の前に立った。
「当学院の白きローブは、建国以来の純潔と伝統を象徴する神聖な装い。それを『重い』だの『可愛くない』だのと愚弄し、肌を晒したあさましい衣装で皆を惑わすなど……万死に値しますわ」
セレスティーナは冷ややかにあたしを見下ろし、扇で口元を隠した。
周囲の令嬢たちがサッと青ざめて後ずさりする。
だが、あたしの目は誤魔化せない。
(……ふーん。完璧なお嬢様を気取ってるけどさ)
あたしは立ち上がり、セレスティーナの至近距離まで顔を近づけた。
彼女のローブの下――アンダーバストから背中にかけて、不自然なほど何重にも締め上げられた拘束具の軋み音。
そして、推定Eカップを超えるその豊かなバストの重みに耐えかねて、彼女の華奢な右肩が、ミリ単位でピクピクと痙攣しているのを、あたしは見逃さなかった。
「……セレスティーナ様、だっけ? 偉そうなお説教はいいけどさ」
あたしはニヤリと笑い、彼女の耳元へとそっと囁いた。
「アンタが一番、そのデカい胸の重みとコルセットの締め付けで、死にそうな顔してるじゃん」
「っ……!? な、何を……ッ!?」
セレスティーナの陶器のような白い頬が、一瞬で屈辱と動揺の朱に染まった。
午後の魔導実技の授業を告げる予鈴が、緊迫した教室内に甲高く鳴り響いた。
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