第24話 思春期の成長痛と、保健室の潜入捜査
「『王立ルミナス貴族女学院』……でございますか」
俺が静かに反芻すると、セシリアは深く頷き、豪奢なソファに腰を下ろして小さな溜息をこぼした。
「ええ。我が国の名門貴族の令嬢たちや、将来を嘱望される高位魔導師・官僚の卵たちが通う、最高峰の教育機関ですわ。……ですが、伝統と格式を重んじるあまり、その閉鎖性と保守的な体質が、今や深刻な歪みを生み出しているのです」
セシリアは手元の羊皮紙の報告書へと視線を落とし、翡翠色の瞳を曇らせた。
「学院では現在、何百年も前に制定された『純白の重厚ウールローブ』が制服として義務付けられていますの。生地は極めて硬く、通気性は最悪。おまけに、下着に関しても『伝統的な革の拘束帯』以外の着用が厳しく禁じられているのです」
「……なるほど。思春期のデリケートな肉体に、骨董品のような拘束具を強要しているわけですか」
「それだけではありませんわ」
セシリアはさらに声を潜め、表情を痛ましげに歪めた。
「十代半ばという時期は、少女たちの肉体が最も急激に、そして劇的に変化する年頃。……バストの成長痛に戸惑う者、周囲の視線や合同演習や社交の場での心ない男子たちからの嘲笑を恐れるあまり、硬いさらしで無理やり胸を押し潰して猫背になる者……。結果として、重度の肩こりや呼吸困難、さらには魔力循環の阻害によって、実習中に倒れる生徒が後を絶たないのです」
セシリアの言葉に、俺の職人としての神経が激しく逆撫でされた。
思春期のバストは、乳腺の発達とともにクーパー靭帯が形成される極めて重要な時期だ。
その時期に適切なサポート(ファーストブラ)も与えず、硬い革やさらしで無理に圧迫し続ければ、将来的な体型の崩れどころか、慢性的な健康被害を引き起こす。
まさに、女性の身体に対する冒涜と言わざるを得ない。
(……あまりにもったいない! 将来、大輪の花を咲かせるはずの若き蕾たちが、古い悪習と無理解によって傷つけられているとは……!)
俺の内に眠る職人魂が、静かに、しかし熱く燃え上がる。
だが、カオリが冷静に顎に手を当てて口を挟んだ。
「陛下。王室の権限をもって、その制服規定を撤廃させることはできないのですか? 我が社の下着や、身体に負担のない改良服を一括導入させることも容易いかと存じますが」
「それが……一筋縄ではいかないのですわ、カオリ」
セシリア陛下は困ったように苦笑いを浮かべた。
「女学院の運営を牛耳っているのは、代々その地位を独占してきた保守派の重鎮――理事長のヴァルガス伯爵をはじめとする『伝統保護派』の貴族たち。彼らは『王室といえど学院の独立性と歴史に口を挟むべからず』と頑なに拒絶し、我が国の美徳と格式を守るためと称して、いかなる改革も受け入れようとしないのです」
「典型的な既得権益と、頭の固い保守派の壁、というわけですね」
「ええ。表立って王命を下せば、貴族社会に無用な波風を立ててしまう。……だからこそ、ソウイチロウ。貴方たち『トリップ・トラップ』に、非公式に動いてほしいのです」
セシリア陛下は翡翠色の瞳を真っ直ぐに俺へと向け、強い意志を込めて告げた。
「学院の内側から、少女たちの本当の『声』を集め、彼女たちを苦痛から救うための新たな『制服』と『インナー』を提示してほしい。……そして、あの頑固な理事長たちを完璧に論破し、女学院の歴史を塗り替えていただきたいのですわ」
「……なるほど。内側からの情報収集と、既得権益の打破、ですか」
俺は静かに顎に手を当て、思考を巡らせた。
思春期の繊細な少女たちを救うため、新しいインナーと制服を開発する。それは職人として、そして下着メーカーの経営者として、絶対に成し遂げねばならない使命だ。
だが、閉鎖的な女学院の内部事情を知るには、外からのアプローチでは限界がある。
「生徒たちの生の悩み、リアルな寸法や体型の変化、そして学院内の空気感……。それらを正確に把握するには、実際にあの学園へ足を踏み入れる必要がありますね」
「ええ。ですが、外から男の仕立て屋がズカズカと入り込めるような場所ではありませんわ。……そこで、です」
セシリアは悪戯っぽく口元を扇で隠し、俺の背後に控える女性社員たち――特に、チサとカオリへと視線を向けた。
「我が王室の特権を使って、二つの『推薦枠』を用意いたしました。……若き特待生の編入枠、そして、生徒たちの健康管理を名目とした臨時職員の枠です」
「……!」
セシリアの言葉の意味を瞬時に理解した俺は、振り返って二人に向き直った。
「チサさん、カオリさん。……お二人に、女学院への『潜入』をお願いできますか?」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って社長! 潜入って……あたしが学院に!?」
チサが目を丸くして、自分のおへそを指差しながら叫んだ。
「ええ。チサさんのその若々しい容姿と、飾らないコミュニケーション能力は、閉鎖的な環境で心を閉ざしている同年代の生徒たちに溶け込むのに最適です。特待生の『編入生』として、生徒たちの本音とデザインへの要望を、内側から吸い上げてきてほしいのです」
「マ、マジで……!? あたしが名門女学院の生徒役……!? え、てか、あの可愛い制服とか着れちゃう系!?」
「今回はその『可愛くない制服』を改革しに行くのですよ、チサさん」
手帳を構えたミサキが冷静にツッコミを入れるが、チサの目は既に「学園ライフ」への期待でキラキラと輝いている。
そして俺は、もう一人のキーマンであるカオリへと視線を移した。
「そしてカオリさん。貴女には『臨時の養護教諭』、兼『服飾アドバイザー』として学院へ入っていただきます。生徒たちの健康相談に乗りつつ、身体測定やフィッティングの機会を作り出してください。そして何より――頑固な理事長や保守派の貴族たちとの政治的な駆け引きにおいて、我が社に有利な外堀を埋めていただきたいのです」
「……ふふ、臨時の保健室の先生、ですのね」
カオリは妖艶に目を細め、人差し指で自身の艶やかな唇をなぞった。
タイトなスカートから伸びる脚を優雅に組み替え、大人の色気を漂わせる。
「思春期の少女たちが抱える秘密の悩み……。そして、伝統に固執する頑固なおじ様たちの、建前の裏にある『本当の欲望』。……ふふっ、私の手で丸裸にして、思う存分骨抜きにして差し上げますわ」
頼もしい限りだ。
彼女が保健室にいれば、生徒たちだけでなく学院の権力者たちすらも手玉に取ってくれるに違いない。
「ユウさんとミサキさんは、王都の本店と工房の守りを固めつつ、現地からの要求に応じた試作と素材調達のバックアップをお願いします」
「……ん。任せて。どんな型紙でも、すぐ切る」
「承知いたしました、社長。後方支援は完璧に整えておきますわ」
ユウがハサミを構えて頷き、ミサキが眼鏡の位置を正して手帳にペンを走らせる。
体制は決まった。
俺の心の中の「おっさん」が、腕組みをしながら熱い炎を滾らせる。
(……名門貴族女学院。多感な思春期の乙女たちが集う、閉ざされた花園か。ファーストブラ、思春期用ハーフトップ、そしてセーラー服やブレザー……。未開拓の『スクール市場』に、我々の手で革命を起こす時が来たな!)
紳士の仮面の下で職人魂を燃え上がらせながら、俺はセシリアに向かって優雅に一礼した。
「セシリア陛下。ご依頼、謹んでお受けいたします。……我がトリップ・トラップの総力を挙げ、学院の乙女たちを窮屈な呪縛から解放してみせましょう」
「期待していますわ、ソウイチロウ」
セシリアが満足げに微笑んだ。
こうして、チサとカオリによる『王立ルミナス貴族女学院』への極秘潜入ミッションが、ここに幕を開けたのだった。
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