第18話 魔導の織手と、解放のバインダー
ロズタリア王城の一室。
セシリアによる鑑定を終えた俺たちは、かつてない壁にぶつかっていた。
『虚空の蜘蛛糸』。
その糸は、針を通そうとすれば次元の隙間へと逃げ、縫い合わせようとすれば空間そのものを歪ませてしまう。
「……くっ、やはり私の魔力では、力に任せてねじ伏せるのが精一杯だ。これほど細密な『固定』は、専門外だな……」
エリザが額の汗を拭い、苛立ちを露わにする。
彼女は魔導研究所の所長として、一国の軍隊を壊滅させるほどの強大な魔力を持っている。
だが、その膨大な魔力を緻密に制御し、糸の次元を固定し続けるような繊細な魔力コントロールは、彼女の専門ではなかったのだ。
「エリザ様、無理をなさらないでください。……餅は餅屋、ということですね」
俺がそう告げると、エリザは不本意そうに、しかし認めざるを得ないといった様子で頷いた。
「……仕方ない。私の研究所に、一人だけ適任者がいる。魔力操作に関しては、私以上に『偏執的』な老婆だ。名はユーフェミア。代々、王家の儀礼服を編んできた伝説の『魔導織手』だ」
ほどなくして現れたのは、小さな体に眼鏡をいくつも重ねた、気難しそうな老婆だった。
彼女は俺が持つ銀色の糸玉を凝視し、震える指先を近づけた。
「……何だい、この不気味な魔力は。まるで空間そのものが糸を紡いでいるようじゃないか。……エリザ、これはいったい何なんだい?」
「書物にしか存在しない伝説の素材、『虚空の蜘蛛糸』です。……ユーフェミア様、貴女の魔力操作で、この糸の『次元』を現世に繋ぎ止めていただきたい」
俺の説明に、ユーフェミアは一瞬絶句し、やがて職人特有のギラついた笑みを浮かべた。
「虚空の糸……! まさか拝める日が来るとはね。……いいだろう、仕立て屋の若造。あんたの針路、このババアが魔力で固定してやるよ。ただし、一針でも狂ったら承知しないからね!」
伝説の織手と、現代の職人。
二人の技術が、王城の工房で火花を散らした。
◇
エリザの転移魔法によって、俺たちは魔王城の最深部へと降り立った。
アレンの手は、じっとりと汗ばんでいた。
彼は震える手で聖剣の柄を握りしめ、心の中で呟く。
(……本当に、これで解決するのか? もし、ソウイチロウの『下着』が通じなかったら……その時は、俺があいつを斬るしかない)
失敗すれば仲間を失う。
その重圧が、彼の肩を押し潰していた。
アレンが扉を押し開き、玉座の間へと駆け込む。
……だが、そこで目にしたのは、勇者の想像を絶する光景だった。
「……あ、ん……っ。そこ……吸い上げられて……っ♡」
「この……うねり……深部まで……、ひぐっ、んあっ……♡」
漆黒の触手に絡め取られたレオナとエリーディアは、世にも艶めかしい表情を浮かべ、全身を快楽に震わせていた。
触手の吸盤が、鎧や重圧で凝り固まった彼女たちの身体を、逃げ場のない熱い刺激で解きほぐしていく。
うねる触手が彼女たちの肌をなぞるたび、不随意な嬌声が広間に響き渡り、上気した肌からは甘い香りが漂っていた。
「……アレン。うるさいわよ……、今いいところなんだから……。邪魔……しないで……っ」
触手に身を委ね、恍惚の表情を浮かべるレオナ。
彼女の潤んだ瞳には、助けに来たはずの勇者への迷惑そうな色が浮かんでいた。
アレンは、あまりの衝撃に膝から崩れ落ちた。
「……助けに来たのに……なんだか、悦んでる……?」
呆然とする一行の前に、巨大な玉座から一人の人物が立ち上がった。
短髪をなびかせ、男装の礼服を纏った魔王イザベラだ。
「……アレンか。性懲りもなく、また来たのか」
イザベラは冷めた視線で、触手に弄ばれる仲間たちを指し示した。
「……無駄な交渉など不要だ。余が望む『答え』などあるわけがない。……あやつらはこのまま、余の触手の中で快楽に溺れ、人格ごと消し去ってくれる」
残酷な宣告。
アレンが絶望に顔を歪める中、俺は一歩前に出た。
「お初にお目にかかります、イザベラ様。私はロズタリアの職人、ソウイチロウと申します。……裁縫を生業としております」
イザベラは眉を潜め、俺を値踏みするように一瞥した。
「裁縫職人だと……? フン、勇者ともあろう者が、ただの仕立て屋を連れて余の前に現れるとは。……世界を救う手段が『針と糸』だというのか?」
イザベラは冷笑を浮かべる。
俺は動じず、彼女の全身を観察した。
(……なるほど。アンダー70、トップ95。推定Eカップか。だが、彼女はその豊満さを憎むあまり、無理な男装で身体を痛めつけている。厚手の布を幾重にも巻き、無理やり胸を潰しているせいで、肋骨が歪み、リンパの流れが完全に停滞しているな。呼吸は浅く、血色は悪い。その男装は彼女のアイデンティティを守るための盾だが、同時に彼女の肉体をじわじわと殺す毒でもあるというわけだ)
「イザベラ様。貴方は今、息をするのも苦しいはずだ。……その厚い布を剥がせば、貴方の魂が悲鳴を上げているのが見える」
「……貴様に、何がわかるというのだ」
「わかりますよ。貴方は『男』として誇り高く在りたい。だが、鏡を見るたびにその曲線美が貴方を否定する。……貴方のその肩こりも、呼吸の浅さも、すべては『本当の自分』と肉体が乖離しているストレスから来るものです」
俺は一歩、また一歩と彼女に近づく。
「私が用意したのは、ただの下着ではありません。貴方を肉体の檻から解放し、魂が望む姿へと変える『第二の皮膚』です。……貴方のその誇り、私に預けていただけませんか?」
イザベラは言葉を失った。
目の前の男は、彼女の『男としての誇り』を真っ向から肯定している。
「……よかろう。もし偽りであれば、その魂ごと消し去ってくれる」
◇
イザベラとのフィッティングは、静謐な沈黙の中で行われた。
俺は彼女の背後に回り、厚い男装の布を解いていく。
現れたのは、不自然に圧迫され、赤く跡がついた美しい肌だった。
「失礼します」
ユーフェミアと共に編み上げた『アビス・フラット』を彼女の胸に通す。
虚空の糸が彼女の肌に触れた瞬間――。
「……っ!? 重さが……消えた……?」
「『虚空の糸』が、貴方の胸の質量を亜空間へと逃がしています。……押し潰すのではなく、そこから『消し去る』のです」
俺は彼女の背中に手を添え、姿勢を正させた。
質量の消失によって重心が劇的に変化し、彼女の背筋が、かつてないほど凛と伸びる。
「……鏡をご覧ください」
そこに映っていたのは、魔王ではない。
誰よりも気高く、一切の膨らみを感じさせない完璧な「男の胸板」を手に入れた、イザベラの姿だった。
「……軽い。……何もない。……手で触れても、そこにあるのは私の『誇り』だけだ」
イザベラは自らの平坦になった胸元を愛おしそうに撫で、生まれて初めて、自らの身体に愛おしさを感じて涙を零した。
「……見事だ、ソウイチロウ。余は今、初めて己の魂と一致した」
イザベラが指を鳴らすと、レオナたちを拘束していた触手が、スルスルと彼女たちの衣服だけを奪って後退した。
「レオナ、エリーディア、マリナ。……余は今、最高の気分だ。貴様たちのその蕩けた身体……余が、男として直々に可愛がってやろう」
理想の自分を手に入れたイザベラのオーラは、先ほどまでの鬱屈とした魔王のそれではなく、圧倒的なカリスマを持つ「王」そのものだった。
「……はぁっ、イザベラ様……っ。その姿……なんて素敵……っ♡」
触手の刺激で既に雌の顔になっていたレオナたちが、平坦になったイザベラの胸元と、その凛々しい立ち姿に熱い視線を送る。
イザベラは彼女たちの中心に座り込むと、一人の「男」として、その指先で彼女たちの敏感な場所を愛で始めた。
「あ、んんっ……っ! イザベラ様の……手が……熱い……っ!」
「触手とは……違う……っ! 魂が……震えるわ……っ♡」
純白のランジェリーを身に着け、快楽の余韻に浸る三人の美女たちが、一人の「男の魂」を持つ者に傅き、乱れていく。
俺とアレンは、そのあまりに官能的で、そして平和的(?)な光景を前に、そっと玉座の間を後にした。
「……いいのか、これで」
「ええ。彼女……いえ、彼には、あのような『休息』が必要だったのですよ」
◇
王都への帰路、夕日に染まるロズタリアの街並みを見下ろしながら、俺はユーフェミアの超絶的な魔力操作を思い出していた。
「……社長。今回は、ユーフェミアさんの力がなければ完成しませんでしたね」
ユウがポツリと言った。
俺は深く頷いた。
「ええ。今回の件で痛感しました。……これからもっと未知の素材を扱うには、我々自身も、この世界の理……すなわち『職業』を身につける必要があるのかもしれません」
新たな目標を胸に、俺たちは「転職」への準備を始めるのだった。




