第17話 女王の瞳と、千年の輝き
アラクネ・クイーンから手渡された古びた木箱。
その中には、魔王の願いを叶える鍵――『虚空の蜘蛛糸』が収められていた。
伝承通りの力が秘められているかはわからない。
俺は真偽を確かめるために、王都ルミナステラへと転移した。
「まずは、お店に寄らせてください」
そう言って、俺はトリップ・トラップの店舗へと戻った。
「ミサキさん、例のものは?」
「はい。女王陛下への定期納品日に合わせて、既に準備を整えております」
店に戻るなり、ミサキが完璧なタイミングで重厚な木箱を差し出した。
「さすが、ミサキさんだ。……アレン様、これを持って王城へ行きましょう」
「お、王城? 図書館に戻るのではないのか? 女王に納品? そんなに簡単に謁見できるわけないだろ? それに虚空の蜘蛛糸の鑑定と女王にどういう関係が…」
勇者アレンと言えど、女王との謁見は簡単な話ではないようだ。
騒ぎ続けるアレンを無視して、エリザが口を開く。
「……なるほど。セシリア様の【真眼】を使うのか…。しかし、一国の女王を鑑定師として使うとは、とんでもない奴だな、お前は」
エリザが呆れたように苦笑いをする。
そして俺たち3人は王都ルミナステラの中心、ロズタリア王城の正門前に向かった。
門番の騎士が俺の顔を見るなり、直立不動で敬礼する。
「ソウイチロウ殿! 待ちわびておりましたぞ。……もしや本日の品は、我が国の女性騎士たちも購入可能なものですかな?」
「ええ。陛下に納品後、一般販売の準備に入りますよ」
「おおっ、それは朗報だ! さあ、どうぞお通りください!」
アレンが「……俺でも謁見の予約に三日はかかるのに……」と絶望しているのを横目に、俺は王城の心臓部『玉座の間』へと足を踏み入れた。
◇
通されたのは、王城の心臓部である『玉座の間』だった。
高い天井に、赤い絨毯。その最奥にある玉座に、一人の女性が優雅に腰掛けていた。
「ごきげんよう、ソウイチロウ。……待っていましたわ」
凛とした声が響く。
セシリア・エステル・ロズタリア。
この国の若き女王その人である。
頭上にはティアラが輝き、その翡翠色の瞳は、王としての威厳と、隠しきれない期待に満ちている。
セシリアは、俺が持っている木箱に熱っぽい視線を注いだ。
俺の説明を聞く間もなく、セシリアは木箱を開けて中のランジェリーを手に取り、目を輝かせている。
「素晴らしい!次の晩餐会に合わせて着けようと思っていたのです。貴方のランジェリーは、ドレスの着こなしを劇的に変えてくれますから」
女王は上機嫌で微笑んだ。場の空気が和んだところで、俺は切り出した。
「陛下。……本日は献上品の他に、一つお願いが」
「あら、何かしら? 貴方の頼みなら聞いてあげましてよ」
「ありがとうございます。……実は、「虚空の蜘蛛糸」という『素材』を手に入れたのですが、その真偽の判別を陛下の【真眼】で、見極めていただけないでしょうか? 伝承ではこの糸には、囲った空間を『亜空間』へと繋げる性質があるそうです」
「なるほど、伝承は時に長い年月でねじ曲がって伝わることも多いと聞きますわね」
「はい、この糸が伝承通りの力を秘めているのであれば、この糸で布を織り、チェストバインダーを作ることで、豊満な胸を小さく見せることができると考えているのです」
「……次の新作ですの? わざわざ、胸を小さくしたい者がいるとは思えないのですけど……。まあいいでしょう。鑑定をしてさしあげますわ。ただし……、私のフィッティングが先ですよ」
「承知いたしました。では、別室へ参りましょう」
セシリアが立ち上がり、玉座の間の奥にある豪奢な私室へと俺を招き入れた。
そこは以前、俺が初めて彼女の採寸を行った場所でもある。
◇
俺が部屋に入るとセシリアは既にドレスを脱ぎ捨て、薄絹のキャミソール一枚になっていた。
その白磁のような肌は、相変わらず透き通るように美しい。
「最近、公務が忙しくて肩が凝っていたのです。……ソウイチロウ、また貴方のその指で、私を『解放』してくださるのでしょう?」
彼女は期待に潤んだ瞳で俺を見上げ、背中を向けた。
「職人として、最善を尽くします」
俺は新作のブラジャーを手に取り、彼女の背筋を優しく正していく。
「失礼します。……肉の重みを、あるべき位置へ。……ん、少しデコルテの血流が滞っていますね」
「んっ……あ……っ、そこ……。……やはり、貴方の手に触れられると、身体の内側から熱が……」
衝立の向こうから漏れる艶っぽい吐息。
俺はミリ単位の調整を終え、彼女の身体を究極の黄金比へと導いた。
「いかがですか? キツくはありませんか?」
「……いいえ、驚くほど楽ですわ。背筋がピンと伸びて、胸が自然と持ち上がっているような……。それに、この包まれている安心感。……ふふ、やはり貴方のランジェリーは最高ですわ」
フィッティングが完了し、セシリアがドレスを纏い直して部屋から出てきた。
その姿は、先ほどよりもさらに凛として、姿勢が美しくなり、バストトップの位置が高くなったことで若々しい覇気が増していた。
「見違えましたね、陛下」
「ええ。身体が軽いですわ。これなら、夜まで続くダンスパーティも楽しめそうです」
セシリアは上機嫌でくるりと一回転してみせると、ソファに座り直し、テーブルの上の木箱へと視線を向けた。
「さて……。最高の気分にさせてくれたお礼です。約束通り、その『糸』を鑑定しましょう」
場の空気が一変する。セシリアの表情から、一人の女性としての甘さが消え、統治者としての威厳が宿る。
セシリアは木箱の蓋を開け、古びた銀色の糸玉をじっと見つめた。
「……見えますわ。この糸の一本一本が、世界の理の外側にある『暗い空間』と繋がっています。……質量を『虚数空間』へと逃がす性質。……間違いありません。これは本物の『虚空』を孕んだ糸ですわ」
セシリアは瞳の輝きを収め、真剣な眼差しで俺を見た。
表情には出さないが、俺は内心ほっとした。
「ただし、加工は困難極まりないと思いますよ」
セシリアは瞳の輝きを収め、真剣な眼差しで俺を見た。
「ご心配なく。トリップ・トラップには最高のスタッフが揃っておりますので」
「ふふ、そうでしたわね。……ところで、本当にこれを、胸を小さくしたい者のために使うのですか?」
「ええ。コンプレックスは、誰かにとっては些細なことでも、本人にとっては世界を呪う理由になります。……世界を救うための、最高の一着を仕立ててみせますよ」
素材は揃い、真贋も明らかになった。
俺は木箱を抱え直し、これから始まる「魔王への挑戦」に向けて、静かに闘志を燃やした。




