第12話 勇者パーティの危機と、不機嫌な美女たち
アラクネの糸を用いた『ブライダル・コレクション』の発表以来、トリップ・トラップは連日大盛況だった。
王都の女性たちにとって、当店でドレスとインナーを仕立て、華やかな結婚式を挙げることが「最高のステータス」となりつつある。
店先には予約待ちの貴族たちの馬車が列をなし、店内は幸せな空気に包まれていた。
ヴォルガ帝国に建設した自社工場からも、訓練された現地の職人たちが縫い上げた高品質な生地が安定して届き始めている。
一職人から、異世界のインフラを支える経営者へ。
俺たちの歩みは止まらない。
そんなある日の夕暮れ時。客足が少し落ち着いてきた頃合いを見計らったように、カランカラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませー……って、うわっ」
接客をしていたチサが、珍しく素っ頓狂な声を上げる。
入ってきたのは、煌びやかなドレスを求めてやってくる貴族や、清楚さを求める令嬢たちとは明らかに異質な客だった。
泥と煤で薄汚れたマント。
背中には巨大な聖剣。歩くたびにガチャリと鳴るミスリルの鎧。
フードを目深に被っているが、その隙間から覗く端正な顔立ちは、ひどく憔悴し、目の下には濃い隈ができていた。
「……ここが、噂の店か」
男は枯れた声で呟くと、ふらつく足取りでカウンターへ歩み寄ってきた。
ただならぬ気配(というより、疲労感)に、俺は奥から出て彼の前に立った。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
男は俺の顔を見ると、縋るような目で身を乗り出した。
「頼む、助けてくれ」
「人助けの依頼は冒険者ギルドに行かれるのがよろしいかと……」
男は周囲を見回してから、ゆっくりとフードを外した。
黄金の髪に、碧眼。絵本に出てくるような美青年だ。
ただし、その顔色は死人のように青白い。
「俺の名はアレン。……魔王討伐の旅をしている、勇者だ」
勇者アレン。
その名は王都でも有名だった。
神託を受け、聖剣を携え、魔王を倒すために旅立った人類の希望。
そんな雲の上の存在が、なぜ下着屋で死にそうな顔をしているのか。
「お噂はかねがね。それで、勇者様が当店に何のご用でしょう? 防具のご相談なら、ドワーフの武具店をお勧めしますが」
「いや、違うんだ。俺が欲しいのは防具じゃない。……パーティの『平和』なんだ」
アレンは重い溜息をつき、カウンターに突っ伏した。
「聞いてくれ。俺は旅立つ時、夢だったんだ。『ハーレムパーティ』を作るのが」
「……はい?」
「だから、仲間は全員、選りすぐりの美女にした。聖女、女騎士、魔導師……。華やかで、楽しくて、ドキドキする冒険になるはずだったんだ」
そこまでは、男なら誰もが一度は夢見るシチュエーションだろう。
少しだけ気持ちは分かる。
勇者は頭を抱えて呻いた。
「なのに……現実は地獄だ。あいつら、最近ずっと機嫌が悪いんだよ! 野営のたびに『腰が痛い』だの『肩が重い』と言うから、俺が『鍛え方が足りないんじゃないか?』と励ましたら、なぜか殺気立った目で見られて……。戦闘中も連携が取れないし、俺が話しかけても『疲れてるから』って無視される。昨日に至っては、些細なことで聖女と魔導師が魔法で殴り合いを始めて……」
勇者の目から、キラリと光るものがこぼれ落ちた。
「もうすぐ魔王城だっていうのに、このままじゃ魔王に会う前にパーティが崩壊しちまう……!」
切実すぎる悩みだ。
世界を救う前に、彼自身の精神が救いを求めている。
「そこでだ、店主。俺は聞いたんだ。この店の商品を贈れば、どんな女性でも機嫌が良くなるって」
「……なるほど。それで、彼女たちへのプレゼントを?」
「ああ。金ならある。魔物を倒して稼いだ金が山ほどな。だから頼む! あいつらの機嫌を直すような、とびきりのランジェリーを売ってくれ! 俺にはもう、これしか手が残されていないんだ!」
勇者はカウンターに金貨の詰まった革袋をドン、と置き、祈るように俺の手を握りしめた。
事情は分かった。要するに、彼は「物を贈れば解決する」と思っているようだが……話を聞く限り、原因はもっと根本的なところにある。
過酷な旅、合わない装備、蓄積した疲労。
不機嫌になるには、不機嫌になるだけの「理由」があるのだ。
「……アレン様。お気持ちは痛いほど分かります」
俺は勇者の手を優しく握り返し、職人として冷静に告げた。
「ですが、ただ高価なものを贈ればいいというものではありません。まずは、その『不機嫌の原因』をお調べした方がいいと思うのですが……」
「……原因?」
「ええ。勇者様、彼女たちと直接お話し合いはされたのですか?」
俺の問いに、アレンは力なく答えた。
「もちろん、したさ! 『何か不満があるなら言ってくれ』って。でも、返ってくる答えは決まって『男の貴方には分かりません』とか『別に』の一点張りだ。俺なりに気を使って、休憩を多くしたり、甘いものを差し入れたりしてるんだが……全く効果がない」
なるほど。
典型的な「察してほしい女性」と「解決策を急ぐ男性」のすれ違いだ。
当事者同士では、関係が近すぎて本音が言えないこともある。
特に「勇者と仲間」という主従に近い関係なら尚更だ。
「分かりました。では、私が彼女たち一人一人とお話してみましょう」
「あんたが?」
「はい。私のような『利害関係のない第三者』なら、彼女たちも本音――身体の不調や悩みを打ち明けやすいはずです」
「……わかった、頼む! もうあんただけが頼りだ!」
こうして、店の表に待機させていた勇者パーティの女性陣を一人ずつ呼び出し、俺がカウンセリング(という名の問診)を行うことになった。
◇
【ケース1:女騎士レオナ】
最初にフィッティングルームに入ってきたのは、燃えるような赤髪をポニーテールにした、長身の女騎士だった。
全身をミスリルの重装鎧で固めているが、歩くたびにガチャガチャと無骨な音が鳴る。
切れ長の目は鋭いが、その眉間には深い皺が刻まれていた。
(……ふむ。アンダー75、トップ92。鍛え上げられた大胸筋と、それを包む柔らかな肉のバランスが絶妙だ。だが、重装鎧に押し潰され、バージスラインが完全に消失している。これでは戦士としての動きに精彩を欠くのも当然だな)
「……アレンに言われて来たが、下着屋ごときが何の用だ。私は忙しい。武具の手入れもしなければならないんだ」
言葉遣いは武骨で、取り付く島もない。俺は「まあまあ」と彼女を椅子に促した。
「レオナ様ですね。手短に済ませます。……その鎧、重くはありませんか?」
「戦士が重さを口にするなど恥だ。これは私の誇りだ」
「誇り、ですか。ですが……貴女のその肩、そして胸元。鎧のインナーが擦れて、酷い炎症を起こしているのではありませんか?」
俺の言葉に、レオナがピクリと反応する。
彼女の動きは、鎧と皮膚の摩擦を避けるように微妙にぎこちない。
「……なぜ、それを」
「私はプロなので。一般的な鎖帷子のインナーは、防御力はあっても肌触りは最悪です。激しい戦闘のたびに、硬い麻布と金属が貴女の柔らかな肌を削っているのではありませんか? 本当は、誰よりも繊細な肌をしているのに」
俺が指摘すると、彼女は悔しそうに唇を噛み、小声で漏らした。
「……そうだ。痛いし、痒い。汗で蒸れて、肌はボロボロだ。アレンは『頼りになる盾だ』と褒めてくれるが……これでも私も女だ。ボロボロの肌で、あいつの隣に立つのが……惨めで仕方ないんだ」
なるほど、不満の原因は「鎧による肌トラブル」と「女として見られていない(と思い込んでいる)コンプレックス」ということか。
◇
【ケース2:魔導師マリナ】
二人目は、小柄で愛らしい顔立ちの魔導師だった。
紫色のウェーブがかった髪に、大きな三角帽子。
そして、防御力を犠牲にして魔力効率を高めた(という名目の)、露出度の高いローブを纏っている。
(……アンダー65、トップ75。AAカップといったところか。薄い。だが、彼女の『背中』の肉は余っている。寄せて集めれば、Bカップ……いや、設計次第ではCカップのボリュームは生み出せる。本人の努力が逆に苦痛を生んでいるな)
彼女は部屋に入るなり、不機嫌そうに腕を組み、ジト目で俺を睨んだ。
「何よ。アレンの差し金? あたし、こういう『いかにも』な店って嫌いなんだけど」
声は可愛らしいが、トゲがある。
彼女はチラリと鏡に映る自分の姿を見て、すぐに目を逸らした。
「マリナ様。随分と薄着ですね。寒くはありませんか?」
「……魔導師は魔力で体温調節できるから平気よ。それに、この服の方がアレンが喜ぶし」
「本当にそうでしょうか? それに……無理に胸を寄せて作っているその谷間、苦しくないですか?」
俺の指摘に、マリナの顔が真っ赤になった。
彼女は痩せ型で、胸も控えめだ。
だが、露出の高い服を着こなすために、パッドを詰め、紐で無理やり締め上げている。
「う、うるさいわね! レオナやエリーディアみたいに、放っておいてもデカい連中とは違うのよ! あたしだって……アレンに子供扱いされたくない。色気のある女だと思われたいのよ! でも、こんな子供みたいな体型……これは魔力じゃどうにもならないわ」
マリナの不満の原因は「発育へのコンプレックス」と「無理な着こなしによる肉体的苦痛」といったところか。
◇
【ケース3:聖女エリーディア】
最後に入ってきたのは、プラチナブロンドの長髪に、慈愛に満ちた(作り物の)微笑みを浮かべた聖女だった。
分厚い聖職者のローブを着込み、手には重そうな杖を持っている。
一見すると一番まともに見えるが、俺の目はごまかせない。
彼女の目は完全に死んでいた。
(……アンダー70、トップ98。圧倒的なボリューム。推定Gカップか。だが、重力に逆らえずバストトップが下がり、重心が前に突っ込んでいる。これでは僧帽筋が悲鳴を上げ、首から腰までが常に火を噴いている状態だろう。聖女という偶像の裏で、彼女は肉体の檻に閉じ込められている)
「はじめまして、店主様。アレン様がどうしてもと言うので参りましたが……私には必要なさそうですわ。神に仕える身として、満ち足りておりますもの」
丁寧な言葉遣い。だが、その声には抑揚がない。
俺は静かに尋ねた。
「満ち足りている? ……その酷い肩こりと、腰痛を抱えたままでですか?」
「……ッ」
「祈りの姿勢は、身体に負担をかけます。それに、回復魔法で他人の傷は癒せても、自分自身の蓄積疲労は癒せない。貴女はパーティの要だ。誰にも弱音を吐けず、聖女という偶像を演じ続けることに、限界が来ているのではありませんか?」
俺の言葉が核心を突いた瞬間、彼女の仮面が剥がれ落ちた。
彼女はその場に崩れ落ちるように座り込み、顔を覆った。
「……重いんです。ローブも、杖も、そして『聖女』という期待も。肩が割れるように痛い。腰もきしむ。でも、アレン様は『さすが聖女様、癒やされるよ』って……。 私が癒やしてほしいくらいなのに! 誰か私を、ただの女の子として労ってよ!」
最後は「重装備とプレッシャーによる慢性疲労」と「偶像(聖女)を演じるストレス」が原因か。
◇
三人との話を終えた俺は、カウンターで待つアレンの元へ戻った。
彼は縋るような目で俺を見上げる。
「ど、どうだった!? あいつらの不満の原因は分かったか!?」
「ええ、全て分かりましたよ。アレン様、原因は『性格の不一致』などではありません」
俺は指を三本立てて提示した。
「『肌トラブル』『コンプレックス』『慢性疲労』。これら身体的な苦痛が、彼女たちの心を蝕んでいるのです」
「そ、そんな……。俺はどうすれば……」
「ご安心ください。その全ての悩み、当店の商品で解決可能です。三日ほどお時間をください」
「み、三日か……。分かった。今の険悪な空気で三日持つか不安だが……あんたを信じるよ」
アレンは重々しく頷き、店の外で待つ不機嫌な三人の元へと戻っていった。
彼らが去っていく背中を見送りながら、俺は社員たちを集めて緊急会議を始めた。
「さて、アレン様一行の抱える問題点は資料の通りです。三日間で三種類の新商品を作ります」
「承知しました。勇者様の依頼となれば、報酬も弾んでもらえそうですしね」
「っしゃ! あたし、魔導師の子の気持ちわかるわー。盛るのって命がけだもんね!」
「……騎士の方の肌荒れは深刻でした。早急に対処しないと」
社員たちの士気も高い。俺は大きな紙面に、それぞれの解決策を書き出した。
「今回のテーマは『冒険者のための機能美』です。過酷なダンジョン攻略にも耐え、かつ彼女たちの女性としての尊厳を取り戻す。そのための最高傑作を作りますよ」
◇
【制作1日目:素材選定と設計】
まずは女騎士レオナへの対策だ。
課題は「鎧との摩擦」と「蒸れによる肌トラブル」。
「ユウさん。レオナ様のインナーには、アラクネの糸を『薬草ポーション』で煮沸処理して使いましょう。経皮吸収を狙います」
「……経皮吸収? 着ているだけでポーションの効果を得る、ということですか?」
「ええ。傷ついた肌を修復しながら、ミスリル鎧の重さを分散させる『第二の皮膚』。これが、彼女を盾として再誕させる鍵になります」
次に、魔導師マリナ。
課題は「発育コンプレックス」と「締め付けによる苦痛」。
「チサさん。彼女には『ロイヤル・サファイア』のカスタム版を提供しますが、従来のような綿のパッドは使いません」
「え、じゃあ何詰めるんすか?」
「『アクア・スライムのゲル』です」
俺は瓶に入ったプルプルのゲルを取り出した。
「スライムゲルを特殊加工し、人間の脂肪に近い感触と重量を再現した『疑似生体パッド』を作ります。これをブラのカップ下部に内蔵することで、締め付けることなく、下から自然にボリュームを押し上げます。動いてもズレないし、触り心地も本物そっくり。魔法を撃つ時の激しい動きにも追従します」
「うわ、ぷるぷる……! すごっ! これなら『偽物感』ゼロじゃん! だけど、これホントに入れていいの?」
最後に、聖女エリーディア。
課題は「重装備による慢性疲労」と「精神的ストレス」。
「これには『イノセント・ホワイト』をベースに、さらに機能を強化します。カオリさん、錬金術ギルドから『磁気鉱石』を取り寄せてください」
「磁気……ですか? 肩こり用?」
「ええ。ですがただの磁石ではありません。微弱な魔力を帯びた鉱石を粉末状にし、背中のクロス部分の生地に練り込みます。これにより、着ている間ずっと『マッサージ魔法』を受けているのと同じ血行促進効果を与え続けます」
◇
【制作2日目~3日目:縫製と仕上げ】
工房は戦場と化した。
ユウのミシン(魔導駆動式)が唸りを上げ、チサがミリ単位のデザイン修正を行い、カオリが素材の調達とスケジュール管理に奔走する。
俺は最終的なフィッティング調整をシミュレーションしながら、細部の仕上げを行った。
スライムパッドの弾力調整。
薬草染めの濃度調整。
磁気鉱石の配置バランス。
妥協は許されない。
彼女たちは世界を救う勇者パーティだ。
俺たちの作った下着が、世界の命運を左右すると言っても過言ではないのだから。
「……できた」
三日目の深夜。
作業台の上には、三着の「至高のランジェリー」が並んでいた。
レオナ用:『騎士の休息』
――淡いピンク色のシームレス生地。見た目はシンプルだが、触れれば驚くほど滑らかで、ほのかに薬草の香りが漂う。
マリナ用:『小悪魔の誘惑』
――黒と紫のレースをあしらった、セクシーかつキュートなデザイン。特製スライムパッドにより、魔法のような谷間を約束する。
エリーディア用:『聖女の慈愛』
――純白の中に金糸が織り込まれた高貴なデザイン。背中の独自構造と魔力鉱石が、着用者を重力から解放する。
「完璧っすね……。これ、マジで国宝級じゃないですか?」
「ええ。機能性も、美しさも、今の私たちの最高到達点です」
チサとユウが、疲れた顔ながらも誇らしげに頷く。
カオリも満足げに帳簿を閉じた。
「アレン様も、きっと驚かれるでしょうね。そして、請求書を見た時も驚くでしょうけど」
俺たちは顔を見合わせ、笑い合った。
◇
そして、約束の三日後。開店と同時に、アレンと三人の女性たちがやってきた。
店内の空気は依然として重い。
三人の女性たちは「どうせまた無駄足でしょ」と言いたげな、冷めた目をしている。
「さあ、約束通り三日待ったぞ。……本当に、大丈夫なんだろうな?」
アレンが不安そうに尋ねる。
俺は自信たっぷりに微笑み、三つの箱をカウンターに並べた。
「さあ、皆様。これが貴女たちのための、新しい『装備』です。……最終調整のフィッティングを行います」
俺は優雅に、しかし逃れられないプレッシャーを纏って、三人の前に立った。
「まずはレオナ様。貴女のその硬い鎧を脱ぎ捨て、本当の『心地よさ』を知る準備を。……試着室へどうぞ」
(さて。世界を救う勇者一行の『不機嫌』、この指先で解きほぐすとしましょうか)




