悪役が原作を改変した代償について。
目を凝らすと、誰かがその小さな影の隣に立っている。
雨で前が見づらいせいで、誰なのかが判断できない。
「っ、ライリー様!」
叫ぶようにして、ライリーに声をかける。すると不思議そうな顔をして、ライリーは「何か言いましたかー?」と答えた。
「あちらにルスエル様がいらっしゃるかもしれません!」
「……えっ!? 王太子殿下がですか!? こんな天候で!?」
「私は今手が離せないので、様子を見に行ってもらえませんか!? あの辺りは突風が吹いて危険ですから!」
「わかりました!」
ライリーが急いでそちらに向かう。
ひとまず安心しつつ、いま一度そちらを確認する。ルスエルをここまで連れてきたやつ、正体がわかったらただじゃ置かない。
ルスエル本人にも厳しく言わなければ。こんな天候での出入りなどするべきではないと。
仮にも王太子だというのに、万が一のことがあったらどうするつもりなんだ……。
と。そこまで考えて、ふと思った。
小説の本編では、ルスエルたち主人公サイドが幼少期に欠けることはない。
そう思うと、生死に関しては保障されていたりするのだろうか。
……いやだとしたら、私があの北部鉱山で死ぬかけることはなかったはずだ。
まあ、私に関しては原作とは全く違う動きをしているから仕方がないと思っていたけど。
もしかして〝罰が当たった〟って考えは、あながち間違っていなくて、原作を改変していることに対して、実際に代償を支払わなければならないんだったとしたら。
そしてその代償の対象が、必ずしも、私である可能性って一体どのくらい……。
「……いやいや、私は悪役だけどみんなは違うんだし……はは」
ありえないありえない、と首を振った。……瞬間、何かの呻き声が聞こえた。
「ん?」とそちらを見ると、ルスエルと共にいた人物が、その腕に鎖らしき何かを持っている。
そして、その少し離れたところに魔獣がいた。
魔獣? なんでこんなところに……っていうか。
「あ、れは……」
額に角。ユニコーンの輪郭に似ているが、その身体がどす黒く、この雨による視界の悪さではただの蠢く塊にしか見えない。
たしか、あれは……原作の私が改良して凶悪にしてしまう魔獣、ガルムヴォルだ。大きな身体を切っても倒すことができず、寧ろ分裂して力を倍増していく……という改悪をルーナが施したせいで、最終的に魔塔主に大きな傷を負わせてしまう。
そんなガルムヴォルは、元々グルーヴァー公爵が飼育している。
あの人影は、まさか公爵?
いやしかし、あんな堂々と魔獣をつれているとは考え難い……。
だったら、何故……と思いながらも、ひとまず宙の上で踵を返すようにしてルスエルの方へ向かう。
ライリーに頼んだものの、走って行くなら何かあっては遅い。
仕方ないからルスエルのを安全な場所へ移動させて、と考えた瞬間、ドォンッ、と破壊されるような大きな音が河川から響いた。
そちらを見ると、堤防の一部が爆発でもしたのか。石が飛び散り、悲惨な状態になっていた。
破壊された場所から、一気に川の水がどっと溢れて住宅地へ向かって流れていく。
「っ、こんなときに……!」
なんで、このタイミングで……!
すると、再び爆発音が響き、途中まで走っていたライリーも周囲の異変に気付いたのか焦ったようにこちらを見上げていた。
「ルーナさん……っ!」
と、その口が動いている。ああ、もう!
光った帯状の紐を手のひらから多く取り出し、思いっきり飛び散った石や岩を縛り、河川へ向かって運ぶ。
黒龍のせいで力が無駄に出過ぎるといえど、こんな一気にいろんなものを動かせるほど、私、マッチョじゃないんだけど!?
どしどし、と岩を急いで置いていく。視界を遮る雨が邪魔過ぎて、眼鏡を投げ捨てた。
グオォッッと、魔獣が大きく咆哮する声が聞こえる。急いでルスエルの方を見ると、獣によって崖の近くまで追い詰められていた。
「っ、ライリー様!」
宙から呼びかける。ライリーが焦った様子で「は、はいっ」と返事をした。
「ルスエル様の元へは私がいきます! ライリー様は援軍を呼んできてください! 魔法が使えるなら誰でもいいです! 岩を運んで、とにかく川の氾濫を防いでください! 大部分の堰き止めは私がしておきますから!」
「っ、わかりました!」
返事をしたライリーから再び、ルスエルの位置を確認して、私は自分の力を全て手のひらに集中させた。
さっきは念力を使っても間に合わないと思ったけれど、いまはそんなことを言っている場合じゃない。
じりじりと、足から頭の先に向かって、熱が上がっていくのが分かる。濡れた髪の毛が逆立つように揺れていく。
どくどくと心臓が激しく動いていく。魔力が膨大にあっても、一時的な放出が多いと、時に命を削ることがあると聞いたことがある。
ああ、死にたくないから頑張っていたけど、結果的に寿命を削る羽目になるとか。聞いてない。けれど、すぐに死ぬくらいなら、数分、数日、数年だってくれてやる。
まあ、これくらいなら削って、数時間程度だろうけど。
……原作のルーナは、どれほどの力を持っていたのだろう。
失うものがない人間は強い。それは同じく私もだけれど、私はルーナのような破滅の道なんて歩みたくない。
けれど、その何も持たないことが彼女の強さだったなら、今の私の魔法力なんて、ちっぽけな仕上がりとなっているかもしれない。
地鳴りのような音が聞こえる。私が岩を置くついでに、大木を引き抜き次々と河川の近くへ置いていくからだ。
このドォン、と響き渡る轟音に誰かが気づけばいい。
そして、魔獣を連れているあの者たちを捕えてくれれば……。
だけど、この仕事を頼んだのは王室騎士団のガルバスだ。ともすれば、衛兵たちも恐らく人手が足りない。そんな中、こちら側に回ってくる人数なんて知れているだろう。
勢いに任せて、岩を移動させていく。
急がないと、とルスエルを横目に見ればじりじりと崖の先まで追いやられていた。そして、突風が吹いたのか、その身体が背中から落ちて……。
「っ、ルスエル!」
崖の下に落ちていく小さな身体。
心臓が止まる思いで、そちらに飛んでいく。
雨が、肌を切りそうになる。
なんで、私こんな必死なんだろう。
「っ、間に合って……!」
大丈夫、大丈夫だよ、だって主人公なんだから、死ぬなんてこと……。
――なんでそんなに必死なのよ?
ふと、奇妙な声が、頭の中に響く。
――馬鹿馬鹿しい。
――むしろ死んでしまえば、悪役側からしたら、良いこと尽くめじゃない。
確かに、そうだ。
――主人公側が減れば、私が生き残る確率が上がる。
――数の暴力で私たちが、負けるなら、見て見ぬふりをすればいい。
私が、あの子たちの再教育を始めたのは、確かにこの数の暴力を変えたいからで。
――でしょう? 私の身体を則ってる、部外者さん。
――愚か者でないのなら、〝アレ〟は見捨てなさいな。
自分が生き残るためなら、見捨ててしまうのもまた一つの手でもある。
でも、だけど。
「っ、うるさいっ、馬鹿なこと考えんな、私っ!」
手を伸ばして、その背中に爪先が掠る。
ゆっくりと私を見たその深い青に光が灯る。
涙の滲んだ瞳。ルーナ先生、とその唇が動いた気がする。
川に落ちる寸前で、その服を掴んで、私はその小さな身体を抱きかかえた。
だめだ、勢いがつきすぎて状態で上空に上がることはできない。
「ルスエル! 息を吸って!」
その頭を押さえて私は叫んだ。
次の瞬間、ドボンッ、と大きな水飛沫を上げて私たちは荒れた川の中に落ちて行った。




